Summer Vacation 6
「すまん、呼ばれてたのに遅れてしまった」
藤堂、門田コンビが到着したのはそれから30分もした頃だったろうか。
そのころにはくしくもSAT隊員である詩織を含んだ一部に招集がかかり、既にこの場にはいなかった。
「いえ、気にしないで下さい。継続捜査、お忙しいんですよね?」
「いや……実際そこまでは忙しくないよ」
藤堂さんは口の端を緩めてそう言う。
「何か、人数多いですね……」
門田さんは少し警戒しているようだ。刑事部の人間と違いここに大勢いる警察関係者は警備部の人間、いわばバリバリの武闘派だ。詩織さんが去ってしまった今、もはや警察関係者の中に女性は一人もいない。
まぁでも他にも、女子勢はいるし。
「璃砂ちゃーん、一緒食べよー」
「あ、亜子ちゃん」
亜子がとてとてと、門田さんに駆け寄っていく。真夜が加わると、三人で仲良さそうに食事を始める。
――大丈夫そうだな。
「藤堂さんも食べてくださいよ」
明崇はその手に持っていた、紙でできた皿と割りばしを手渡した。
「え、じゃあ継続捜査やってるのって藤堂さんと門田さん……だけなんですか?」
「ああ、他にも汽嶋っていう巡査がいるんだが、そいつ別件でかかりきりとか」
別件……別件?
じゃあそれサボってますよあの人。
「まぁしょうがないんだよ。あいつは特別みたいだから」
ぽつりと、独り言のように言って見せる。その言い方からすると、やはりSATに籍を置いている事にも、感づいているか。まぁあの現場にいたわけだし。
「いやすまんがその……」
ふいに言葉を切る。彼はどこか言いよどんでいた。
「どうしたんですか」
「いや、悪い。実はその例の継続捜査。進捗がよくないんだ」
「そう……ですか」
明崇と藤堂達が関わり、容疑者・鳥越充の死亡と共に終結した早稲田通り沿い連続婦女暴行事件。それには依然、多くの疑問点があるのだという。
「すまないな……君の、いや君たちの、何の役にも立ててない」
「そんな事は、無いです」
気休めでなく、本当にそう思う。明崇からすれば、事件の解決に動いてくれる人がいるという事自体が、大きな支えなのだ。同じ方向を向いてくれる人、そんな人は貴重だ。
「明崇、何の話してるの?あ、こんばんは藤堂さん」
真夜が、夕闇に溶けるように佇んでいる。
「ああ、呼んでくれてありがとう」
藤堂さんは律儀にも頭を下げて見せる。大人らしい振る舞いもそうだが、一介の高校生にここまで丁寧に接してくれる人は、特に警察関係者には珍しいんじゃないかと明崇は思う。
「捜査……上手くいってないんですか?」
何の話と聞きながら、聞いてるじゃないか。
「ああ、まぁな。本当耳が痛いよ……」
「でも、人員足りてないのが問題じゃないんですか。そもそもちゃんと休めてるんですか?在庁とか」
明崇が問うた。先ほどの話を聞いてれば、彼の所属する班は他の事件にその人員が駆り出されているようにも聞こえる。在庁もなければ休むのさえ難しいだろう。
「まぁそれはそうなんだが……」
「ちょいちょい、明崇。在庁って何」
「ああ、捜査一課は係に振り分けられていて、在庁って言う本部待機組に順に殺人事件の捜査が割り振られるようになってるから。浩人さんは出ずっぱりで、休む暇もらえてないんじゃないかってこと」
「ええ、じゃあ藤堂さんも璃砂さんも、お休みもらえてないんですか?」
しかし彼はへらへらとしている。
「実際お休みもらっても……することないしな」
「「うわぁ」」
見渡せば皆幸せそうだ。
明崇が良く知る人も、知らない警察関係者も、誰もが楽しそうにしている。
視界の端に亜子となんと門田さんが、仲良く大声で騒いでいるのが目に映る。二人の取り合わせも相まって、本当に平和な光景だ。
「こら、明崇」
何故かいきなり真夜に、足を蹴られる。
「ん、何」
「何、じゃないよ。藤堂さんもそうだけど、明崇だって休み取らずに限界まで一人で突っ走って自爆するタイプじゃん。人の事言えないんだから」
不満に対して言い訳せずに、真夜の顔を見つめた。
辺りにはもう夜の闇が射している。真夜の白い顔には少し朱がさしていて、一層華やいで見えた。
「な、何」
「いや、うん。気を付けるようにする」
夏休みはこれから、なんて。こんなまともな学生らしい感情を抱いているのが、四年間を振り返れば想像できない。
きっと未来には、どうしようもない事が待っているのかもしれないけど。
今は、今くらいは――。