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D.N.A配列:ドラゴン  作者: 吾妻 峻
第四章 天雷鎚・サンダハンマー
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reminiscence3/三位明崇

「明崇。最近楽しそうね」

真夜との関係も良好だった。彼女も明崇を認めてくれる数少ない存在、その一人になっていた。あの本を紹介して以来、彼女は明崇に、様々な本を紹介してほしいとねだってくるようになった。

「これ……面白かった。でも最後が何かもやっとしちゃった」

――明崇は最後のシーン、どう思う?


明崇はその本に対する見解を素直に話した。それを聞くと彼女は目を丸くして、「驚いた」と言った。

「それは思いつかなかったなぁ」

そう言って彼女は、明崇が今まで受けたことない視線を向ける。


この頃から、真夜は世話焼きなところがあった。彼女は、明崇が自分を卑下する発言をすると、その度にきつく叱ってくれた。

「あのさ……そういうのなんか嫌」

明崇は、明崇だよ。そういって押し付けられた期待もレッテルも、意味ないことだと叱咤し、励ましてくれた。

「私は少なくとも、明崇の凄さを認めてる。私とこんなに話が続くの、ホント明崇ぐらいなんだから」

自分がちゃんと受け答えできるかどうかは分からなかったが、それも当然だ。彼女は小学生の割に、話し口調がしっかりしすぎていた。


「明崇、また明日」

もうこの頃にはどうしようもなく、彼女の事を異性として意識するようになっていた。

しょうがない。彼女は周りの子に比べて明らかに可愛かったし、しかしそれよりも明崇の、味方でいてくれる数少ない存在だったから。

――でも、思いを告げるなんて、とんでもない。

そう思い、子供ながらに明崇は、彼女を今まで以上に避けるようになった。確か小学四年の冬だったと思う。


そしてこの頃ついに俺は、自分に宿った破滅的な、その運命を自覚する。

事の始まりは、その冬。実力のある門下生でトーナメントを組み、道場で行われた練習試合をきっかけに起こった。

剣道場で、明崇よりも二学年上の門下生、湯田(ゆだ)が、練習試合の最中、相手の真夜を思い切り突き飛ばしたのだ。真夜の剣道の強さは明崇の年代でもずば抜けていた。そんな真夜はその年上の男子から、なんと開始早々面打ちで一本を取ったのだ。それに逆上した行動であるのは明らか。反則行為以前に人としてどうかと言う話だ。

真夜の、その年の女子にしては身長の高い、しかし大柄の上級生と比べてはあまりに小さすぎる、その体が萎れた花の様にくずおれた。

それを見て俺は珍しく、強い怒り、憤怒の感情が自身の中に湧きあがるのを意識した。

――この野郎。

明崇は衝動的に、防具もしないまま。その上級生に掴みかかり、気が付けば殴りつけてしまっていた。

「お前何してるッ」

その場にいた全員が絶句した。しかし驚いたのは恐らく、明崇がとった行動もそうだが。


その上級生が付けていた面が、明崇の拳を受け、あっさり粉々に散った事に、絶句したのだろうと思う。


小学生から見たら十分大柄な巨体が吹き飛ぶのと同時に、少量の赤が飛んだのを見た。


そしてすぐに頭に強い衝撃が走って、明崇は意識を失った。



その日。

明崇の両親と、その上級生の両親が来て。夜遅くまで明崇は、道場に残された。

何を言われたかは覚えてない。ただ両親すらも、自分を人前で責めていたこと。そして自分がそれだけ責められる立場にある、卑しい存在であることも自覚していた。

だが、相手方の両親は非常に温厚だった。

「うちの子にも非はありましたでしょ?気にしなさんな」

「本当に……、ごめんなさい」

――ごめんなさい。

明崇は素直に謝罪した。衝動的な暴力ほど、汚いものは無い。それを知っていながら、ああいった行動に出てしまった事に、後悔よりも、自分自身への失望があった。


その後も、明崇は沖和正と二人きりで、その道場に居残るよう言われた。

両親は明崇の事などどうとも思ってはいない。世間体を気にして一度連れ帰る素振りを見せたが、和正に言い包められ、すぐに帰って行った。


薄暗い道場、二人きり。


「お前、あのままだとどうなっていたか、分かるか」

ゆっくりと和正が、その口を開いた。

どうなっていたか……?

警察沙汰とか、少年院行きだとか、そう言う事ですか、と返そうとしたが。

「……分からないです」

余計なことは言えないと思い、僕はそう答えた。すると彼は。

――分からせてやる。

そう言い終わるや否や突然、サッカーボールを蹴る様に、明崇の懐にその足を見舞った。

息が――。

「うごっ……げほっ、げぇ」

内臓がうねり、たまらず吐いた。しかし胃の中は空で、いくらはいても胃酸しか出てこない。そのせいか喉にも、焼かれるような痛覚があった。

道場の冷たい床が、むしろその時は火照った体に、心地よく感じた。

「立て」

また蹴り。今度は拳、かと思えば次に振り下ろされたのは木刀。明崇は、一切の抵抗もできなかった。

「うぁ……んぐ」

そしてある程度明崇を私刑(リンチ)した後、和正は明崇の髪を引っ掴み、道場の入り口付近、大きな姿見まで引きずっていく。

もうこれくらいの事は、痛いとすら感じない。

「見ろ」

そしてそのまま膝立ちできる程度まで、その髪の毛を引っ張られた。

今自身に起こっているこれは、何と言う理不尽だろう。この時までは流石の明崇もそう思った。


しかし鏡に映った自分の姿を見て、何も言えなくなってしまった。

――これは、一体……


誰。


そこに移ってこちらを見返しているその顔は、爬虫類の様な、醜い鱗に覆われていた。

どう贔屓目に見ても、これは――


「見ろよ。なぁ、お前人間じゃないだろう?あのままだとお前湯田を」

――殺してたかもな。


明崇はこの時人生で初めて、心から泣いた。声は出なかった。鏡の中の醜悪なそいつもちゃんと涙を流していて、それでまた余計に、涙が出てきた。


沖和正曰く、俺は突然人の間に生まれた欠陥品。人ならざる、化け物らしい。だから感情が高まると顔に鱗が出て、しまいにはそれに覆われ、完全に人ではなくなるという。そして化け物である明崇を抑え込むため――


「これからは俺が毎日、相手をしてやる」

とのことだった。

そしてこの日から、今までとは比較にならない、地獄の日々が幕を開けた。


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