アキラ
いつの間にか大きな物音はしなくなっていた。化け物へと姿を変え襲っていた彼らの中で、ニュオグェイだけが一歩も動かず、そこに立っていた。それだけで、あの八本の爪だけで。どうこうできる相手、その程度の相手、という事だったのだろう。
圧倒的だった。もはやこの集団に属するもの以外で、ここに立つものはだれ一人としていない。もはや聞こえるのは化け物たちの、荒い息遣いのみ。しかしその中で。
「あらー、こうなっちゃったか」
明るい、歌うような、どこか楽しげな高い声。その穢れの無い声と凄惨な現状とのギャップに。不出来な夢の中のような違和感。そして久方ぶりに聞く片言でない流暢な日本語に、妙な親近感を覚えた。
声のする方に目を向けると。丁度奥のドアから、その声の主が歩み寄ってくる。
「ごめんなさい。こちらから出向くつもりではいたんですけれど……」
十代後半……いやもっと若いだろうか。しかしその年の割に十分すぎる色香を湛えた、これまた眩しいほどに美しい、少女。その声は何故か鈴の音を転がすような調子で。彼女は笑顔を湛えて、楽しくて仕方がないとばかりに、ニュオグェイのもとへと歩いてくる。後ろには当然、数人誰かを連れていた。
「私達の初めての……大事なお客様、ですもんね。お怪我は……いえ、ご無礼、お許しください」
「遅いぞ」
「それはなんとお詫びしたらいいか……しかしちゃんとお会いできて、良かったです。牛頭羅……あなた方は大事な、お客様ですから」
その一言のどこが気に召したのか、それとも美人かつ若い女が気に入ったのか。ニュオグェイは口の端を歪めるように笑った。
「申し遅れました。今回あなた方のスポンサーを務めさせていただきます、我らは“円卓”、代表は私、アキラと申します」
アキラと名乗る少女、その芝居がかった自己紹介の後。
「お前らは、何をくれる」
ニュオグェイが問うた。アキラはそれに対し、満面の笑みで言い放つ。
「全てを。お客様の要望を叶えるのが、円卓の存在意義ですから」
――しかし。
「その代わり……青写真の入手には協力していただきます。最初から私達が求めるのは、それだけ」
「そんな、もの。あるかどうかも分からんのだろう」
「……ええ。そうですね。でもいいんです。それで」
ニュオグェイの蜘蛛の様な爪が、その巨体に収まっていく。警戒を解いた、商談成立といったところだろうか。それを見るとすぐに、ノバラがどこから持ってきたのかアタッシェケースを、アキラへと放り投げた。アタッシェケースは鈍い金属音を立てて、アキラの足元に転がった。
中身はベタに、万札の束だろうか。しかしその中身を気にせず、彼女はアタッシェケースを受け取り、後続の男に手渡した。金には執着がないのだろうか。
「では……」
アキラが下がり、さらにその奥の誰かに道を譲る。次に目の前に立ったのは、アキラを連れた集団を、正に引き連れているように見える。
「彼らは私のメッセンジャー。契約の段階で貸し出すと約束した、“兵隊”です」
兵隊……ニュオグェイはどこかに、攻め入るつもりでいる?
アキラの代わりに、ニュオグェイの前に立つその男というよりは少年……だろうか。見た目はまだ若いが、身長は170cm後半といったところ。金髪にラフな、今時の若者という格好をしている。しかしその割に年に不相応な、しかし何かに裏打ちされた自信を感じさせた。
――彼のシャツを派手に彩る赤黒い血糊が、そう感じさせるのかもしれない。
彼が率いる後ろの集団も、ほとんどが今時の若者、といった感じの恰好だ。ちょっとヤンチャした、暴力団とはいかないまでも、危ない遊びが楽しいと感じる年ごろ。
暴走族、マル走グループ。その言葉がぴったりかもしれない。犯罪集団ともなればそのくくりは。
半グレ。
最近の僕が、歌舞伎町界隈で得意としていたネタだ。そう、確かに取材の中で。
僕はこの少年の顔を、どこかで見た気がするのだが――