角か牙か/三位明崇
鬼人。
それには大別して、いくつかの種類がある。
俺・龍鬼や先の殺人事件で暴れまわった鎌鬼。
これらは実に少数派、全人口の鬼人遺伝子の5%にも満たない。
そして大部分、95%を構成しているのが。
牙の鬼と角の鬼。
鬼、伝承的にその特徴は発達した犬歯、そして額から突き出した角といえる。
単純な話。
牙が大きく発達するのが牙の鬼、角が巨大に額から伸びるのが角の鬼というわけだ。
そして明崇が今、目にしているのは正に――
典型的な牙の鬼だ。
「ッあ……」
何度目か分からない。今度こそという一撃を回避される。そして一対一、その最中、上空を何かが通り過ぎる風切り音がした。
――クソ。
二人目。少しばかり開いていた明崇と一人目の間に、的確に尾を落としてきた。
何とかバックステップで回避。だが今度はその尾を利用し棒高跳びの要領で宙を舞い、先ほどまでいた反対側に、着地。
――挟まれた。
二人とも、その鬼人としての特徴は、酷く似ていた。
発達した口元から覗く犬歯。毛皮のように析出した、明崇のそれとは大きく異なる形状の尾。
その尾に始まり、下半身で大量に発言した毛皮のような金剛骨。そう“牙鬼の鬼人”だ。
その姿は、一見すれば鬼というよりは、小さく発達した角が耳にも見えて獣染みている。
少し、分が悪い。
明崇は挟まれたこの状況に対して、冷静にそう判断した。
大振りの尾の一撃は、その大きな動きから躱しやすいが、高い威力を持つのは間違いない。挟まれたこの状況で上手くタイミングを合わせられれば、明崇といえど回避するのは困難だ。
なら――こちらも少し考えて行動しよう。
「……フッ」
最近は、注射を打たなくとも、意識するだけで鬼人化できるようになった。心の中のスイッチを押すだけ。それだけで、明崇の頬に亀裂を入れるように、金属の鱗がピシピシと這って行く。
――来た。
左右から二本の尾が、明崇を狙ってくる。
到達が早いほうの一撃を。
「ガァッ」
こちらも尾で、巻き付けるようにして食い止める。
「ンッ」
そして背後からの二撃目は。
バチバチッと、電流を神薙に這わせる。明崇の紫色の金剛骨、その励起のしやすさを利用して即席で作りだした電流は、明崇の強力な武器の一つ。
そのまま上体を逸らし避ける、神薙で、明崇を仕留め損ね、目の前を通過する尾を、切断――。
「ンアッ」
尾を切られ、その痛みに佇む。後、一人だ。
「終わりだ」
巻き付けた一体の尾を、グッと引き寄せる、ぐらついたもう一人の敵に、迫る。
「シッ」
一撃一撃が、確実に敵の体の各所を抉る、戦意を喪失させる、それで十分だと思った。
「大人しく……しててください」
――首、落としますよ。
腰を落とした男に、明崇は神薙の切っ先を突き付けた。男は荒く息をしている。口元から覗く牙に表情を歪ませ、睨みつける目はまだ、確かに何かに燃えているようにも見えた。
尾を絡めとっている時点で、この男の手数はとうに失われている。明崇はそう、油断していた。
男の隠れた手元がもぞりと動く。迷彩服の一部分が、やけに尖っている。その意味を、明崇は瞬時に理解した。
まさか、拳銃――
「甘ェんだよ、ガキ」
バンッと耳障りな音がした。
拳銃と察したところで、急所でなければいいかなというぐらいで、明崇に避けるつもりは毛頭なかった。拳銃の鉛玉は、鬼人には効かない。鬼人の体を貫くには鉛玉は、柔らかすぎるのだ。
だがその爆音と共に射出された銃弾が、明崇の下腹部へといとも簡単に抉りこんだ。そこに至ってやっと、明崇はその銃弾が何でできているかを悟った。
――金剛骨の、銃弾だ。
「性格ッ、悪いですね」
二発目、弾が出る位置が分かっているなら、神薙で弾くのは容易い。
ギッと、弾を弾く度に刀身が軋む音がする。次の手、踏み込んで下から振り上げる。
「むッ」
何とか、拳銃をその手から叩き落とすことができた。
が、仕返しとばかりに、巻き付けていた尾を弾かれる。
――後ろにも、気配。
どうやら尾を切り落としたほうも、動き出したようだ。
また、挟み撃ち――。
面倒な事になった。
恐らくもう一人も金剛骨の銃弾を込めた、拳銃を所持しているはずだ。
金剛骨の銃弾を喰った、正に下腹部が痛み出す。痛いというよりは、熱い。熱く膨張して、今にも破裂しそうな――
クッソ。
間違いなく明崇の、劣勢だ。
そもそも、金剛骨の銃弾は、鬼人を取り締まる警視庁傘下組織でしか入手しえないもののはず。
なぜ、こんな輩がそれを所持しているのか――。
明崇はぼんやりとそんな事を考えていた。追い込まれた今になって、そんな事を気にする……我ながら自分が馬鹿らしい。
そう、自嘲した時だった。
――追い込まれた?どこが。
声が、する。間違いなく自分の声だ。
――起きて戦え。
心の中で、いつもの自分でない自分。そんな奴の、声がする。
それはきっと、あの、血みどろの家の中から――