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D.N.A配列:ドラゴン  作者: 吾妻 峻
第一部・終章
107/287

一過/三位明崇

中野の東京警察病院。その六階個室に明崇は、入院している。


ここは野方署を道路を挟んで隣。中野の緑地公園を見下ろせる。野方の事件現場の、目と鼻の先。どこか因縁めいたものを、明崇は感じていた。


あの後来た見知らぬ警官から、事件のその後については大まかに聞かされた。

主犯の鳥越は、即死。当然だ。手をかけたのは確かに明崇自身なのだから、そのことは自分自身が、一番よく分かっている。だからあの肉を断つ嫌な感触を、明崇はまだ忘れることができない。しかし一連の事件の犯人が彼であると言うのは、どうやら間違いないらしく、伽耶奈によると明崇が今まで遭遇した鎌鬼も、彼であるという証拠は挙がっているとの事だった。


まぁ、それでどうと言うわけでも無いのだけど。


そして驚いたことが一つ。激昂した明崇が尾で貫いた、あの後藤と言うクラスメイト。彼は重症だがなんと、生きているという。

――殺してしまったかと、思った。

事実、あの時殺すつもりでいた。真夜を手にかけようとした後藤に対し、確かに明崇はあの瞬間、明確な殺意を向けていた。

伽耶奈の話によると、彼の鬼人化は非常に不完全かつ発達途中であったらしい。そのため彼は生きてこそいるが、再生は完璧なモノとはならず、今も下半身不随だと言う。

――まぁ妥当な落とし所と、言えるのかもしれない。


後藤には今回の事以前に、同クラスの女子生徒に対し強姦を働いたという容疑があるらしい。

だから明崇は彼等に対し、申し訳ないなどと思っているつもりは無い、無いのだが……。

どういう事だろう。この、どこか沈鬱な気分は。


窓の外には眩いほどの青。雲一つない晴天。しかしそれを鬱陶しい、煩わしいとすら感じてしまう自分がいる。

明崇は折角一つ、真実へと大きく前進したと言うのに、どこか憔悴しきっていた。


自分は人殺し、化け物……。


それは事実。消せない、消せるものではない。紛れもなく、自分の両手は真っ赤な血の色に濡れている。

しかし心がどれだけ揺れたとしても、あの、発作の様な鬼人化はもはや起こらなかった。


そう、あれ以来。


明崇の体調は存外、そう悪い物ではなくなっていたのだ。

始翼まで極限発現したあの日。あれを境に、明崇の中の何かが変わっていた。だから四年前とは違い、もう誰も遠慮することなく、明崇の病室に訪れてくれるようになった。


「失礼します……」

今日の最初の客は警視庁捜査一課八係巡査部長の藤堂浩人、そして今回の事件で彼の相方である野方署強硬班に研修配属中のキャリア警部補、門田璃砂だった。

彼等は今回命じられた継続捜査でまだ、コンビを組んでいるという。

「体調は大丈夫なのか」

「おかげさまで、元気です」

ゆっくり、頭を下げる。

「……そう言う顔には見えないがな」

彼は椅子を引き、璃砂と共に、明崇の横に腰を下ろした。

「今日は、君に、大事な報告がある」

「……はい」

彼はどこか険しい顔で唇を舐め、話しだした。


「あの件は、警視庁が内々に処理することとなった。鳥越充の死因は君ではなく、SATの、やむを得ない狙撃によるもの、となっている。新聞には、勿論載らない。しかし……」


何と言われるのだろう。「それでもお前は人殺しだ」とか。「お前はいつか必ず豚箱にぶち込んでやる」とかそう言うセリフを期待していたのだが。


「それでは君が、心配だ」

全く、期待していたものとは違った。

「あの時君は、あの場全員の罪を背負った。どう考えても鳥越充を殺すしか、道は無かった。そして君は不幸なことにあの場で、最もそれを実行し得る力を持っていた。でもだからと言って、君である必要はどこにも無かった。本当にSATが、君が動く前に狙撃してしまえば良かったんだ。そう、俺たち無能な警察は君に……まだ若い君に」

――人殺しの咎を、背負わせてしまった。

「そんなこと……」


それは……明崇自身が望んだこと。自分自身がそうしようと、明確な意思を持って殺そうとしたのだ、別に誰かがやるべきとかじゃ、ない。


「申し訳ないと、思っている。泥をかぶるのは、本来大人の役目だ。なのに、君に、全て被せてしまった。一人で戦わせてしまった」


違う、違うよ。そうじゃない……。俺が、俺が勝手に一人でやったんだ。手を出すな、そうまで言って俺は、アイツを殺したかったんだ……。


しかし浩人は、続けた。

――なぁ明崇君。

「それでも気にやまないで欲しい。君のその性格では難しいだろうが、あまり思いつめないでくれ。あの場で起こったことは、あの場にいた全員に責任がある。君は人殺しなんかじゃない。だとしても人殺しは、君一人ではない。しかるべき時が来たとするなら、俺も、門田警部補も、君と同じ罪を背負っていること。それを証明し、責任を取るつもりだ。」


認めたくなかった。でも、なぜか明崇の頬は、暖かい雫にぬれていた。

「そう言ったところで、君の心は晴れないかもしれない。でも忘れないでほしい。今までがどうだったかは知らない。でも今の君は」


一人じゃない。


「今日はそのことだけ、伝えに来た」

一人じゃ、ない。その優しい言葉から目を背けても、心地良い呪いのようにその言葉が深く、しみこむようだった。

「そして何より……俺と門田を助けてくれたこと。お礼を言わせてくれ。君は命の恩人だ。心から、感謝している」

人からお礼を言われるなんて、自分の人生で一度でも、そんなことがあっただろうか。


濡れた目じりはいくら拭っても気づかれそうで。明崇は顔を伏せたくなった。

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