淡い思い出/藤堂浩人
高峰詩織。
浩人にとって彼女は知り合い以上の存在。
彼女とは高校の同級生。当時浩人にとって、一番仲の良かった同級の女子生徒だった。
――浩人クン。
あの頃彼女は浩人の事を、そう呼んでいた。
多分お互いただの“仲が良い”ではなかった。それ以上だったと思う。
中高生時代、全くもって女子と関わりが無かった浩人の、ただ一人の、青春の思い出だ。
「そうやって、見てくれる人もいるもんだよ」
――ほら、今の私みたいに。
初めて彼女と会話したのは、夕暮れの斜陽が射しこむ教室。浩人は当時イジメ問題のあった浩人のクラスで、その首謀者の男子生徒と大立ち回りをやって見せた。普段暴力的な事はしないタイプの浩人だから、相当、卑劣なヤツだったのは覚えている。
夕暮れの教室。教師にすら糾弾され部活停止、佇む一人ぼっちの俺に。
話しかけてくれたのは――高峰詩織だけだった。
覚えている。
一緒に近所の夏祭りに行ったことも。
部活の試合、大声で応援してくれた彼女の事も。
二人きりの教室でどちらからともなく唇を合わせた事も。
それとも浩人だけだろうか。
詩織は結構モテたから。
浮いた噂は無かった彼女だが、彼女にとって浩人はきっと、複数の中の一人の男……だったのだろう。
――震えてるぞ。
彼女の銃口を押し付ける手が、震えている。その震えが忘れられない、忘れるわけないと、浩人に訴えかけているようにも感じる。
もうそんな彼女を責める気持ちは。浩人の心から消えていた。
高峰が警察組織に属することになったのは――きっと最初から警察官を目指していた、浩人の影響があったのは間違いないと思う。
彼女は高校在学当時から、ライフル射撃競技の名手だった。それで彼女は準キャリアとして確か、警備部警護課……つまりSPとして警察官になった。
しかし彼女と次会う頃に聞いた配属先が、確か小金井署と聞いて、飲みにでも誘おうとそこを訪れた時。彼女はそこにはいなかった。携帯の番号にかけても通じない。
今思えば、あの頃すでに、SATに配属されていたのだろう。
女性でSATに配属される例は今までには無いが、当然そのことは周囲は愚か、家族にすら連絡を取ることは許されない。
――配属先も、でたらめな部署に所属している扱いになる。
警備部、公安部とは、そういう組織なのだ。
そう、彼女は狙撃の名手。
確か浩人と同じ大学に通っていたころには、ライフル射撃では全国ベスト二位の成績をたたき出していた。
まぁ背中に拳銃を押し当てている時点で、外すわけもないのだが。
だがこの状況、相手も恐らく想定していないのが。
浩人も拳銃を持っている、という事実だ。
実はこの前の捜査会議から。実は拳銃の携行許可が出ていた。そのため浩人の懐には、現行の拳銃・ニューナンブが挟みこまれている。
しかしSATと言えばそれ以上、多弾装の拳銃、グロックやUSPを装備しているはず。
それでも、無理だと分かっていても……
ここは譲れない。
思念で胸中を満たし、懐へと手を伸ばす――
そう……決意した時。
「動かないでッ」
ぎこちなく視線を左へ移す、浩人の目に映ったのは。
足を震わせ涙目、それでも拳銃を構える。
「拳銃を、下ろして。浩人さんから離れてください」
門田璃砂の姿だった。