第十八話 恋は筋トレ
一月末。
テストもレポート提出も終わり、学生たちは大きく背伸びをして、二ヶ月間の暇をもてあそぶ春休みへと突入する。
「はい、確かにレポート受理しました」
事務の窓口で、職員が提出用紙に判子を押す。
「ありがとうございます」
栄次は嬉しそうに、いった。
締切日ぎりぎりのレポートを提出だった。
栄次はやっと、ほっと一息ついて携帯のメールをチェックした。
「あ」
紗枝から「今年度お疲れ」メールが入っていた。
《テストお疲れさーん☆ レポートちゃんと出したか〜》
ぷっと笑い、栄次は返信メールをうった。
《おおサンキュー、そっちもお疲れさん。てか、学校あんま来てなかっただろ》
《うん、テスト以外ほとんど行ってなかったな〜。栄次は今学校?☆》
《おう、今帰るとこ。紗枝、学校いるの?》
《ううん、違うよ〜☆》
「…………」
聞かずにメールを切るのも一興かと思ったが、栄次は紗枝のうながしに応えてあげた。
―ま、どうせエステだろ、また。
はまってますなぁ。
栄次は微笑んでメールを打った。
《へ〜、てか、どこにいんの?》
《スポーツジム♪》
なんですと。
返信メールには書かなかったが、書きたかった。
*
「あ、え〜いじ」
一日体験分の料金を払い、ジャージに着替えた栄次は、マシーンジムに囲まれて汗を拭いている紗枝の姿に見つけ、眉を寄せた。
「え〜と、君は一体、何になりたいのかな」
レッグプレスを押す紗枝の隣に立って、栄次は娘をさとすように、彼女に尋ねた。
「綺麗になりたいのよ」
紗枝はいった。
栄次は半分呆れて、呆れながらも紗枝に感心した。
「いつからジムに通い始めたの?」
「う〜んと、十日前かな」
ぐぐっとマシーンを押しながら、紗枝は栄次を一瞥した。
「店長にも聞いたらね、軽い負荷での筋トレとか有酸素運動なら、全然やっていいって。
ただ、あんまり重い負荷で筋トレすると、また筋肉がこわばっちゃうかもしれないから、それは控えるってコトでね」
「すごいなあ、エステにスポーツジム。それって理想の痩せ方かもなぁ」
「え、ほんと。いやん嬉しい」
おほほと紗枝は笑ってみせた。
紗枝のほころぶ顔を見て、栄次は微笑んだ。そして、もう一度紗枝にいった。
「そんなに、あいつが、好きなの?」
「それ、店長にも聞かれた」
唇をとがらして紗枝はいった。
「ぷっ、マジで。てか、そりゃ聞きたくなるよ」
「あたしがいつになくダイエットに頑張るから?」
「ま、ね」
栄次は、胸の奥の複雑な心境は隠したまま、紗枝の言葉の続きを待った。
「人ってのは、ある日をきっかけに変われるもんなのよ。
あたしは大崎君がきっかけで変わろうと思えたの」
「ほう」
「それにねぇ」
そこまで言って、不意にマシーンを離して、紗枝は次のマシーンに移動した。
「? 何だよ?」
栄次も紗枝を追って、隣のマシーンに座った。素人並に、プルアップを扱ってみた。
「言われたのよ」
「?」
「告白したとき……つまり振られ文句よ」
「……何を言われたの?」
栄次は聞いた。
「『妥協はしないと決めてるから』って」
がっこん。
人の力が離れたことで、プルアップは大きく揺れて、フロア全体に金属音を響かせた。
それだけ言って、紗枝はさっさと更衣室に入っていってしまった。
栄次はそこに取り残された。
マシーンのサドルに座ったまま、つぶやいた。
「キッツー……」
慰めの言葉は思いつかなかった。