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D.N.A配列:ドラゴン  作者: 吾妻 峻
第一章 鮮血街・ブラッディシティ
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鯛焼き/登田亜子

「じゃぁ何、明崇は音楽とか、そんな聴かないの」

「いや聴くさ。ただ雑多で、どれか特定のアーティストが好きってことはないと思う」

「あ、ならさならさ、今度このCD聞いてみてよ。あのバンドのあの曲好きだったら、絶対ハマるって。マジで」


前にはアキ君とお兄ちゃん。私は真夜ちゃんと、後ろから二人のやり取りを見守りながら歩いている。学校を出て、目の前の坂を少し登ると、そこからは中野駅までの一本道。そこを四人で、てくてく歩く。

「二人、気が合いそうで良かった」

ここ最近の真夜ちゃんの表情はとても明るくて。入学して以来、こんなイキイキした表情を見るのは初めてかもしれない。


真夜ちゃん、桑折真夜さんとは入学初日からアタックし続けたおかげか結構打ち解けた、そんな気が、勝手にだけどしている。私は、ほら普段からこんなだし。こんなというのは、なんというか周りを気にせず、言いたいことを後先なしに言ってしまうところ。何とか直したいけど、すぐにあきらめてしまう。お兄ちゃんからも、「悪い癖だぞ」っていつも叱られた。でもその、私・登田亜子の何も考えないところ。そこがむしろ良いんだって真夜ちゃんはよく言ってくれる。

彼女のことはみんな最初こそ、とても美人だけど怖そうな人だな、って思うかもしれないけど。

でもそれ以上に、私から見て真夜ちゃんはいつも寂しそうだった。

多分真夜ちゃんには求めている物があって、でもみんなそれに気づいていない。クラスのみんなが真夜ちゃんにやっていることは彼女が望まないものを無理に押しつけて満足しているような、なんかうまく言えないけど、そんな感じに私には見えた。

だから、彼女の求めている物を理解して、その寂しさを癒してあげたい。私はそう思っている。


――だってこんなに綺麗で可愛くて優しい人、そういないもん。


そして求めてるのって、アキ君の事なんだなぁと、そう気付いたのは、ゴールデンウィークに入る、ちょうど前の日、だったと思う。

アキ君がまともに学校に来たのは入学式と四月の初めの週くらい。それから学校には全然来なくて。でもゴールデンウィーク、その前日に突然彼が登校してきた。その時、声をかけようとした真夜ちゃんの顔が、とても物悲しい表情に染まっていて、ああって納得した。

普段の彼女真夜ちゃんの表情は、綺麗だけれどまったく変わらない。まるで氷の彫刻みたい。誰に対しても同じ顔を向けるけれど、アキ君がいるとやっぱり違う。氷がすぐに溶かされて、優しくて、今にも壊れそうな女の子が現れる。そういう時の真夜ちゃんは、綺麗というより、とても人間らしくて可愛い。


――私はそんな、真夜ちゃんが好き。


「亜子ぉっ、ッ、私、ど、どうしたらいいかなぁッ」

その日の放課後、帰り道。彼女は泣きながら、アキ君とのことを打ち明けてくれた。

小学生のころからのお友達なのに距離が開いてしまっていること、そしてお礼をずっと言えずにいること。

この時にはもう互いに下の名前で呼び合う仲だったけれど、この時ほど真夜ちゃんを近くに感じたことは無かった。

――もう真夜ちゃんを泣かしたら許さないよ、アキ君。

ちらりと私はアキ君に、視線を向ける。

「なぁ、何か買い食いでもしてこーよ」

するとアキ君の隣、お兄ちゃんが何やら騒いでいるのが見えた。

「あぁっ、そだ。ここの鯛焼き屋寄ってこーぜ」

お兄ちゃんは超が付く甘党。家でも甘いもの食べてばっかり。

「お、いいねいいね」

真夜ちゃん、ノリノリだ。

「そうだな」

アキ君も頷く。彼が頷くと、肩にかけた長包みが少しずれ落ちそうになってる。

「うん、行こっ」

私も鯛焼きは嫌いではないし。しょうがなく、しょうがなくですよ?

ここは付き合って、あげましょうっ。



「あひふんは、はにはじにしたろ?」

「こら、亜子。口一杯に物入れたまましゃべらないの。はしたないよ」


ごめんなさい。でも、美味しいんだもん、鯛焼き。


私達四人は今、駅から少し離れた鯛焼き屋さんで、一息ついていた。周りにお客さんはいなくて、もう四人で貸切状態。四人でテーブルに座って、鯛焼きを一人一つずつ頬張っている。お兄ちゃんと私は、いつも粒あんしか食べない。真夜ちゃんのは、食べてみるとこしあんだった。そこで「んくっ」と口の中を空っぽにする。

「アキ君は、何味にしたの」

そう。アキ君は、何味にしたんだろう。それが聞きたかったの。

「カスタードクリーム」

おぉ。アキ君が食べている鯛焼き、確かにその中に、とろりとした綺麗なクリーム色のあんが見える。 んん、少し食べたくなってきたぞ。

「ね、ちょっとだけ、ちょっと一口頂戴……」

指でその“少し”を強調。ほんと、これだけだよ。これ以上は望まないから……

「えッ」

アキ君は、衝撃の事実、みたいな顔をした。固まってる。

「んッ、うくくくっ」

真夜ちゃんは、体を前に曲げて、テーブルに突っ伏している。どうしたんだろ。もしかして笑ってる?

「あぁー、すまん明崇。こいつ結構食うんだよね。一口やればあれだぜ、なんでもこいつに命令して良いぜ」

「うんうん、肩叩きくらいするよ」

これでも結構、上手いんだから。

「……」

アキ君はなぜかだんまり。返事してよー。

「あはっ、あっはははは」

なんで真夜ちゃんはあんなに笑ってるのかな。でも確かに私、ちょっと卑しい?のかも。

「じゃぁ、やる」

言葉はそれだけ。テーブル越しに反対からほれ、とアキ君は鯛焼きを突き出した。なんでだろ。アキ君顔真っ赤。

「はむっ」

「お、おい」

うわぁ美味し。甘くてトロトロ。まいうー。

私が噛み付いたのは、ちょうどアキ君の食べかけでクリームが出てるところ。もう、ほとんどクリーム。

「はぁ、幸せぇ」

「オイ、これもうクリームほとんどねぇし、吸った?」

「え、そんなつもりはなかったんだけど……アキ君ごめん」

私食べるのだけは早いって言われるから。がっつきすぎたかなぁ。これは肩叩きじゃすまないかも。

「亜子さぁお前、人前で食意地張るなよ……ごめんな妹が」

「や、別に良いって。気にすんなよ」

そう言いつつ、アキ君はまだ顔が赤い。

「あはっ、も、もぅダメ。おかしいぃぃ」

真夜ちゃんは、最後はしゃがみこんで笑っていた。


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