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第九話 ゴーイング・バスルーム

 二人は、両側に扉が連なる細い廊下を歩いた。

 廊下の壁は、うす水色でさわやかな印象を紗枝に与えた。

 そして紗枝は、廊下の突き当たりに通された。

 そこには体重計があった。

 横美祢先生が尋ねた。

「お手洗いは行かれますか?」

「あ、はい。行きまーす」

 紗枝はぴくんと耳を動かして、返事した。

 実は、紗枝はこのエステのトイレに入るのが初めてだった。

 トイレの扉は、更衣室の向かいの壁にあった。

「じゃあ、ちょっとすいません」

「どうぞどうぞ、ごゆっくり」

 横美祢先生はにっこり笑って体重計の前で待った。


―んっ?

 トイレの扉の前で、まず紗枝は、ドアノブが普通ではないのに気がついた。

 トイレのドアノブなのに、まるで客間につながるような豪奢ごうしゃなノブなのだ。

―なんか、トイレに行く感じじゃないなあ。

 紗枝はドキドキしながらトイレに入った。

 トイレは、小さな部屋くらいの広さだった。

 トイレの中にも洗面台があり、そこもやはり更衣室並にゴージャスだった。

 更衣室の洗面台と同じく、ここのも金の蛇口で、脇にはアロマ石鹸がおいてあった。

「ひゃー、どこもかしこも、やっぱり豪華」

 紗枝はささやいて、それから便器を観察してみた。

 曇りひとつない洋式便所。

 フローラルな香りが広がっている。

 紗枝は、ロールペーパーの取り付け口を見てみた。

 ペーパーが差してある芯棒は、プラスチックではなく、なんと銀だ。ペーパーの上にとりつけられた笠は、花と小鳥の浮き彫り模様がほどこされ、こちらもやはり銀製。

「すご〜い……」

 紗枝は感動しながら、ようやく当初の目的のために、便器の蓋を開けた。

 すると、何と金箔が漂っている!

「うわ! 輝いてる!」

 紗枝は思わず便器に顔を近づけ、それを凝視した。

「ありえない、ありえないわ」

 そういいながら、紗枝はちゃっかり便座に座った。

 こんなトイレで用を足す者は、どこかの国のVIPしかありえないと思っていたのに、そのトイレを今自分が使っている。

 紗枝はもう、自分が何者なのか、分からなくなってきそうだった。


「ああすごかった」

 トイレから出てくると、横美祢先生が十分間も待ちぼうけをくらって、体重計の前で待っていた。

 紗枝は顔を青くして、ダッシュで体重計の前へ走った。

「す、すみません」

「ああ、紗枝さん。大丈夫ですよ、用は済みました?」

 紗枝は顔を真っ赤にした。

 別の意味に解釈されたおかげで許されたのが、逆に恥ずかしかった。

「では、体重をはかってみましょうね」

 横美祢先生がいって、紗枝を体重計の前にすすめた。

「は、はい」 

 紗枝は気を取り直して、背筋を伸ばした。

 体重は、紗枝が一番気にするところである。

 ここのエステでは、施術前と施術後の二回、体重をはかる。

 同時に体脂肪もはかるので、汗で体重が落ちたのか、それとも脂肪が落ちたのか、そこで判断するのである。

「はーい、ではどうぞ」

 横美祢先生がボタンを押した。

 紗枝は体重計の前に立った。

 そこではっとした。

 体重計の前にも全身鏡がある。

 自分の、ぽっちゃりした脚を見つめ、紗枝は一抹の焦りと共に、決心をあらたにした。


―ここから変わるんだぞ。

 ファイト、あたし。

  

 そして紗枝は、右足を体重計に乗せた。

「あ」

 タオル分の四百グラムはちゃんと引いてくれてある。その細かな気遣いに、紗枝は感心した。

 ちちち、と体重計が音を鳴らした。

 紗枝の体重と体脂肪が、数値として現れた。

「う」

 紗枝は声を詰まらせた。

 この前、自分で家ではかったよりも太っている。紗枝は顔を青くした。

 横美祢先生が、カルテにそれを記する。

「う〜ん、ちょっと体重の割りに、体脂肪が多いかな」

 先生はいった。

「ああ、そうなんですか」

 紗枝はひやりとした。

「大丈夫ですよ、こちらに来る皆さんは、そこからきちんと痩せていくんですから」

 カルテを閉じ、横美祢先生は微笑んだ。

 紗枝はそれを聞いて、ほっと息をはいた。

「はい、じゃあ、こちらのお部屋にどうぞ」

 横美祢先生が、突き当たりの右手の扉に手招いた。

「はい」

 紗枝はツバを飲んで返事をした。


―さあ、始まる。あたしのエステコース。

 お金は絶対無駄にはしない。

 ここであたしは綺麗になるんだ。

 

 ゆっくりと扉が開かれる。紗枝は背筋を伸ばして、その先へと進んでいった。





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