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D.N.A配列:ドラゴン  作者: 吾妻 峻
第五章 近衛兵・ジンウェイビン
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迷い言/三位明崇

「明崇、そんな落ち込まないでよ。まだ……完全にそうと決まったわけじゃないんだし」

真夜は慰めようとして、中々言葉が見つからないのか悩んだ挙句、そう言ったようだった。

帰り道はしとしとと雨が降っている。中野駅まで行けば、真夜ともお別れ。独りきりになる。一人が寂しい、なんてことはないが、独りきりだとどうも悪い方向に考え続けてしまいそうで。でも真夜を引き止めるような、女々しい真似は出来なかった。

「じゃあな」

こういう時明崇はいつも、自分から別れを告げようとする。引き止めたい時ほどなおさら。真夜はそれを、見抜いていた。

「ダメだよ明崇。辛いときは辛いって言って」

「何が」

真夜の眼はいつも、明崇を見透かしているように感じる。

「誰かに一緒にいて、欲しいんでしょ?」

――誤魔化してもダメ。

「今日、家泊まっていくから。伽耶奈さんもいないし?だからそんな顔、してるんだよね」

時に明崇は、真夜は超能力者なんじゃないかと感じる時がある。

「合ってるなら、そうして欲しいなら、ちゃんと頷いて」

つられて、明崇はコクリとうなずいた。

「素直でよろしい」

真夜は満足げに、明崇に優しく笑いかけた。



高円寺。明崇の自宅は、独りで住むには広すぎる一戸建てだ。夏休み、真夜達が泊まりに来た時はうるさいくらいだったが、普段は明崇一人。ひっそりとしている。先ほどから雨足が強まり、雨音だけが響いている。

「お邪魔します」

真夜がぱちりと明かりをつける。その顔がムッと、険しくなった。

「明崇これ……たまにはちゃんと掃除したら?」

「ああ、まぁ気が向いたら」

「もう……これ全部捨てちゃっていいの?」

「うん」

明崇の部屋は大量の書類であふれかえっている。そのほとんどが医学論文だ。中には明崇が技術を考案、確立し、伽耶奈が論文としてまとめたものも多数ある。

そのほとんどがもう、今の明崇には必要のないものになっていた。

明崇の発明した鬼人化に関わる医療技術として、三叉槍凍結法(トライデントクエンチ)というものがある。これはいわば鬼人に対し、標的遺伝子の最大活性を極端に抑える効果を持つ。つまり鬼人を、ふつうの人間に戻すという画期的だが、極端な方法だ。

このリビングに散らばる論文のほとんどがその、トライデントクエンチに関わるものだ。

しかしこの技術には、決定的な欠点がある。

鬼人の種類だけでなく、その人間の個人的な、細部の遺伝的特徴全てを把握し薬物をデザインしなければならない事、そして何より、鬼人化のメカニズムが解明された鬼人でなければ効果がない、という事の二点だ。

明崇は当初、自身の鬼人化を止めるためにこの技術を開発した。しかし龍の鬼の鬼人化メカニズムは解明できず、トライデントクエンチは無用の長物として、明崇の中では忘れ去られた技術になった。事実その後に明崇は伽耶奈と共同し鬼人化制御薬の開発に成功し、鬼人化をある程度コントロールできるようになったため、この技術はほとんど使われなくなった。しかし時がたち、明羅が鬼人である可能性を、考慮せざるを得なくなってしまった。

明羅を、完全に元の人間に戻せるとしたら。この技術しかない。

しかし結局それも、無駄な努力だった。明羅はおそらく鎌鬼(レンキ)という、龍の鬼に並ぶレアな鬼人と関わっているようだ。明羅自身が鬼人化しているなら、鎌鬼となってしまっている可能性が高い。

鎌鬼の鬼人化は、龍の鬼以上に謎に包まれていた。

――本当、無駄な努力だったわけだ。


今、明崇と伽耶奈はそれでも、鎌鬼についての研究を重ねている。主にその鬼人化のメカニズム、そしてそれを無力化するために。渋谷で明崇が殺した鬼人、例の事件の犯人・鳥越充(とりごえみつる)は鎌鬼だった。あれ以来明崇は否が応でも、明羅が鎌鬼である可能性を否定できなくなった。戦いの最中アイツのその目に明羅の存在を問いかけた、その時のやり取りが今も、明崇の頭から離れない――。

「明崇、ご飯できたよ」

真夜が料理を盛り付けた、大皿を持つのを慌てて取りに行く。

二人きりで食卓を囲む。沈黙はむしろ心地よく感じる。

真夜はこういう時、あまり急かしたりしない。明崇が言いだすのを待つか、殆どの場合促してくれる。

「明羅の事、助けたいんでしょ?」

真夜は二人きりの時、よくこういう、優しい目をする。

「ああ、でも、どうしたら……」

「話して?私に言ってない事」

――誰にも言ってない事。


食卓には夕方のニュースが流れている。アナウンサーの声と、食器がカチャカチャと鳴る音以外、何も聞こえない。

『先日、九月四日に予定された日中韓首脳会議について、外務省は……』

ニュースの内容が、本当にどうでもいい、遠くの世界の事のように聞こえる。


「マザーって……呼んでた」

「マザー?母親ってこと?」

声に出さず、頷く。

「鳥越に、明羅の眼が見えた。おかしくなった時の、明羅の眼にそっくりだったんだ。だからつい……」

問いかけてしまった。

「そしたら明羅の事、マザーって呼んだの?」

――うん。

真夜は困ったように顔を伏せ、しかしきっぱり、言い放った。

「明崇、私に詳しい事は……明羅がどういう状況にあるのか、明崇みたいにわかっているわけじゃないけど。それでも……明羅はきっと、明崇の事裏切るような子じゃないよ。きっと何かに巻き込まれて……そういう事情があるんだと思う。だから今は信じて、待たなきゃ」

待、つ……?

「そう、待つの。根気よく。私は信じてる。きっと明羅を救えるって。そのタイミングを、ずっと待つの。私はずっと傍にいるよ?亜子も、きっと剛も。伽耶奈さんだってそう。皆ずっと明崇の傍にいる。全てが終わったその先も、ずっと……」

――私は隣に立ち続けるから。

真夜が明崇の手を取った。彼女の白く細い指は、ひんやりしていて心地いい。

「こんな俺で、良いのかな……?」

「うん。そんな明崇が、いいの」

外の雨音は、いつの間にか止んでいた。


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