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第三話 決めたからには踏み出そう

 JR京都駅の中央入口前。

 そこの両側には、右は京都劇場、左は高島屋につながる長いエスカレーターがある。

 その真下から外をみれば、冬の澄んだ青空の下、京都タワーがそびえたっている。

 紗枝は寒さで震えながら、栄次が来るのを待っていた。

 しかし、京都タワーの塔頂を見つめるのも、もって五分。紗枝の耐寒数値は限界リミットに近づいていた。

 約束時間が過ぎたのに、栄次が現われない。

「さ〜む〜い〜」

 紗枝はダッフルコートの首元をぎゅっと締めた。

 一月の終わりは、冬でも一番寒い時期だ。

 この寒さは骨に沁みる。これこそ盆地地帯の風物詩。極寒の京都の土曜の朝だ。

「おそい! なんで来ないのよ」紗枝は非難めいてあたりを見渡した。

 すると、右手の京都劇場の方から声がした。

「ごめん、遅れた」

 バイクを押しながら栄次が近づいてきた。

「栄次」

 紗枝は怒りと同時に、驚いた。

 紗枝は栄次がバイクに乗る事を、この日初めて知った。

「ちょっと待っててな。これ、駐車してくるから」

 そういうと栄次はバイクを押して、駐車場の中に消えていった。

 へー。栄次、バイクに乗るんだ。紗枝は思った。

 イタリアの映画に出てきそうな、脚こぎバイク。

 今日の栄次は、黒の皮パンツに、茶色の皮ジャケット。

 バイカーサングラス。それに似合うヘルメット。

「ふうん」

 紗枝は感心したふうにうなずいた。大学とはずいぶん服装が違うじゃない。

 なあんだ、本ばかり読んでる、嫌味な「もやしっ子」じゃあなかったのね。

「お待たせ」

 栄次がようやく紗枝のところにやってきた。

「寒かった」

 紗枝はぶうたれていった。

「ごめんって」

 栄次は笑って、缶コーヒーを紗枝に渡した。

「わ、買ってきてくれてたんだ。ありがとう」

「ま、飲みながら行くか」栄次はいって、歩き出した。

「ねえ。それより、どこにいくの?」

 紗枝はきいた。

「ダイエットの聖地へ」

「はあ?」

「いいからついてこいよ。俺の紹介だから、安心しなさい」

 栄次はそれだけいうと、すたすたと先へ進んだ。

 紗枝は、怪訝な顔をして、栄次の後へとついていった。

 

 *


 栄次は駅前のショッピングモールを抜けて、繁華街に進んでいった。

 そこを通り過ぎ、公園や寺院の連なる大通りの歩道をすたすたと歩いた。

 二〇分、二人はそのまま真っ直ぐ歩き続けた。

 そして、栄次はまだまだ先へと進んだ。

 大通りから小道に入り、入り組んだ京の町並みをずんずん歩いた。

 途中、栄次は大学の授業や試験について、紗枝に話しかけた。別にここで話さなくてもいい会話だった。

 彼は今から行く所については、何も話してくれなかった。

「ねえ、栄次。それよりどこに行くの?」紗枝は何度か聞いた。

「まあまあ」

 といって、栄次はなおも勝手に先に進んでいく。

 紗枝は段々、だまされているような気がしてきた。

 紗枝は栄次の背中を見つめて、思った。


―栄次って、いつもあたしをおちょくるのが好きな奴だ。

 今回だって、呼び出しておいて、どこに行くのかも教えてくれない。

 もしかして……歩きまわったあげく、「これが運動」とか言ったりして?

 あたしって、栄次のおもちゃ?

 

 紗枝は失恋で、少々、被害妄想気味だった。


―みんな、また、あたしを馬鹿にするのかな?

 今朝の夢といい、なんなのよ、みんな。

 ……なんだか惨めになってきたよ。


 紗枝はじっと、栄次の背中を見つめたまま、涙ぐみはじめた。

 そのとき、栄次がくるりと後ろをふり向いた。

 紗枝はどきりとした。

「なに?」栄次が尋ねた。

「いえ……」紗枝はいった。

「いぶかしんでるな?」

 栄次はにやっと笑っていった。

 それを見て、紗枝はぴくりと眉を痙攣させた。

 紗枝は立ち止まった。そして、下を向いて、黙り込んだ。

 栄次は面白がって、背中を曲げて、覗き込むように紗枝の顔を見ようとした。

 すると紗枝はすっと顔をあげ、栄次を正面から見つめた。

「!」栄次はどきりとした。

「…………」

 紗枝は栄次を見つめながら、思い直した。


―確かに、いつもならくってかかるところだけど、

「一生懸命努力して、綺麗になる」と宣言したのはあたしで、栄次はそれを手伝うといってくれているんだ。

 

 信じなくちゃ。


「―ううん。別に。頼りにしてるよ」

 紗枝はいって、自ら先へとずんずん進んだ。

「栄次。ほら行こう!」

「……おう」

 栄次は白い息を吐いて、紗枝の後ろ姿を追いかけた。


 *


 それから更に歩くこと十五分。風が出てきて、二人は身を縮こまらせた。

「うう、寒い」紗枝はいった。

 雨が降ったら、確実に雪になる気温だった。

「もうちょっとだよ。あ、ここだ」

 栄次が紗枝を呼んだ。彼は、ひとつのビルを指差した。

「何? 第五ナガタビル?」

 紗枝はその十階建てのビルを見上げた。

 そのビルは真新しく、大通りから少し裏手に入ったところに建っていた。

 百貨店や繁華街が近い割に、人気は少ない。

「ここの八階な」

 栄次はにっこりと微笑んだ。

 


 二人はビルの正面玄関を抜け、緑色の廊下を進んだ。

 突き当たって右手にあるエレベーターの前に着いた。栄次が上行きのボタンを押した。

 エレベーターが来るまで、栄次はゆうゆうと鼻歌を歌っていた。

 紗枝には、これは意外な展開だった。

 

―ちょっと待って、お洒落なショップがあるようなビルでもないし。むしろ企業用のビルじゃないの?

 栄次はあたしをどこに連れて行くの?

 

 そうこう思っているうちに、エレベーターが下りてきて、扉が開いた。

「ほら。乗って乗って」

 栄次は紗枝をボックスの中に押し込んだ。

 栄次は八階のボタンを押した。やはりご機嫌な表情だ。

「栄次……そこに何があるのよ?」

 たまりかねて聞いたそのとき、紗枝はぎょっとした。

 栄次が隣にいないのだ。

「ち、ちょっと待てー!」

 紗枝はあわてて、閉じかけたエレベーターの扉を、両腕で強引に押しとどめた。

「おいおい!」

 エレベーターから降りていた栄次は、扉をこじ開ける紗枝をびっくりして見た。

 ぎぎぎと扉を押し広げ、紗枝が、怯えと怒りを入り混ぜていった。

「ちょっと? 栄次は来ないの?」

「ここから先は、男人禁制なのです」

 ちーんと栄次は合掌し、仏のような顔立ちで、紗枝を見てふふっと笑う。

 紗枝は呆れてぽかんとした後、栄次をにらんだ。

「何よそれ」

「行き先は姉の職場」

「ええ!」

「大丈夫。姉貴に話はつけてあるし。

 嫌だと思ったら、すぐに断って帰ってくればいいさ」

「ちょっとう、何それ、余計に怖い」

 紗枝は涙声になった。

「達者でな〜」

 ひらひらと手をふる栄次の姿は、もろくも扉に遮断された。

 紗枝を乗せて、エレベーターは上へとあがり始めた。

  

 *


《ポーン。八階です》

 調子の外れた、明るい電子音。

「うう〜」

 エレベーターの壁に手を着け、紗枝はうなだれた。

 しかし、着いた以上、先へ進まなくては、話が弾まない。

 

「―仕方ない」

 紗枝は覚悟を決めて、八階フロアに降り立った。




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