彼女の心中/三位明崇
活動報告でも触れていますが第二部に入って、多野班の巡査、健人君の名前を、倉持だったのに林と間違えて表記してました……ごめんなさい。まだあるかもです。
良かったら活動報告も確認してみてください!
午前中の競技も終盤に差し掛かっていた。明崇が水分を取ろうと言う真夜とともに櫓を降りると、剛が話しかけてきた。
今回剛は明崇達の敵にあたる白組に属している。
同じチームになれなかったのは残念だが、実際明崇も真夜も、体育祭の対立構造を深く気にする人間ではない。
「明崇、やっぱお前走んないの」
「ん、まぁ」
「もったいないと思うケドなぁ」
いや実際俺が参加したりしたら。
「ヒンシュク買うだけだよ」
鬼人である明崇の身体能力は、一般の高校生以上のものであることは間違いない。それは毎月伽耶奈に測ってもらう身体測定の結果を見れば明らかだった。だから明崇はほとんどの競技の、その参加を辞退していた。
「もったいねーなぁ」
剛は再びそう言って、水筒のスポーツドリンクをあおる。
「剛は次のリレー、走るんだよね」
真夜がタオルで汗を拭きつつ、そう聞いた。
「だな。明崇、ちゃんと見とけよ」
明崇の正面に指を突き付け、剛が去っていく。いつもクールな彼にしては、子供っぽい仕草だった。
「三位君、真夜ちゃん、お疲れ様」
櫓に戻ろうとするとその途中で、近衛六華に遭遇した。
「ちょっと話そっか」
そういって三人で櫓を登る。一番上の段に、三人は腰かけた。
「二人とも、なんか久しぶりだね」
「お久しぶり、です」
明崇よりも先に言葉を返したのは、意外な事に真夜だった。
「近衛先輩、お元気そうですね」
その声は、意外なほどに柔らかくて。
六華は少し、驚きの表情を見せたが、すぐに、朗らかな笑顔になった。
「ふふ、おかげさまで」
そしてお互い微笑んだまま。
「「うふふふふ」」
女子特有の牽制、なのだろうか。でも傍から見れば、十分仲がいいように見える。実際先ほどから六華は真夜を“桑折ちゃん”ではなく“真夜ちゃん”と下の名で呼んでいる。それにしても、いつそんなに仲良くなったのだろう。
――女って分からない。
そこで突然、割れるような歓声が聞こえてきた。
目の前のコーナーを、リレーのアンカーが通過していく。先頭は、白いハチマキをした剛だった。なのに、敵陣を前にして剛は、明崇と真夜、六華に手を振っている。
「あいつ……」
敵陣に手を振る剛に、明崇はつい苦笑してしまった。
「ふふ。変わってるよね。登田君も」
「そう、ですね……」
ゴォっと、一際強い風が吹く。それに煽られ六華も真夜も、その髪を押さえている。
「三位君」
空気がピリッと、緊張したものに変わったのを感じた。六華が話したい事、それを切り出そうとしているのか。しかし真夜が、それを遮った。
――近衛先輩。
「貴方が私達に……いや明崇に。一つだけ何でも依頼できるって言われたら、何をお願いしますか」
――貴方が今すぐ助けて欲しい理由は、何です?
そう。
近衛六華のあの時の態度は、どう見ても切羽詰まっていた。明崇に助けを求める理由はきっと、襲来を予見しているからだ。
華僑系・チャイニーズマフィア、牛頭羅。
あれから明崇も少しだけ資料を齧ってみたが、一時期公安部にマークされている事実は確認できたものの、その当時の実態はただの不動産会社だったようだ。
最近、というよりは少し前から。中国からの移住者による日本の土地の過剰売買が騒がれるようになった。牛頭羅は日経中国人の不良グループから始まりそのビジネスに最初に手を付けた、日本の土地売買に関わる筆頭株式会社だったという。
それが、鬼人で構成された組織であるというのは、正直ピンと来なかった。
だが実際、暴力に訴える組織であったことは間違いないようだった。指定暴力団とイザコザを起こし、結果、その抗争に勝利したという話も聞いている。
そして当時その牛頭羅が相手取ったのは、長年鬼人の構成員が大半を占めるとうわさされていた、一時期渋谷に拠点を置いていた広域指定暴力団、山城組だ。
そこまで聞けば、確信せざるを得なかった。
――牛頭羅はおそらく、今日本で最も強力な、鬼人組織。
それが近衛家に、襲い掛かろうとしている。