Summer Vacation 1
「明崇、夏休みだよ」
唐突に、彼女がそう言った。
――そんな事知ってる。
今日の終業式。何度も校長先生が、気を緩めるなとかなんとか、しつこいくらいに言ってたし、何より亜子が、隣でうるさくはしゃいでたから。
「夏休みっ、海っ」
まだはしゃいでる。
「ね、夏休みだってば」
目の前に、真夜の顔がある。いつもどちらかと言えば生意気な彼女だけど、こういう機嫌が良い時の彼女は、とても無邪気で少女らしい。
白い頬が、可愛らしい不満にむくれている。
「……だから?」
ちょっと、そういう意地悪をしてみたかった。面倒くさかったのもあるけど。怒られるだろうか。
すると。
「……んもぉ」
――つれないなぁ。
今日の彼女は相当機嫌が良いらしい。いつもは明崇がこういう反応をすると、怒って拗ねてしまうのだが。
笑顔のまま、目を細めてこちらを見ている。
自然とこちらも、笑顔になる。
「あき君ー何でニヤニヤしてるの?」
亜子が、純粋な視線を向けてくる。
「いや」
真夜も優しくなったなって。そう、思っただけ。でも絶対口には出せない。
言ったら絶対、どんなに機嫌よくても殴られるから。
真夜がガラっと椅子を引く。明崇の机の前に、腰かける。
「今日、来るんでしょ?伽耶奈さん」
「うん」
「ふふ、楽しみ」
体を楽し気に揺らす、真夜。昔から真夜と伽耶奈の三人でよく遊んでいた。小学生のころを思い出したのだろうか。
高校生になって、初めての夏休みの到来だった。今日は登田家に、人を呼んでバーベキューをする予定になっている。
招待したのは伽耶奈、藤堂さんに門田さん、そして汽嶋さんなど、明崇の義父の部下の方達。
今日は終業式。学校自体が四時限目の、真昼の時間帯に終わる。
夜まではまだ、相当な時間があった。そこで明崇達四人は、それまでどこかに遊びに行こうと、実に高校生らしい計画を立てていた。
「ぅおーっす」
「あっちい……」と、真夏の気温を呪いながら、別クラスに所属する剛が合流した。
剛のクラスの担任は絵に描いたような中年男性教師だ。話が長いためにホームルームの終了は学年全クラス一遅い。
「お兄ちゃんおっそい」
そう言いつつ亜子は、双子の兄に嬉しそうに駆け寄った。
「しょうがないだろ……隅田の奴エアコン入れてくんないしよ」
隅田というのが、その剛の担任教師だ。
「うちのクラスはホームルーム終わるの早いよね。ま、当然と言えばそっか」
うん。そうだな。
四月から明崇達のクラスの担任を務めていた女性教員、川本秀美は、丁度一カ月前解決を見せた婦女暴行連続殺人事件の被害者だった。そしてその川本を殺害、その裏臨時で教員に居座りつつ実に6人の女性を殺害した鳥越充には一カ月前――
明崇自身が、手を下した。
今はまた別の女性教員が、明崇のクラスを取り仕切っている。
だがこの新任女教師がこれまた……。
空回りというか、若気の至りというか――
「いったァッ!」
教室のドアが開く。背の高いスーツの女性が、勢いよく飛び出してくる
「三位君、桑折さん、登田さんっ。ここにいたのね」
「あっ、カナちゃんだっ」
「うげっ。見つかっちゃったね」
B組の現在の臨時教員、真北カナ。
釣り目にモデル体型。身長は何と175cm。厳格な美人女教師というよりはほとんどそのキャラのせいで、ゆるキャラのような存在感だ。
「手伝ってって頼んだじゃないっ。なんで行っちゃうの」
彼女には終業式の後、ある教室の清掃を頼まれていたのだが……。
「え、全部一人でやっちゃったの?」
亜子の問いかけに、キツ目な印象の目がジワリと潤む。
「そうだよぉ……三位君は流石に、手伝ってくれると思ってたのに。くすん」
――そこで俺に、振りますか。
「ホームルームの後、先生すぐに出てっちゃったじゃないですか」
「そうですよ」
真夜が笑いながら明崇を援護する。そう言うが。
あの時すぐ、「さぼっちゃおうよ」と提案したのは、もちろん真夜だ。
「みんな……ひどいよ。れでぃに一人でお掃除させるなんて」
自分で“れでぃ”なんて言っちゃうあたり、全くこの人は……。
まず、レディっていうには何か足りない。