reminiscence5/三位明崇
対して三位家では、何か不穏な空気が漂い始めていた。それこそ両親はいっそ清々しいほど変化が無かったが。変わってしまったのは、明羅だった。
彼らしくない発言、行動が目立つようになった。しかもその変化は、とても不自然だった。
夜遅くまで、徒党を組んで外出したり、明崇に意味深な事を告げたりした。
「明崇、もうすぐだよ」
そしてそういう時は大体、目の奥に、怪しげな光がともっていた。
「な、何だよ……」
しかしその眼の光はすぐに消え。
「え、あれ……兄ちゃん今俺なんか言った……?」
全然、嘘を言っている様には見えなかった。
しかしそれ以外はいつもの明羅だった。だからそれほど、その変化を気には留めなかった。
ある日。ちょうど一年前の初夏。明崇は稽古前に、いつも渡される竹刀ではなく、和紙の様なもので包れた細長い包みを手渡された。
「今日からお前はそれだ」
中身は、それはそれは美しく輝く真剣だった。
しかしお前はそれ、とはどういう意味だ。
「俺を、殺してみろ。殺すことができたなら」
――お前は自由になれるぞ。
カッ、と。全身が熱くなるのを感じた。自由。自由になれる。1秒も経たないうちに、明崇は和正に跳びかかっていた。
一太刀目が軽くいなされる。突き出してくる拳にタイミングを合わせて刀を宙に投げた。
和正の四肢。そのどれが先に動くか、それを意識した。そこから最前の一手を繰り出し、明崇は徐々に、和正を追い詰めていく。
今思えばそれは初めて芽生えた、純粋かつ、本能的な殺意だった。
――来、た。
逆手で受け止めた刃が、夕闇に踊る。
「……」
袈裟に切った一撃が、和正の体にばさりと細い線を作る。それが太く、赤く滲んでいく。
――本物の日本刀だ
すると和正は過剰なくらい距離を取る。
この時なぜか、自然に。明崇は自身の鬼人としての大きな武器を、その殺意から、初めて発生させた。
尾だ。
明崇の腰の下から伸びた長い尾が、何度も、何度も廃校の体育館の底を抉る。和正はそれに対して一定の距離を取り、正に際限なく躱し続けた。
――倒す。倒して、自由になってやる。
自分の体から伸びた尾に、そこまで驚かなかった。それよりも。
脳裏には真夜と、明羅の顔が浮かんでいた。
とめどなく振り続ける雨のように和正を狙う尾の激槍。明崇はその動きを突然止めた。尾の槍を勢いよく穿ち、それを利用して跳躍。大きく肉薄する。
もらったッ。
真夜、明羅、もうすぐ――
しかし明崇は見た。接近した時、先ほどまで刀も何も持っていないはずの和正の腕に、
蒼く光る、何かが蠢いているのを。
そして、胸に作ったはずの傷が、既にない。
蒼い金属塊、それが一瞬にして伸展し、大振りの鋭利な剣となって、明崇の肉体を貫いた。
俺、死――。
痛みと衝撃が同時に突き抜けた。体が弛緩するのが分かる。終わりだ。しかし和正は明崇を追い詰めておいて、それ以上何もしては来なかった。
「今日は、ここまでだ」
その日は、自由になることは叶わなかった。
「起きろ」
「ん……、ぅ」
そしてそれは真っ赤な惨劇の、その前日の事だった。