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D.N.A配列:ドラゴン  作者: 吾妻 峻
第四章 天雷鎚・サンダハンマー
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reminiscence6/三位明崇

その次の日。稽古の前に、まず伽耶奈が明崇の元に訪ねてきた。当時彼女は女子高生にして、既に薬学、生命科学の類まれなる才能に目覚めていた。高校生なのに既に、大学で何か研究をしているとだけ聞いていた。その帰りだったのだろう。


「明崇……毎日父と、何をしているんだ?」

――いつも道場には、居ないじゃないか。

この時の伽耶奈は既に真夜とも仲が良かったから、彼女の差し金で、そんな事を聞いたのだと思っていた。

「別に、何でもないよ」

もうすぐ、きっと自由になって見せるから……。

流石に殺しはしない。でも、超える。和正を打倒し超えることで明崇は、きっと自由になれると思っていたのだ。


しかしその日、和正はひどく遅れて道場に現れた。

「今日は、中止だ。早く帰れ」

その顔も、どこか疲れて見えた。しかし――


明崇はもちろん、納得いかなかった。


帰れ、だと……ふざけるな。俺の帰りを待つ奴などいない。

とりあえず一撃――

そうでもすれば本気で相手をしてくれると思っていたが。

「こんな事をしている暇は」

――ない。

今までとは比較にならない、圧倒的な威力の拳が明崇を打ち据えた。

畜生……。こんなの稽古中でも……。


彼はこれまでにないと言うほどの怒りをその表情に湛えていた。しかしその怒りは何故だろう、自分に向けられたものではないのではと感じた。

「お前の弟が、危ない」

彼はそう言った。今度はどこか、悔しそうなそれだった。

「お前の役目だ。早く家に帰れ。明羅を、救ってやれ」

胸騒ぎがした。

――明羅。

なぜかその言葉を疑えなくて。


明崇は刀を和正から奪い取り、自宅へと駆け出した。

この路地を曲がって、大通を抜けて、その公園の横――

なぜかずっと明崇を育ててくれたその家が、今までとは違う妙な空気を放っている。

明崇はゆっくりと、その家。リビングの中へと足を踏み入れた。


「オカエリ」


ぱちりと、広い家のリビングの灯りが点いた。照らされたのは。

赤。白い壁に掠れた赤、水たまりになった赤、乾いてくすんだ赤、赤、赤、赤、赤……


真っ赤。


父と母の服を着た首なしの死体がマネキンの如く、転がっていた。スーツ姿とエプロン姿。それも真っ赤。そしてその二つの頭部を抱えて、佇むものが一人。

そいつは頭に、大きな、頭のサイズに合わないヘルメットのような、金属を被っていた。


そいつがゆっくりと、立ち上がる。


その左手には、血に濡れた刃物。

「お前、は……」

誰だ?明羅?でも、違う、絶対に違う。貴様。誰だ。

そこでそいつのヘルメットから、鋭く右目だけが覗いた。

この、目。俺は、この目を知っている。

「シッ」

振り抜いた、刀。しかしそれは。

――ガキッ

ヘルメットの後ろに隠れていたのか、小柄な男に阻まれた。

そいつの頭からは巨大な巻いた角が生えていて、それに刀を、受け止められたのだ。

そしてその山羊の様な角が、弾けた。

「!?」

明崇は全身に生じた痛みと共に、リビングのガラスを突き抜け――

自宅前の道路、アスファルトに打ち付けられた。だがこんなもの。

――痛いうちに入らない。

目の前にはまだ、その角男とヘルメット男が突っ立っている。

角男が、またあの、弾けるような何かを発した気配があった。それはどうやら、そいつの角の散弾。

なら――

明崇は刀を使い、それを全て切り落とした。敵はそれを見て埒が明かないと悟ったか、こちらに向かって歩き出していた。

――望むところだ。

体勢を戻した、その時。

「あ、あれ。明崇……じゃん。な、なな何してんの」

曲がり角から夕闇の中、彼女が現れた。何か緊張でもしていたのか、その声はらしくもないほどに上ずっている。

――真夜。

張り詰めていた意識が、揺らいだ。

その隙を、敵が逃さないわけがなかった。

バキバキと、枝木が折れるような音とともに、男のその角が肥大していく。

くぐもった音と共に角男が、跳躍する。

爆竹の様な破裂音。散弾の、雨霰。

その後の事は良く覚えていない。


真夜の前に覆いかぶさった事。


背中に突き刺さる、肉体をえぐられる喪失感。


宙に浮いた男の腹を、尻尾で貫く不快な感触。


そしてそれをヘルメットの男が、じっとこちらを、未だあの不気味な目で見つめていた事――


次に目を覚ませば、事は全て集束していた。

明崇は一家皆殺し事件、その唯一の生き残り、ということになっていた。

「俺……」

しかし明崇はその容疑者の可能性もあるとされ、警察病院に半ば収監と言う形になった。そのため一般人では、面会は許されない。まぁ、来るモノ好きもいなかっただろうと思う。

そう考えながら明崇は一日に何度も、真夜と明羅の事を思い返す日々を送っていた。


「明……よろしくな」

明崇はその後すぐ、沖家に迎えられる事になった。沖家は母親のいない父子家庭。伽耶奈は喜んで迎えてくれた。明崇の義父となった和正は殆どと言っていいほど家には帰らず、伽耶奈は明崇の、良き姉であろうとしてくれた。

しかし明崇は、もう普通の人間ではなくなっていた。


あの日以来、警察病院に収監中から、明崇は感情の高ぶりと共に、我を忘れて化け物と化し、暴れまわるようになってしまった。

そのため沖家からはすぐ離され、近くの警察官舎に幽閉された。


時の流れと共に様々な事実が濁流となり押し寄せ、明崇の理性を奪っていくのだ。真夜に会えない事、明羅が消えてしまったこと。そして両親と、最後まで心が通じ合うことが無かった事。あの夜の事ももはや思い出したくは無かったが、何度も頭の中でフラッシュバックした。あのヘルメット男は何だったのか、そして俺はあの角男を、殺してしまったのではないか……そして真夜に自分が化け物であると、バレた――

もう、戻れない。


しかし、諦めきれるわけも無かった。

明崇が知りたいのは真実、求めるのは未だ生きている可能性を秘めた弟・明羅。しかし完全に化け物としてこの身を堕とした今、一般社会に出ることも許されない。


――自らを制御し、力を持って真実に肉薄する。


一か月も経たないうちに、黒い決意が明崇の中で結実していた。

伽耶奈に明崇の体を解き明かし、制御する術を、と教えを乞うた。

和正に今まで以上の力を、と頭を垂れた。

全てはそう、失われた過去、それを解き明かすためにーー


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