Summer Vacation 4
「で、何してたんですか」
汽嶋が玄関のドアを開けたのはチャイムを鳴らしてからだいぶ経ってからだった。
明崇達を迎えた時も終始しかめっ面だった汽嶋さんは今も機縁が悪そうに見える。
「別に……何もしてねーよ暇だよ」
その返しに、詩織の口元がへにゃりと緩む。
「何って……何してたんでしょ」
「ち、違うからね……?変なことは何も」
あたふたと、塔子さんが否定した。
――チッ。
汽嶋さんは先ほどからやけにいら立っている。恐らくそれは突然大勢の見知らぬ人間が、この、いわば自分の巣に押し入っているという状況に原因があるようだ。
「すごーい、何これーパソコンいっぱいだねー」
「亜子……べたべた触って壊したりすんなよ」
そして、塔子さんが先ほどから挙動不審なのも、彼のいらだちを大きくしているのだろう。
部屋数の多いこのマンション、先ほどまで二人がくつろいでいたであろう奥の寝室からは、やけに冷たい空気が足元を這ってくる。
なのに二人とも、なんか汗がすごい。
「暑そうですね」
「あ、暑くなんかないぜよ明崇君、ね……ね、タイちゃん」
そういう塔子の顔は分かりやすいくらいに真っ赤だ。まず口調から変だ。彼女は特に薄着だし。
「そうね、暑いというよりお熱いものねお二人さん」
また詩織が余計な事を言う。我慢できなくなったのか、詩織は追撃を続けた。
「汽嶋ぁー知らなかったなーへぇーそーなの。普段はやさぐれたアンタでもこんなカワイイ彼女いるんだぁ。それにぃ?真昼間からサルみたいにイチャコライチャコラ」
塔子さんの顔がさらに真っ赤に色づく。
「何だよ、悪いかよ……。俺らが何しようが勝手だろうがッ」
ついに汽嶋さんが開き直ってしまったところで。
もうこれ以上は収集が付かなそうなので、明崇は本題を切りだした
「塔子さん、例の、情報統制の件なんですけど」
「あ、うん。それならもう終わってるよ」
その後は剛も加わって、いつもの真面目な会話になった。
「まず先に言っときます。俺の情報元は明かせないっす」
剛がきっぱりと言い放った。そのあとも続ける。
「まず俺自身又聞きっていうか……誰かがあの一時間程度の間に、情報をあちこちにばらまいてたんすよ。それを善意で教えてくれた人を、俺は売れないです」
「ちょっとぉ、剛君そんな事言っても私たち警察官だよ?」
言外に、詩織が脅しにかかる。しかし明崇は知っている。そんな脅しは、剛には通用しない。
「無理なもんは無理です。正直に言ったところまでが、俺の一般人としての善意ってことで」
剛の目に宿る意思は固い。それを詩織も悟ったようだった。事実ここまで協力してくれた人物を、敵に回すこともない、と思ったのだろう。
「ま、そうだろうね」
そこまで聞いて口を開いたのは塔子さんだ。
「実際今回の場合、剛君の筋を追っても何も出ないと思うし」
それは……どういう事だ?
「今回の情報流出の手口ね。専門的なところを省いて分かりやすく言うと……そうだな。素人さんの犯行ってやつだと思うよ?多分警視庁のサイバーテロ対策課とかに聞いたほうが早いかもだけど、その、今回の犯人は知識は豊富にあるみたい。こういう風にしたら情報が手に入る、情報はこうやって集める、そのノウハウは知っている。でも普段から情報屋として、その手段を利用したことは、おそらく頻繁にはない。だから私とか、剛君がやるような近道みたいな、普段触っている人がやる手口、そういうのがあまり感じられなかったから」
――いうなれば、拙い。
なるほど。
「じゃあ普段から、それこそ警察がその手の犯罪でマークしているような人物が犯人である可能性は低い。って事ですか」
明崇が問うた。
「うん、そうだね。だから素直に、サイ対課に頼ったほうが、良いと思うな」
普通の情報屋じゃないとして、それだけの知識がある人間が、あのタイミングで、特定の情報を流す理由――
明崇は、一つの可能性に行きあたっていた。
つまり誰かがあの状況を、コントロールしていた?鳥越充が立てこもり、それを明崇が剛の三次元マップの手助けにより手渡された神薙で殺した。
まるでこの事件のどちら側にも立たず、舞台設定とタイミングを調節して、一人で悠々と演劇を観ているかのような――。
しかしそうだとして。その意図とは何だろう。
――考えすぎか。
明崇が顔を上げるころにはまた、汽嶋さんと塔子さんの仲を性懲りもなく、詩織さんが再びイジり始めていた。