reminiscence2/三位明崇
同じ小学校、道場に通っていた真夜は、その頃から既に、周囲とは違う特別な美しさと、強さを備えていた。そして明崇の様な弱者に対して、今までの誰とも違う対応をしてくれた。
対等に、扱ってくれたのだ。
それ以来明崇は真夜を周囲の人間とは一線を画する存在として、認識し始めた。
そしてなぜか真夜も、そんな明崇を一体何と認識したのだろう、積極的に声をかけてくるようになった。
「ね、一緒に帰ろ」
「……やだね」
なんと彼女とはその時から、同じクラスだった。それを知った時初めて、その日のクラス委員で二人は行動を共にした。
「一人で帰るの退屈なの。いいでしょ?」
幼いころから真夜はあの、有無を言わせない笑顔を持っていた。
諦めて二人で歩きだすと明崇はすぐに、ランドセルから読みかけの本を取り出した。真夜と共に歩くと自分がふがいなく思えて、彼女を避けたくなったのだ。
「何それ。みして」
「おい」
それを真夜が、すぐに横から取り上げた。
「あれ、この本……」
明崇の好きなホラー小説だった。怖いのは苦手なのにその本だけは、丁寧な作風と真に迫った描写が好きで、今となっても何度も読み返している。
ちょっと小学生にしては、ませた本だったと思う。
「明崇、こんな難しそうなの読むの?」
どきりとした。『明崇』と、下の名前で呼ばれるのが久しぶりだったのだ。家でもこの頃はまともな会話が無かったので、自分の名前だと気づくのも遅れた。
「悪いかよ」
「んーん……。明崇って、頭いいんだね」
そんなことを言われたのは、初めてだった。
「ね、これ貸してよ。ちょっと読んでみたいかも」
そう言って彼女はとても魅力的な、屈託のない笑顔で笑った。
それからも、彼女との交流は続いた。彼女は明崇とは違いクラスの人気者だったので、その頻度はどんどん少なくなっていったが、剣道場で会えば、さよならは言い合うくらいの仲になっていた。彼女は手先が器用だったので、竹刀袋を何度も手直ししてもらった。しかし一度、ウサギをワッペンを取り付けられたときは流石に文句を言いたくなったが。
「いーじゃんいーじゃん。可愛いよ」
そう言って、今度はカラカラと声を上げて、とてもうれしそうに彼女は笑った。
道場の師範、沖和正の娘、伽耶奈と知り合ったのもこの頃。暇さえあれば、三人で遊ぶようになった。
そして丁度小学三年に上がった時だったろうか。また一つ、大きな出来事があった。
弟が、できたのだ。
弟といっても、明崇の両親の実子ではない。母の妹の子。つまり明崇から見ていとこにあたる。その弟の名前は、明羅と言った。
明羅は唐突な事故で両親を亡くし、養子と言う形で三位家に引き取られた。しかし彼は両親を失っていながらも、実に落ち着いた子供だった。
「初めまして、よろしく」
――兄ちゃん、で良いよね?
彼は明崇と違い、それこそ女の子に見間違えてもおかしくないくらいの、目に見えて華やかな美青年だった。そして非常に頭が良く、明崇よりも気が利く大人びた子だった。初めは家で顔を合わせるのも嫌でたまらなかった。
明崇は、自分の領域が侵されるような、そんな錯覚を覚えていたのだ。
――俺の居場所が、なくなっていく……。
明崇は両親と完全に会話しなくなった。そうなるまでに丁度彼が三位家に養子に来て、半年もたっていなかったと思う。
しかしある夜。塾の宿題を終わらせてリビングに行くと、なんとすすり泣きのような、かすれた声が聞こえた。
明羅が、泣いている。
両親は彼に寄り添い、慰めていた。
明崇には一度も、そんな事をしてはくれなかったのに。
しかしそれ以上に明崇が驚いたのは、普段はあんなに明るい明羅が、あんなに泣き崩れていたことだ。家族を失いながらも完璧に何でもこなす弟は、自分以上に孤独でありながら強いのだと、認めざるを得なかった。
――明羅を、心底すごいと思った。
小学四年にもなると、明崇は明羅と、驚くほど良好な兄弟関係を築けるようになっていた。彼は仮初の兄にも気を使い、優しく接して見せた。なんと両親に、意見してくれたこともあった。
――兄ちゃんは悪くないよ。なんで兄ちゃんを虐めるの?
この世のどこに、弟に庇ってもらう情けない兄がいるだろうか。そう思ったが。
その日、明崇は不覚にも泣いてしまった。自分が泣いた、まず驚いたのはそこだったが。明羅の事を血のつながった両親よりも、家族として強く認識した。彼はそのルックスと優秀さから周囲から比較され、両親こそ明崇よりも明羅を嬉々として自慢の息子と主張したが、明崇はもう、そんなことを気にしなくなっていった。