不器用な訪問者/三位明崇
昼前になると、なんと汽嶋太牙が病室を訪れた。
「よぉ、湿気た面してんなぁおい」
彼は事実上SAT所属の巡査で明崇の義父、沖和正の部下だ。実は二年前から親交がある。
「この個室広すぎんだろ。ガキにゃもったいねぇな」
先ほどの二人とは違い手土産らしきものを、彼はなにも持って来てはいなかった。
――まぁ、そういうタイプの人間じゃないよな。
ただ先ほど二人が持ってきたフルーツのバスケットを見て、思い出したように。
「おう、今週のジャンプだ。くれてやる」
分厚い青年誌を、ベッドに投げてよこした。
「……読みませんよ」
読んだことない。そういうと、青春の半分を棒に振っている、つまらない小僧だと罵倒された。まぁ、そうかもしれないというと、今度はなぜか思いっきり叩かれる。
「痛ったッ……何するんです」
相も変わらず理不尽な人だな。
「気に入らねぇんだよ。今のお前、めちゃくちゃ気持ちワリィ」
「……悪口言いに来たんですか」
「ああ、まぁ。今のとこ、そうだな」
しかしそう言いつつパイプ椅子に座りこみ、居座っている。
「なぁ、お前さぁ……」
「はい」
「なんで今更、そんな死にそうな顔してんだよ」
死にそうな顔。やはりそんな風に見えるのだろうか。しかし今更とは、どういう意味だろう。
「俺はよ。お前の事が大嫌いだ。それは俺がお前を……多少は……、多少は、だぞ。認めてたってことだ。お前は一つの事だけに、死ぬ気で戦ってきた。そうだろ?しかも自分のためじゃねぇ、今は亡き家族のためにだ」
「……へぇ」
驚いた。汽嶋さんがこんなことを言うなんて。
「らしくないですね」
「茶化すな」
その表情は、いつも以上に怜悧なそれだ。
――いや、いつも通りだこの人。
しかしそのあとも彼は、明崇を励ますような言葉をつづけた。
「俺は……正義なんて絵空事抜かしやがるやつを、それこそ腐るほど見てきた。愛する人のため?笑わせるな。そういう奴ほど最後は自分が可愛くてしょうがねぇんだよ。だから人ってのは、どうも信用ならねぇ、ずっとそう思ってきた」
――でもお前は、違う。
力強い目が挑むように明崇を射抜く。
「お前は……家族のために、他人なら精神を侵されてもおかしくないような苦しみを、自分から、これでもかというほどに味わってきた。そんな奴は初めて見たよ。俺はそんなお前を否定したかった。でもできなかった」
「それは……違いますよ」
結局明崇も、自分自身が可愛かったのだと思う。鬼人化抑制薬を完成させたのも、自分が戻れないと知りながらも真っ当な人間になりたかった、それだけの事なのだ。
そういうとまた彼は、フッと、鼻で笑う。
「お前本当にバカだよな」
バカ呼ばわり。これは汽嶋さんとの会話において、機嫌がいいときの発言に分類される。
「だったら、なんだあの……トラなんとか言うお前専用の、イカれた鬼人化薬よ、必死になって作る必要どこにもねぇだろ。お前は戦うのが一番苦手な人間のくせに、力を求めて戦ってた」
――地獄、だったはずだ。
「でもそれはお前が純粋に、ひたすら真実を求めたからだ。そんなお前の目は、確かに生きようとしてたぜ。この俺がビビるくらいに鋭い目、してたよ……。なのによ、なんであんな屑を殺したくらいでお前は、今すぐ死にたい、みたいな顔をしてんだよ。あいつは……鳥越充こそ本物の屑だ。お前の倍近く生きてやがるのに自分の世話は親におんぶに抱っこ。しかも利己的欲求で平気で人を殺しやがる……。あんなのそれこそ人じゃないね。それ以下の下等生物、ミジンコ以下だ。なぁ、もう一度言うぞ。俺はお前の事」
――これでも認めてんだ。
「そんなお前が、あんな塵屑以下のドが付く屑野郎のために、そのキレッキレに冴えた魂を錆び付かせるなんてことはあっちゃいけねぇし、許さねぇ。断じて、この俺が、許さねぇ」
汽嶋さん。
こんなこと、言ったりするんだ。
――塔子さんに、影響されたのだろうか。
明崇が見つめると照れ臭そうに、彼はその顔をそらした。