第十五話 男にたいする審美眼
それから三人は、ヤングファッションの階にいった。
紗枝は、二人がオススメする服を、とりあえず何着か試着してみた。
二人は紗枝に、とにかく女の子らしい服を着せた。
試着室から出てきた紗枝をみて、横美祢先生が手をたたいた。
「ほら、紗枝さん。このプリーツスカート、とってもよく似合いますよ」
「ほんとう。紗枝さん、よく似合ってますよ」
店長はいった。
「ほんとですか〜」
脚の太さが気になって、紗枝は膝上のプリーツを、無用に引っぱった。
鏡に映る自分の脚は、やはり、太い大根にしか見えなかった。
「紗枝さんは自分で思っているより、ずっと脚も綺麗ですよ。
これくらいはかなくてどうするんです」
横美祢先生が真面目な顔でさとした。
「ほんとにですか?」
「ほんとです」
二人はこくこくとうなずいた。
二人の説得のおかげで、紗枝はプリーツスカートと、それに似合うブーツ。そして首もとのあいたブルーのセーターを購入した。
試着室でそれらを一通り合わせてみたとき、紗枝は自分の変身ぶりに驚いた。
「すごい……あたしじゃないみたい」
「ねー、だからいったでしょ。紗枝さんは綺麗になれるって」
店長は、横美祢先生と目を合わせていった。
「本当、可愛いですよ、紗枝さん」
横美祢先生も大満足な顔をして紗枝を褒めた。
そして二人は「ダイエット成功のお祝いだ」と、洋服と靴の代金を払ってくれた。
「ええ、悪いですよそんなの!」
紗枝はあわてて、断った。
「いいんですよ。
これからも、このスカートのウエストがゆるくなるくらいまで、がんばりましょうね」
店長はウインクして、財布の中からお札を出した。
紗枝は顔を赤くして、二人への感謝で胸をいっぱいにした。
*
買い物を終えて、紗枝はお茶だけでもおごると、百貨店のカフェに二人を誘った。
三人がカフェに入ると、店員もお客も一瞬動きを止めて、二人の美女に釘付けになった。
紗枝は両脇にいる二人を見つめ、自分も早くこんな風に綺麗になりたいと思った。
ハーブティーを飲みながら、三人は美について、長くおしゃべりをした。
「それにしても、店長。今日のランジェリー売り場、やっぱりラインの型がしっかりしてないですねえ」
残念そうに横美祢先生がいった。
「本当ねえ」
頬に手をあてて、店長はいった。
「え、そうですか?」
紗枝が尋ねた。
「やっぱり、ラインを綺麗に作る、補正下着と比べるとね」
横美祢先生が溜息をついていった。
「補正下着って、あの、ガードルとか、鎧みたいなブラジャーとか?」
「鎧って、紗枝さん。コルセットといいましょうよ」
困った顔で横美祢先生は笑った。
「最近の補正下着は、冬場は暖かいし、夏場がむれなくて、快適なんですよ。
全然苦しくないんですよ」
横美祢先生は溌剌としていった。
「本当ですか〜」
いぶかしげに紗枝は笑った。
彼女は実家でよく通った銭湯を思い出した。太ったおばちゃんが、肌色のダサい補正下着をつけている。
「でもいくら性能がよくなったって、服の下は見せられない姿でしょう?」
紗枝は皮肉めいていった。
「そんなこと無いですよ。だって私たちも今、着てますもん」
「え?」
「ほら」
ざわっ!
カフェで、彼女がいる男性までもが、そちらに釘付けになった。
横美祢先生は脚を組んだままスカートを持ち上げ、ちらりと、バラの柄が入ったピンクのガードルが覗いた。
「私も、ほら」
店長がいった。
「おお!」
周りで嘆息の声があがった。
コートを脱いでいた店長は、カーディガンのボタンを外し、勝負下着でも通用しそうな、黒の補正ブラをチラ見せした!
紗枝は両手を上げて二人を止めた。
「わー、分かりました、納得しました。いいからそれを隠してください」
二人はスカートを下げ、ボタンを留めた。
周りから、「ああ〜」という溜息がこぼれた。
紗枝はぐったりしてうなだれた。
「しかし……本当に綺麗ですね」
紗枝は落ち着きを取り戻し、確かに綺麗だったと、補正下着の美しさを認めた。
「でしょ。エステの世界は日進月歩です」
横美祢先生はいった。
「店長や先生って、そんなに綺麗なのに、常に努力を怠ってませんね」
紗枝は感心していった。
「それはもちろん」
店長はいった。
「自分磨きは一生ですもんね」
「そう、私も」
横美祢先生はいった。
「すごいですねぇ。そりゃもう昔から男性は引き手あまたですよね」
紗枝は感心していった。
「そんなこと無いですよ。
それに、昔はもっと太かったし」
横美祢先生はぺろりと舌をだした。
「えー」
「大学生の時、手痛い失恋をして、それでエステに通うことにしたんです」
「そうなんですか?」
紗枝はびっくりしていった。
「そのままエステの世界に惹かれて、こうやって仕事にまでなっちゃったんですけど」
横美祢先生は朗らかに笑った。
「私が新入りの時に、ミネちゃんを担当したのよね〜」
店長が懐かしそうにいった。
―え。じゃあ店長って、今いくつなんだろう?
紗枝は気になってしょうがなかったが、そこはあえて流しておいた。
横美祢先生は続けた。
「エステに通って綺麗になって、初めて分かったんだけど、人って本当に外見で他人を判断するんだなぁって思いました」
「それって……」
紗枝は言葉を詰まらせた。
「振られた相手は、私が痩せて綺麗になると、急に手のひら返しちゃって。
『やっぱりお前が忘れられない』って。あつーく手を握られちゃいましたよ。
そしてそのまま、私たちは―」
横美祢先生は両手の人差し指を、一方向に突き立てた。
「ああ」
紗枝は顔を赤くした。
―ベッドインか、大人だぁ。
「でも、私。それから彼の事が全然ときめかなくなって」
「ええ?」
「それで、三日もたたずに、お断りしました」
「そうなんですか」
―三日。微妙な期間だな。
横美祢先生は続けた。
「だって、痩せたからって手のひら返す男なんて、ちっちゃいじゃないですか。
それに気付けたのは、自分が綺麗になったからです。
綺麗になる努力をしなかったら、他人をひがんでばかりでした」
「つまり……そういった経験で、先生は人を見る目が変わったってことですね」
「そう」
横美祢先生は、にっこり微笑んだ。
「それにあたし、二十一歳まで付き合ったことなかったんですよ。初めての相手がその男だったんです。
そしてその後、最高の彼氏に出会って、今も、ラブラブです」
横美祢先生は子猫のように微笑んだ。
「えー、こんなに綺麗なのに、二十一まで彼氏がいなかったなんて」
「紗枝さん、人の出会いってのは、そういうものなのですよ」
店長は、しみじみと頷いていった。
「紗枝さんも、これから、もっといい人に出会えますからね」
横美祢先生は、微笑んでいった。
紗枝は、その言葉に、どきりとした。