迫る影
日曜朝。明崇は聞きなれた騒音で、目を覚ました。
誰かが、騒ぐ声……。
「う、わっ」
目を開けると正面に、亜子の顔があった。
「あ、亜子?な、なな何で」
「ふふ、ぐっもーにんアキ君」
――ドッキリ大成功!
よく見ると亜子のすぐ後ろの定位置には、剛もいる。
「おっす、明崇」
なんで二人がここに……。
「私が呼んだの。それ以外ないでしょ?」
真夜は明崇の背後にいた。まさか寝顔をじろじろ見られていたなんてことはないだろうけど。
「アキ君もうお昼だよー。中々起きないんだもん。お寝坊さんだね」
目覚まし時計を確認する。11時25分。
「外出ようか。今日晴れてるよ」
真夜がカーテンを開けた。日差しは思いのほか眩しく、目が開けられない。
「折角だからみんなでさ、映画でも見に行こっか」
新宿で映画を見終わって四人はファストフード店で、遅い昼食をとっていた。
今日見た映画は海外の有名監督が手掛けたハリウッド映画だった。ジャンルはSFアクションだろうか。明崇と剛の男子勢の要望に真夜と亜子が応えてあげる形になった。
「いや、やっぱあのシーンだな。前の作品のオマージュもあったし。やっぱ外さねぇよあの監督」
剛は先ほど見た映画の内容について熱弁していた。明崇もそれに対し、感想を交えながら相槌を打っている。
――そんなおもしろかったかな、アレ。
真夜は嫌いというわけではないが、銃撃戦とか、アクションシーンのうるささには閉口させられた。最後の展開には、引き込まれたけど。
――男子はそりゃ、ああいうの好きだよね
だが明崇の顔色は昨日に比べたら随分良くなっている。それだけで今日、こうやって彼を外に連れ出してよかったと思える。
明崇が弱音を吐くなんて――。
昨日の彼を思い出し、真夜は思う。あんなに不安そうな彼を見るのは初めてだった。同時に、とても新鮮だった。今までもきっとそうだったのだろう。彼はああいう不安と、先の見えない恐怖に、立ち向かい続けていたのだ。事実昨日の彼の寝つきはやはり、悪そうだったから。あまり眠れなかったのだろう。
まさに今日見た映画より、今の明崇や、真夜たちを取り囲む環境のほうに真夜自身大きな危機感を覚えていた。
――事実は小説より奇なり、ってね。
「ん、真夜ちゃん何か言った?」
亜子は最近、明崇だけでなく真夜にも、気遣うような表情を向けてくるようになった。
――しっかりしなきゃ。
もう明崇一人で、戦わせるなんてダメだ。
「あれれ、あれ。あれって噂の4人組っすよね」
「黙れタキ」
バカが。気づかれるだろ。それでもこれで自分より二年、長く生きているというのだから驚きだ。
「連絡、入れといたほうがいいっすかね」
ああ、それくらいにしておけ。
歌舞伎町、東宝シネマズ横のマックの店内。ガラス越しに映る4人組から、目を離す。
近衛零士は今、ある人の到着を待っている。
「アキラさん、遅いっすね」
「おい、だから……黙ってろ。“その名前”はここでは出すな」
何処で誰が聞き耳立ててるか分からないこの世の中だ。人の振り見て我が振り直せ、という状況は、零士達の仕事ではあってはならない。
「……ん」
ジーンズの中、スマートフォンが震えた。
「どしたんすか」
「やっぱり、遅くなるってよ」
こうなる予想はついていた。今回の客人は特殊だと聞いている。色々と、準備することもあるのだろう。
「引き上げるぞ」
4人組が席を立ち、こちらを見ていない隙。派手なキャップのつばに手を当てる。撤退の合図。
新宿、アジア最大の繁華街と名高い、歌舞伎町のど真ん中。一斉に空気が、静かに動いた。人だかりが零士のこの動作一つで、その行きかう流れを変えたのだ。
いつみてもこの光景は、壮観だと思う。