Nightmare
地獄はいまだ終わらず、続いていた。
化け物になってしまった僕はあれから何をされるわけでもなく、どうやらこの集団の、一員という事になったらしい。
僕がいる部屋の出口は、さらに大きな部屋への入り口にもつながる通路になっていた。たまにそこから大きな物音が聞こえてきて、ほとんど連続して起こるその音に、何とも言い表せない不安に僕の心は蝕まれていった。
部屋には立ち代わり入れ替わり、様々な人が出入りしていた。その様は、どう見ても異常だったように思う。基本的には、この謎の“集団”その構成員とみられる男達。だがこの集団には女性も属しているようで、いっそう一塊になり出入りする、複数の女性の姿もあった。
たまに、明らかに一般人と思われる人間が、僕同様に男達の手によって捉えられたのか連れてこられることがあった。多くは恐怖におののき、中には大声で叫ぶものもいた。その一般人のほとんどは決まって、さらに奥の部屋に連れていかれる。今思えば大きな物音と叫び声は、その奥部屋から聞こえてくるものだった。
あそこに行けば、どうなってしまうのだろう。
僕はあれ以来椅子に縛り付けられ、それをただ、見ている事しかできなかった。
それから少しして、姿見に映る自分の醜悪な顔と、角と牙に見慣れたころ、あの氷のような眼をした、年端もゆかない少女が、僕を縛り付けていた縄を解いてくれた。
その少女は基本的にいつもはこの部屋にはいない。少女はいつも、女性集団の中に紛れ、彼女達と行動を共にしているようだった。
「立って」
彼女が日本語を喋ったことに、僕は少なからず驚いた。ここにいる人間は全員、中国語を喋るものだと思っていたからだ。
そう、はじめは混乱して中々気づけなかったけれど、彼らがしゃべる言葉が中国語だと確信してからは、その内容をおぼろげながら、聞き取ることができた。これでも大学で習った第二外国語は、中国語だったから。
だからと言って全てを聞き取る事は出来ないし、不安が増すばかりだったその時、日本語をしゃべる人間がいたという事は、正直うれしく感じた。
「君はここで、何をしてるの」
周りに聞こえないように小声で、うまく発音できた自身が無かった。生えた牙が邪魔で、声がくぐもってしまったのだ。
「しゃべらないで、ボスに見つかると、あなた死ぬ」
少女らしい、幼い声だった。しかしその声には常に暗い何かが淀んでいる。
少女が僕を立たせると、迎えに来た男がいた。僕を化け物にした男とは違ったが、この男もやけにガタイが大きく、逃げ出すこともできなさそうな雰囲気だった。
しかし意外にその彼は、僕に優しかった。
「うん、馴染んでる。もう、ダイジョブ」
片言だったが、彼は意外と日本語が話せるようだった。こちらから話しかけられる空気ではなかったので、僕はずっと黙っていた。
その時初めて僕は彼に連れられ、その奥の部屋に足を踏み入れた。
その部屋は意外と広かった。暗くて見辛かったがそれでも、十畳くらいはあったと思う。
部屋にはいろんなものが散らかっていた。酒ビンや缶がほとんど。しかし中には毛布の塊のような、何か大きなものが無造作に転がしてあった。
そしてその中心にある椅子には。
あの男だ。
僕の腹を打ち抜き、化け物にした、あの男。
その男の周りにはまた屈強そうな男の他、そして女の集団も大勢いた。後ろからついてきていた少女が、その女性の集団に慌てて駆け寄り、加わった。それがまるで母を見た娘のような反応だったので、不思議に感じた。
「ニュオグェイ、連れて、来ました」
ニュオ、グェイ。やはりこの男が、あの少女の言う、ボスなのか。
「……」
しかしその問いかけに対し、ボスらしきその男は、沈黙していた。
しかしニュオグェイとは、どういう意味なのだろう。
『ニュオ』というのは確か中国語で、『牛』という意味の単語のはずだ。じゃあ、グェイっていうのは――
そこまで考えた時、男が低く、しかしやけに通る声で、呟いた。
「吵死了」
――黙れ。
男が何事か発し、直後バスッという、何か、勢いのある音がした。それに連続しゴトッと鈍い、何かが落ちる音――
「え、あ」
隣の男の首が、消えていた。
「愚図、め。まだ全然馴染んで、いない」
遅れてその大きな体が、大きな音を立てて倒れた。
「回来」
――戻して、来い
「あ、アアッ」
頭がおかしくなりそうだった。血が顔にかかったこともそうだが、ここにきてやっと、色んな事に合点がいった。そこら中に散らばっている毛布と思っていた人形の塊、そして何度もここから聞こえていた、大きな物音。
ここで何人、人が、死んだんだろう。