表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
D.N.A配列:ドラゴン  作者: 吾妻 峻
第四章 天雷鎚・サンダハンマー
102/287

reminiscence4/三位明崇

明崇は普段の稽古から外され、深夜まで道場近くの、廃校になった体育館に連れ込まれた。


その、叫んでも誰も助けてくれないであろう環境で、彼の言う『稽古』は行われた。


与えられるのは竹刀一本。後はステゴロ。つまり素手だ。


「行くぞ」


稽古とはいっても、内容は一言にするなら、それこそ。


ただのリンチだった。


和正の拳も蹴りも、どう見ても正統なスポーツから派生したそれではない。それこそヤクザが喧嘩するときの、感情に任せた理不尽な暴力。そう映った。


そして彼はよく、こうも言っていた。


「殺しに来い」


明崇は毎回、我武者羅に向かっていった。そして毎日、体が感覚を忘れるほどの痛覚を超えた痛みを味わった。


しかしその傷跡も、以前では考えられないスピードで治癒していく。どうやらそれも、明崇が化け物として目覚めた証拠だと、和正は言った。


――このままじゃ、俺は死ぬ。


多分肉体が生命維持を保てない事、そういう意味合いの死の前に、精神的な死が訪れるだろう。しかし誰に助けを求めることもできない。この体を人に一体どう説明しよう。だったらいっその事、自分が自分である内に死んだら楽になれるだろうか。


そう稽古中に泣きながら零すと。


「貴様、簡単に死ねると思うな」

すぐに、鋭い痛みを与えられた。


「お前は、大きな罪を犯した」

――人の世に、生まれ落ちたことだ。


「それだけでなくお前は周囲と関わり、さらに、人を傷つけた」

――湯田を、思い出してみろ。


「お前は人ではない。害獣だ。死ねば許されるなどと、甘ったれたことを思うな」

――お前がいつ死ぬかは、俺が決める。


もはや和正の言う事が正しいとか、間違っているとか、正常な判断ができる思考はもう明崇には残されていなかった。


しかしその痛みだけの日々の中で、小さな希望すら音を立てて崩れていく一方で、砂利の中に埋もれそうな、砂金の様にわずかな、素朴な願いが明崇の中に残った。


――生きたい。


自分はこんなに醜い化け物だけど、生きたい。生きても痛みばかりだけど、それでも生きたい。


きっとそう思えるようになったのは、真夜と明羅。きっとあの二人のおかげだった。


彼らがかけてくれた言葉が無ければ、明崇は早々に、自らの命を絶っていたと思う。




しかし真夜とはあの一件以来、会話をすることすらなくなった。明崇が意図的に彼女を避けていたというのもあるのだろうが、それ以前に明崇の暴行沙汰、その噂は学校中に広まり、真夜が近づき辛くなったというのが大きいのだろう。教室にはそれほどに強い排他意識が働いていた。しかし自分でも気持ち悪いと思ったが明崇は、たまに教室や廊下で彼女を見るだけで、どこか満たされた気分になった。


それで、十分だった。



明羅は、自宅、学校どちらでも、何があったのかと兄に問いただした。しつこいくらいに、相談してと、切実な表情で訴えかけられた。


「何かあったんだよね……。相談してくれ兄ちゃん」


明崇は何も言わなかった。やはり真夜と同じく、そう言ってもらえるだけで、自分に目を向けてくれるだけで、嬉しかったのだ。


それから、一年も経てば、和正との稽古さえももはや日常化していた。

「脇、しめろ」

「ぐぁッ」


明崇は毎日の日々をただ生きる、そのためだけに時間を消費する日々を送っていた。和正に体は何度壊されようと、心を壊されないために、自力で格闘術を習得した。


本やネットで様々な競技の動きを取り入れ、独自のスタイルを身に付け実践する日々。


そして今の明崇の得意とする、動体視力を存分に生かした予測不可の剣技も、この時身に付けた物だ。


全てはそう、生きるために。



この頃はもう一日に一度程度には、和正に一太刀入れることもできるようになっていた。

――夜討ち朝駆け上等。いつか寝首、掻いてやる。



学校でも相変わらずだった。


同級生との関わりはほぼないに等しかった。明崇=危険人物と言う認識が根強く残っていたためだと思う。


しかしこの時一度だけ、何か月ぶりだろうか、真夜と会話をした覚えがある。


「久しぶり」

完全に嵌められた、そう思った。前日係決めを休んだせいで彼女と同じ係に、真夜の意図的に振り分けられていたのだ。


「……何」

彼女は上着のポケットに腕を突っ込んで、冷ややかな目で明崇を見据えていた。


「何って。別に何でも無いけど。私は明崇に、文句を言いたいだけ」


文句。そうか、真夜まで俺にそう言う事を言うのか。


明崇は珍しく、少しいじけていたのかもしれない。



「帰る」

俺は目を背け、教室のドアに指をかけた。しかしその指が、何かに触れている。


驚いていると真夜が、明崇とドアの間に、立ち塞がる様にするりと滑り込んだ。


彼女の両手が、明崇の肩に触れる。それが明崇の首を回り、包み込むようになった。


そのまま、彼女の顔が接近し、直前で――止まる。


そのまま明崇が何もしないでいると。



「……馬鹿」


そう言って、なぜか笑顔。


「何、え、どうした」


結局彼女はそれ以上何もせず、悲しげな、でもどこか満足した表情で手を離すと、足早に去った。


この時の彼女の行動は何が何だか、本当に分からなかった。


春先にしてはやけに晴れた、夏の様な陽気が漂う日の事だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ