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D.N.A配列:ドラゴン  作者: 吾妻 峻
第五章 近衛兵・ジンウェイビン
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揺れる拳先/藤堂浩人

夜風が、心地良い。浩人は野方署を出て、夏が過ぎ去っていく様を、肌で感じ取った。

そのまま中野駅方面へ、歩き出す。夜の街灯は意外なほど明るい。殺人者が遺体の発見を気にするくらいには、やはり明るいのかもしれない。

東京警察病院を抜け、中野駅にほど近い、広い緑地公園に差し掛かる。浩人が今の相方、門田璃砂と初めて出会いコンビを組んだ、早稲田通り沿い連続婦女暴行殺人事件の、1件目の現場となった場所だ。

「相変わらず、趣味が悪いな」

本当に、そう思う。女性が惨殺された、正にここで待ち合わせをしようという神経を疑う。

「なんだ。キャリアの、門田の小娘はいないのか」

振り返る、壮年の男。

沖和正。警視庁警備部警備第一課所属。階級は警視正。

「話があるといったのはそちらからだろう、藤堂浩人」

浩人は“今回も”、直球で行くことにした。

「……アキラという女を、どこまで知っている」

フッと、鼻で笑う。

「進歩がないな、藤堂浩人。それとももう一度、殴り合ってみるか」

――人に聞く、態度じゃない。

「……ッ」

そう。浩人はこの沖という男と、殴りあったといえば子供っぽいが、本気で手合わせをしたことがある。結果は……結局ダウンを取られたのは浩人、ということになる。

「あんたらは……警備部SATは、鬼人に、対処している。そうだろう」

「ああ、している」

――だったら。

「情報を持っているはずだ。鬼人について、その対処をしているというのなら、奴らの動向くらい知っているだろう」

「まどろっこしい。何が知りたいかと聞いている」

「巻いた角……巻角の鬼人だ」

「巻角……防カメ映像を明崇に見せたか」

こいつ、言わせやがったのか。

「結果から言おう。私は、何も知らん。考えてもみろ。我々が現場に赴き、突入する前、どのような事件であろうとそれが鬼人によるものと判別するすべは、無い。あったとしてもその多角的方面からの刑事捜査は……現状を見ればわかるだろう。なされていない。だからこの前のような、ふざけた初動捜査でたたらを踏む。我々は鬼人という突発的な人的驚異に対して、常に先手を打たれていることになる」

――だからこそこちらから提案しよう。

「藤堂浩人、知りたいと思うなら、教えを乞うな。自身の力でそれを知れ。我々と共に来れば、お前にそれを任せてやらないでもない」

ふざけるな、それは。

「お前の手駒になり、鬼人の刑事捜査をしろと、そういうことか」

声もなく、悠然と。その通りだとばかりにうなずく。

「断る……お前の下につく気はない」

すると和正が、またあの、人をえらく馬鹿にした笑みを浮かべた。

「お前は、何にも知らんのだな」

――何も知らんから、そんな事を言える。

挑発だ。乗るな。抑えろ。

「高峰詩織。あいつがなぜ、我々と共にいるのか」

高峰、だと。何で、ここで……。

「お前はいずれ、こちら側に来る。鎌鬼に胴を貫かれ、鬼人にかかわった時点でお前はすでに、この世界に片足を突っ込んでいるんだよ。キャリアの小娘もそうだ。お前が行くというなら、選択肢があるのなら。あの女は容易にその足を踏み外す」

「門田には、何もさせない。絶対に巻き込ませない」

「不可能だ。お前はそこまで器用ではない」

夜風はもはや、涼しいと感じない。怒りに火照る浩人の頬を、冷ましてはくれなかった。

「我々も、暇ではない。警備課は今、大きな案件を抱えている」

大きな案件……何の事だ。

「思い当たらないのか。だとしたら勉強不足だ。警備事案だよ」

警備事案。

「日中韓、首脳会議(サミット)……」

確か九月中。警備部警護課の警護事案。国際情勢にかかわる重要会議。しかし鬼人に関わるという沖が出向く必要性は、あるのだろうか。

「お前に深淵を覗く、その気概があるのなら。いつでも私は歓迎しよう」

――お前が腰抜けでない事を、期待しているぞ

「そしてそろそろ、お前は決断を迫られる」

そう和正が言い切った直後、胸ポケットが振動した。


「浩人さん今、何・処・に。いるんですか?」

電話越しでもその門田の語気の強さに、浩人は圧倒された。

「ど、何処って」

「早く戻ってきてください。大変なんですからっ」

「何が、あった」

「簡単に説明出来たら、こんな切羽詰まりませんよッ」

分かった。分かったから。璃砂が十分怒っていることは伝わった。

「すぐ戻る」

一方的に電話を切った。

振り返ると電球に照らされた奥、拭い切れない漆黒の帳が下りている。

沖和正は、いつの間にか姿を消していた。


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