鬼影/藤堂浩人
「で、覚えてるんですか」
「うん、覚えてる、よ。ちゃんと。うん」
そのホームレスは渋谷の空きビルを転々としていたという。
路上で聴取をした際に、その特徴の女を見たという知り合いがいると絡んできた、これまたホームレスから昨日得た伝手だった。
「顔は、どのような感じですか。覚えてらっしゃいますか人相」
「顔はァ……」
しゃべり方がひどくゆっくりで、浩人も璃砂もやきもきさせられた。
「顔は!?どうなんですか?」
璃砂が我慢できなかったのか、顔を近づける。が、すぐ離す。よっぽど不潔だったのだろう。
そして結局、
「顔ォ?分かんないやァ」
おいおい……。
「見てないからね。見えなかったからね。しょうがないね」
最後はもう、ほとんど開き直っていた。
――話にならない。
しかし“見た”というのだから、どういう状況だったのかは詳しく聞かねばならなかった。
深夜。何時だったかは定かではないが、深夜にこの、廃ビル当たりを人が訪れることは中々無いという。
だから、人が来た時はすぐにわかったとか。
「複数人でしたか」
「ん、十数人、くらい……」
十数人。
その女は真ん中にいたという。他はおそらく、体格からも全員男。
男は全員、どうやら被り物をしていた。
「なんだろ、仮装パーティとか、十月当たりの」
ハロウィン、と言いたいのだろうか。
「うん、それっぽい覆面、してたね動物の顔の。狼とか、豚とか」
狼と、豚。これまた対照的な。
「何ですかね。確かにまだ、被り物被る季節じゃないなぁって感じですけど」
なんだろう。この証言、中々に重要かもしれないと思う。
「防カメ映像、当たってみようか」
浩人は璃砂と共に、周辺の防犯カメラ映像を当たることにした。
この廃ビルのある通りは一見すると平和に見えた。
商店街のように青果店、鮮魚店、スーパーが軒を連ねており、左奥には住宅地が点在している。
そのためだろうか。設置してある防犯カメラ映像は、浩人が思っていた以上に多く感じた。
証言をしてくれたホームレスから何日の夜かとダメ元で聞いたところ、意外なほどにはっきり覚えていた。
その日はホームレスの炊き出しがある日だったらしい。被り物の集団というのも不思議な光景だったために印象に残ったと言っていた。
「先週の火曜、か」
最初に確認した盗犯防止の青果店の防犯カメラは廃ビルの出口が丁度死角になっており、手がかりは得られなかった。
これは望みが薄いかと思われたが、6mほど先にあったーー
コンビニエンスストアで成果が出た。
そこの脇に設置してあった防犯カメラの映像を見せてもらうと、確かに、酷く不可解な映像が、映っていた。
「うっわ……これは確かに、ちょっとブキミですよね」
璃砂がそういったのに対し、浩人は沈黙していた。
映像は深夜4時前に撮られたもの。
中央を歩く、白いワンピースを着た女、そして脇を取り囲むように、リアルな動物の顔の、フルフェイスの覆面をかぶった男たちが店の前を横切っていく姿だった。
斜めに映っているこの集団の女の正面から右にいる男は狼の覆面を被っている。
その覆面の感じは、丁度浩人が高校生のころ、文化祭で使ったやけにブカブカな、首元まで隠れる馬の覆面を思いおこさせた。
――いや、待てよ。
女の左隣、丁度その、狼男の反対側。
こいつ、覆面じゃ、無い。
「門田、これ」
「はい?」
見辛い、酷く見辛いが――。
「これ……角ですか」
ああ、そう、角だ。
左奥。随分ぼやけているがその男、丁度巨大な角が、顔を覆い隠すように生えている。
まるでヤギの角のようだ。男の顔は酷く、醜悪につぶれている。これが覆面でなければ、の話だが。しかし覆面にしては、やけにリアルに見える。
「まさか、鬼人じゃ、無いよな」
びくりと、璃砂が体を震わせた。そんな事言わないでと、その目は言わずとも語っている。だが、恐らく璃砂もそう感じたはずだ。
これは一度、三位明崇に連絡を取る必要がありそうだ。