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D.N.A配列:ドラゴン  作者: 吾妻 峻
第四章 天雷鎚・サンダハンマー
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ThunderHammer!


今思い返せば、地獄のような四年間だった。いくら生命科学研究を学んだとしても、自身の体の異常を解き明かすまでにいくら時間が必要かも分からなかった。


一生明崇は、この警察官舎から出られないのではと思ったほどだ。


しかし幸運なことに伽耶奈の教える知識と手法は、明崇の中のもう一つの、研究者としての才能の目覚めをもたらした。


そして自分の身に起こった現象が鬼人化であると言う事、そしてその原因を究明、研究し、ついに一つの答えを導きだした。


その結果何とか、自分を律する術を得て。


それでやっと、日の元を歩けるようになったのだ。



とはいってもやはり俺は、四年たっても結局この、真っ赤な部屋から出られないまま。

「これは……」

足元にはドロドロとした、固まりかけてもはや真っ黒の、血液の池ができていた。そこに飛び込んでしまえば、もう戻れないような気がしている。


――もういいや、楽に……


しかし今まで静寂していたこの世界に、音が迷い込んだ。それが明崇を、すんでのところで引き留める。

「ぁ……ァー」

「あ…き…」

「あき…たかァー」

明、崇。俺の、俺の名を呼んでいるのは……

その真っ赤な部屋の天井を仰ぎ見た。そこが白く、朝焼けの様に輝いて――



その瞬間、様々な音が、明崇の耳に届いた。

「明ーッ、避けろッ」

「明崇っ」


避け、ろ。


やっと、言葉の意味を理解した。

明崇が瞬時に飛び退く。その壁が何かの衝突と共に、耳障りな音を立てて崩れ去った。

「ここは……」

明崇は、意識を失う前までとは違う巨大なビルの縦穴、その天井の壁に尻尾で跳びつかまっているようだ。

「ンッ……」

力を込めると、それだけで全身に高電圧が奔った。

共に背中から伸びる、普段は感じない翼のように広がる太い神経を感じる。

――始翼。


思い出した。俺は、赤ラベルを――


研修旅行、上野、渋谷、剛、亜子、後藤、鳥越――

そして、真夜。


思い、だした。


「やっとォ、お目覚めかァ」

――鳥越。

再び先ほど明崇がいた位置から接近してくる。それにタイミングを合わせ腕を絡めとり。始翼を合わせた、三つの拳で打ち据える。


「アアアッ、痛ッてェ。痛ェよクソガキッ」

――ああ、やっと目が覚めた。

「もうお前に、好き勝手させない」

明崇は宙に、躍り上った。



不思議だ。

いつもより鬼人化は酷く進行しているのに、心がこんなにも、澄み切っている。

――こんなにも、落ち着いていられる。


縦穴の最上階付近に位置する明崇からは、綺麗に下の階全てが見渡せた。三つ下の階からは、アサルトスーツを着込みサブマシンガンを構えた、SATの皆がいる。積極的に鳥越に臆せず発砲しているのは、明崇も知る三人だ。


その下の階には……真夜、伽耶奈、剛、知らないスーツ姿の男。

皆、無事なんだな。


明崇は始翼、その紫の金剛骨を励起させ雷撃を起こし、推進力を発生させる。

尻尾を外壁から引き抜き、自由落下のスピードを助長する。

鳥越には目で追う事もままらない、不可視の音速で迫り。

背後へと回り込み、尾で勢いよく(はた)いた。

――これで皆には中々、手が出せないはずだ。

するとそのすぐ下の階にいた誰かが、叫んだ。

「明崇、これッ」

真夜……?

その手に持っているのは紛れもない、神薙だ。

「投げてッ、真夜」

「……おっけ。まかせてッ」

彼女は思い切り、勢いよくその手に握っていた白銀の棒を投げた。

「ったくッ、お仕置きだァ三位君。先生に歯向かうなんてさァ。」


――お礼にグチャグチャにしてやるよ。


「何か言われてんぞー小僧」

そう言ったのは同じ階で機関銃を構えた汽嶋さんだ。

「言わせておけばいいんですよ」

明崇も、軽口で返した。

「来るよッ」


同様に銃を上方に向けた、高峰さんが叫んだ。そこでアサルトスーツの集団は、一斉に上に銃器を向ける。しかしそこで明崇は、大声で言った。


「汽嶋さんッ、高峰さん……。手を、出さないでいてください」

――こいつは、俺が殺ります。


尻尾を外壁に穿ち、姿勢を安定させ、構える。

明崇の両腕が雷撃を受け眩く輝き、それを受けた神薙がより一層その煌めきを放った。



確か、こうだったはず。


明崇は数年前、初めて始翼が発現した記憶を頼りに、電流を神薙に集中させた。


「ずいぶん大きい口叩いてくれんなァ」

鳥越が、文字通り天から降ってくる。

皆が、見える。俺を、見守ってくれている。それが言い表すことのできない、大きな安心感となって明崇を包んでいた。

「死ねェ」

腕を突き出してくる鳥越を見据え、こちらからも距離を詰め――


抜刀。


「い……っがァ」

白銀に輝く雷を受けた神薙は、すれ違いざま白熱した一筋のレーザーの様に、鳥越の肩を刈り取った。

真っ赤な、血が、そしてその前に肉が。重力に従って落ちていく。


「クソッ……クソクソクソッ」

そう言ってすれ違いざまに鳥越は逃げ出そうとしているのか、階下へとその身を投げた。

「逃がすか」

今の明崇の雷撃の推進力による、その音速並みのスピードがあれば、鳥越にもはや、ここから逃げることは叶わない。

――哀れだな。


他人の人生を自身の勝手な都合で奪い取り、文字通り喰らったこの男。その所業にふさわしい末路だ。


だからと言って、コイツを殺すのが正しいと、そう言うつもりは無い。しかし。筋と言うものがある。こいつは明らかに超えてはいけないその一線を遥か超え、罪の概念では語れない、義の無い悪に成り下がっている。


だから俺が、殺す。


殺人を肯定するわけではない。しかし多くの人の命を奪ったこと。俺の大事な人を傷つけようとしたこと。それに対して明崇は、しかるべき筋を通さねばならない。

――そのせいで後に、自分がどれほど攻められようとも。


明崇は振り返り、両腕の電撃を、構えた神薙に再び蓄積させ始めた。

――もっと。もっとだ。


さらに威力とその切れ味を高め、痛みが無いままに殺してやろう


それくらいの慈悲は、かけてやる。


肩から伸びた二対の始翼からも、電流を。

四対の電源から放たれる雷撃。それがより強い輝きとして合流する。構えた太刀、その姿を、一筋の鮮烈な光芒として浮かび上がらせていく――



見上げれば四つの輝星、それが明崇を取り囲むように輝いている。それが中心に巨大な恒星を作り出すかのようにその刹那的な光を強めていく。

「綺麗……」

いつも自分自身を卑下する明崇は、今の自身を顧みても、同じ感情を持つのだろうか。

力強く輝く、凛とした美しさを湛える龍人(ドラゴン)

真夜は今の彼を見て、一切の不安も抱かなかった。

そして真夜だけでなく、皆が見つめる中。明崇は空中に身を躍らせ――

その姿が閃光と共に掻き消えた。

階下で白い輝きが破裂したのは、そのすぐ後の事だった。



明崇は始翼で再び一気に加速。重力と相まって、視界がくらむようなスピードが生じた。


そのまま一直線に、明崇は鳥越に勢いよくそれを振り下ろす。


空気が光で膨張し、勢いよく弾ける。


階下は、雷が落ちた時の様な破壊的な輝きに包まれた。


「一思いに、逝、け」


まさに落雷と化した神薙。それによる激しい高圧電流が鳥越を焼切る。


そのまま一撃は下の階を貫通し、明崇は眩い輝きの中、切り裂かれた鳥越の、雷に照らされるその目を見た。その眼には、見覚えがある。


――不気味な、いつか見た、あの目。


「明、羅……」

明崇は自覚しないまま、口に出していた。

お前、なのか、そこにいるのは誰なんだ?なぁ、お前は、一体――


そこで、鳥越が、その問いかけを受けたのか死の際、ぽつりと何か言葉を口にした。


「な、なんッで、母体(マザー)の名を……」

マ、ザー?


何だそれは。


――知っているのか、明羅を。

激しい光が、急な終息を見せ始める。暗く陰っていく鳥越の死に顔に、明崇はもう問いかけても、もはや返事は無いであろう事を悟った。


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