第十六話 あなただけの beautiful(ビューティフル)
―もっといい人……
「あたしは……あたしをフッた彼を、もう好きじゃないんでしょうか?」
紗枝はいった。
その質問に、二人は黙った。
横美祢先生は、ちょっと首を傾げて、困ったような顔で、ふっと微笑んだ。
紗枝は急に胸が、きゅうとなった。
店長の方を見ると、店長も微笑んでいた。少し、憂いに満ちた目だった。
紗枝は、そのとき、なぜだかとても、寂しくなった。
紗枝はどうして自分が今、こんなに寂しいのか分からなかった。
―待って。あたしは、大崎君を見返すために、エステを始めた……んだよね?
紗枝は瞬きをくりかえし、どこに目をやればいいのか分からず、じっと目の前の紅茶に視線を落とした。
ハーブティーに映った、自分の顔をじっと見つめた。
―ねえ、あたしは一体周りからはどう見られてるの?
「自分を磨けば……周りを見る目も、養われていくのでしょうか?」
紗枝はぽつりと尋ねた。
そして顔を上げて、二人に問い詰めるような表情で尋ねた。
「その、つまり、今までの恋愛とは違った恋愛が、できるようになるんでしょうか?」
「それはその人の、これからの意識の問題ですよねぇ」
横美祢先生はいった。「どれだけ綺麗な人でも、たまにすごく子供な人っていますからね」
「外見を磨いているだけじゃ、ダメってことですね」
紗枝はいった。
「そうですね。
やっぱり、人間として成長するのは、外も内も磨こうとする意識と努力にかかっていると思いますよ」
横美祢先生はうなずいた。
紗枝もなるほどと、うなずいた。
―そうだよね。磨き方も大事なんだ。あたしも皆に「内面も外見も綺麗だね」って言われる人になろう。
そう、まさにアンジェリーナ=ジョリーのようなボディに、サンドラ=ブロックのような性格を!
いつもの癖がでて、紗枝は妄想を膨らませて、にやりと笑った。
それを見透かすように、店長が微笑んで、紗枝の右肩をたたいた。
「紗枝さん、この前、私は『見た目は大事だ』って言いましたよね」
店長が尋ねた。
「はい、覚えてます」
紗枝はいった。
「そこでね、ちょっと誤解して欲しくないことは、見た目も大事だけど、世にもてはやされる、いわゆる『美人』を目指すことが、大事というわけではないんですよ」
「どういうことですか?」
紗枝は戸惑いを隠せなかった。
「人それぞれ、味のある外見を持っていますよね。
それを自分なりに磨いている人を見ると、『ああ、いい外見を保ってるなぁ』と思うんですよ。
かっこいいなぁと思います。本人の心構えが、外見ににじみ出てきているからですね。
だから私は外見にも気を使います。私なりに、ある程度潔く、着飾らない服を好んだり、私に似合うメイクがいいなぁとか思ったりしますもの。外見を整えると、精神も整ってくるんですよね」
そこまで言われて、紗枝は気付いた。
「つまり、自分なりの綺麗さを見つけるって事ですか?」
「そう。見た目を大事に、個性を大事に」
店長はにっこり微笑んだ。
「そうしたら、自然に自分に合った人があらわれるんですよね」
横美祢先生は嬉しそうに微笑んだ。
「あらゆる面で、見た目って、人をあらわす鏡ですよね」
横美祢先生の言葉に、店長は納得するようにうなずいた。
―そっか、そうなのか。
紗枝は自分の美意識の未熟さに反省しながら、感動していた。
どきどきしながら、紅茶にうつる自分を見つめた。今までよりも、自分を大事にできそうな気がした。
―すごい、「外見」のイメージが、どんどん変わっていく。
紗枝は胸をときめかせながら、そう思った。
店長はいった。
「だからね、私たちは、お店に来てくれるお客様全員、外見も内面も綺麗にしてあげたいなと思っているんですよ。
紗枝さんご存知ですか? beautifulって単語は、肉体にも、精神にも使われる形容詞なんですよ」
「へぇ、ほんとですか」
「“beautiful mind”っていう映画もありましたし。体と心は切り離して考えるものじゃないですよ。両方高めていきましょう」
「そうですね!」
紗枝は握りこぶしを作って大きく返事した。
「コースはまだまだ始まったばかりですからね。このままもっと綺麗になっていこうね」
横美祢先生もガッツポーズをしていった。
「はいっ」
紗枝は満面の笑みを浮かべた。
ほんの少しだけ、大崎君への思いで、胸をちくちくさせながら……