近衛家/三位明崇
「近衛、家……」
含みのある言い方。この女といい、二人組の鬼人と言い、何者だ。
「君を襲った二人は……一言で言うなら私の家族、と言えば正しいかな?この大黒君もそう」
ばらすんですか、と大黒は困ったように頭を掻いている。そして付け加えた。
「まぁウチは“分家”ですけどね」
近衛六華が歩き出す。明崇に向かって、しかし真夜に睨まれ、中途で立ち止まる。
それが適切な距離と判断したのか、何が何だかという顔の明崇に、彼女は決定的な単語を口にした。
「察し悪いなぁ……“御三家”だよ」
御三家。
明崇も多少、耳にしたことはあった。
それはこの日本において鬼人として、その存在を許された者たちの総称――。
そもそもが鬼人だって人間だ。その危害と無害の境界線はあいまいで、いまだひどくぼやけている。そして公にとは言わなくとも、この国に認められ警察組織と協定関係にある鬼人、その一派が存在する。
事実明崇がそうだ。鬼人でありながら、その存在を許されている。しかし血縁的に、生まれながらにして鬼人を輩出し続ける家系は、警察組織の追及を解除できる。現在その家系は、わずか三家。警察組織では隠語めいた呼び方として、御三家と呼称されているとか……。
明崇が耳にしたのは、それくらいの事だ。
その内の一つが、近衛家だと言うのか。
だとしたら確かに……金剛骨の銃弾を所持していたことも頷けるが。
「まぁ私達は牙鬼の鬼人の家系だから。鬼人化が9割遺伝しちゃうんだよね。母体からのmRNAが血を介して直接入ってくる上に鬼人遺伝子の構造も親子だと半分は確実に一緒でしょ?牙鬼って簡単に遺伝しちゃうわけよ……生まれながらにして呪われた存在ってやつ」
――まぁ龍骨因子の呪いには、敵わないけど。
「だとして」
「ん?」
「それが何で俺を襲った理由に……」
「うん、そうね、それは至極簡単」
風が吹いた。近衛六華の立ち姿があおられて揺れ、その堂々とした居住まいを際立たせている。何故か、自慢げな顔に仁王立ち。ドヤ顔というやつだ。
「私達……というか近衛家次期当主である私を、守ってほしいの」
――さっきのは、ボディガードとしての一次試験だよ。
「……意味わからん」
多分4人全員そう思っていた。ただ亜子だけはここまでの会話を一切理解できてなさそうだけど。その気持ちを代弁したのか、明崇が一人ぽつりと呟いた。
「単純だよ!?君にボディガードとしての素質があるか、試したかったの。これはそのためのオーディション……」
そこで剛が冷静に、その発言に疑問を投げかけた。
「いや、だったら会長、初めからそう頼めばよくないすか?こうやってわざとらしく、半分脅しまがいの方法使って。しかも頼りたい正にその相手に、貴方は刃を向けた……普通ならそんな事、考えないと思いますけど」
そう、そこなのだ。そしてあと一つ、六華のこの勧誘方法が大きく無視した点がある。
それは、明崇自身の、感情だ。
正直なところ……いい気分じゃない。こうやって戦う度に明崇の心は疲弊し、すり減っていく。
小学生の頃でさえ、誰かと争う剣道の試合が大嫌いだった。沖和正と殺しあったあの4年間も、とてつもない苦痛で……それに普段から手を合わせることのない他人、先ほどのような戦闘は、特に明崇を、精神的に追い込むことになる。
――それに俺は、人殺しなんだぞ。
また、誰かを殺してしまったら。
それを、オーディション?一次試験?ふざけないで欲しい――。
「お断りだ」
何のためか知らないが、そんな人間に力を貸す道理は、ない。