視線/三位明崇
「おおっとォ。これは修羅場やでぇ」
西田が囃し立てた。
「いや、だから……」
「明崇。正直に言わないと怖いよ」
真夜に正面を向かせられる。
「なになに、真夜ちゃんどうしたの?アキ君と喧嘩?」
背後で亜子が騒ぐのも聞こえる。
「ダメッ、亜子ちゃん。子供には辛い光景よ」
「きゃ、エリちゃん」
亜子は手で目隠しをされていた。不倫現場を押さえられた夫、それを問い詰める妻、そして鉢合わせてしまった娘、みたいな爛れた絵面を想像しているのだろうか。
「いや、だから真夜、これはさ」
「あの生徒会長がどうしたの」
どうやら正直に話すしかないようだ。
「あの生徒会長、明らかに“俺達”を見てたろ。真夜と亜子の事も。どこまで知ってんのかなって」
――あの事件の事。
明崇は気づいていた。あの近衛という生徒会長は明らかに全校集会の時、明崇だけでなく真夜と亜子にも、あの視線を向けているように感じたのだ。
あの渋谷の一件で現場に居合わせたのはこの三人を含め、亜子の兄である剛だけだ。
あの生徒会長は、その事を知っているフシがある。
だとすれば、どうやってそれを知ったのか――
「それが気になっただけ?本当?」
真夜が目を見てきた。その目は本当に不安そうに見えた。
「まぁでも。睨まれとったんはやっぱ、確かに、あの事件以外ないやろなぁ」
そう。1-Bのみんなは特に、あの件については他の同級生よりも詳しいのだ。担任が犯人だったという事の他、世間に多くを伏せられた事と言えば。
後藤司の事だ。
1-Bのクラスメイト、後藤司は例の事件に関与していた証拠が出た他、前田君子というB組の女子生徒に対し強姦を働いた容疑があった。渋谷の一件で重傷を負い、今は東京警察病院に収監中とされているが、実際のところがどうなのかは知らない。
「あれも……大変だったよね。ウチ相談受けてたもん」
豊栄絵里。前田君子とは親友だったという。
被害者の前田は今も精神科にかかっている。いまだ教室には顔を出していない。
「そりゃ、一番大変だったのは、明崇君たちだとは思うけど……」
いや、それはどうだろう。
最もつらかったのは、今も事件に取り残された被害者遺族だろうと、明崇は思う。
「もーみんな早く掃除してー!」
「あっちゃ、そろそろカナちゃんが激おこぷんぷん丸や」
「だね」
最後に掃いたごみを塵取りに入れ、机をもとに戻し始めた。その時だった。
ガラリと教室のドアが開く。明崇は振り向きこそしなかったが、教室の雰囲気が変わったのは、敏感に感じられた。
「明崇、お出ましだよ」
真夜が近くに寄って来て耳打ちし、明崇は促され、その人物に目をやった。
そこに立っていたのは、先ほどまでの噂の渦中の人物――
「やっほー。こんにちはー」
――三位明崇君、いる?
我が高校の生徒会長、近衛六華その人だった。