第十四話 真冬に、網タイツ
日曜日。河原町通りの繁華街にある百貨店の入口で、紗枝は牧野店長と横美祢先生がくるのを待っていた。
待ちながら、紗枝は何度も、ショーウインドウの鏡に映る自分の服装をチェックした。
―とりあえず、もってる服の中で、一番可愛い服を着てきたけど……
紗枝は不安とドキドキを入り混じらせて自分を見つめた。
赤のピーコートに、黒のハイネックセーター。
大振りのネックレスと、小さなピアスをつけてみた。
ただ、横美祢先生に勧められたスカートは、はいてこなかった。
「やっぱりなあ。無理があるよ」
脚を眺めながら、紗枝は独り言をつぶやいた。
タイトなストレートジーンズに、ショートブーツを履いた恰好。今日の紗枝は(正しいかどうかはしらないが、)パリ風ファッションで、がんばってみた。
そして待つこと十分。背後で高らかとした声が聞こえた。
「ああ、いたいた。紗枝さーん」
「あ、てんちょ……」
振り向きざまで、紗枝はくらりとめまいを起こした。
極上の美人が二人、冬場にも関わらず、大腿むき出しで闊歩してきたのだ。
店長は、ミンクの毛皮のコートを優美に着こなし、たいていの人が陥る、成金趣味のいやらしさは微塵もなかった。
恐らくミニスカートをはいているのだろうが、コートの方が長く、それは完全に隠れていた。
それで、コートから覗く脚は、黒の網タイツで、何ともエロティズムに満ちている。
彼女はヒール十五センチのパンプスを履き、モデルのように紗枝の方へ歩いてきた。
かわって横美祢先生は、店長とはテイストの違った、クール&キュートなファッションだった。
普段束ねている髪をおろし、カールさせて、大きなバタフライの髪留めをつけていた。
タイトなピーコックブルーのコートをまとい、前ボタンは止めていないので、サテンのミニワンピースがそこから覗いた。
ワンピースの模様が可愛い。
黄色のドットがつながる、波打つような縦ラインのプリントが、彼女の体をもっとスマートに見せた。
シックなコートとのアクセントが絶妙だ。
横美祢先生は、ヒール九センチのショートブーツを履いて、胸をはって、上品に歩いてくる。
繁華街のごった返す歩道で、道行く人々は、二人に道を譲っている。
―やばい! あたし、完全に場違いだ!
紗枝は踵を返して帰ろうと思ったが、しっかり二人に腕をつかまれた。
「紗枝さーん。今、逃げようとしてませんでした〜?」
「ひっ」
意地悪な笑みで、横美祢先生が紗枝の耳もとをくすぐった。
紗枝は、彼女の口から、蛇の舌がちろちろと出ているように思えた。
―ぎゃ〜、エステで見るより、小悪魔キャラだ!
紗枝は泣きそうになりながら、苦笑いをみせ、懇願した。
「えーん、お二人様。そんなによらないでくださーい!
あたし、みずぼらしく見えちゃうよー」
「ふふふ、なんせ、『紗枝さん、スカートはかせよう!』計画のために、
横美祢先生と短いスカートを選んではいてきたんですから」
店長は微笑んで、腰をくねらせて見せた。
周りの男が、ざわっとした。店長に釘付けになった。
店長は媚態をおびて、彼らを一瞥した。
濃いリージュの塗られた唇の口角が、綺麗に持ち上がった。
「店長!」
紗枝はなぜだか恥ずかしくなって、店長を守るように、男の目からガードした。
そしてそのまま二人を百貨店の中に押し込んだ。
「真面目にいきましょう。
今日はあたしの買い物に付き合ってもらえるんですよね?」
紗枝はぜーぜーと息を切らせて、店長にいった。
「もちろんですよ」
店長は可笑しそうに微笑んだ。
「ではでは、レッツ・ショッピーング!」
横美祢先生が、ハイキングに出かける子供のように、百貨店の奥を指差した。
*
一階の奥はランジェリー売り場だった。
まずはそこで、紗枝の女度をアップさせようということになった。
「てか、彼氏もいないのに、何でまず下着からなんですか?」
紗枝は、呆れと照れを入り混じらせて、きいた。
「何いってるんです紗枝さん。女は下着から綺麗でなくちゃ」
横美祢先生はびしりといった。
「そうよ、紗枝さん。いつ何時チャンスがあるのか分からないんだから」
コートを脱いだ店長は、上下黒の、カーディガンとミニスカート姿だった。
店長は魅惑的に微笑み、パンティラックから、これまた黒のレースのパンティを広げた。
「もう店長。あんまり浮気してると、旦那様が怒っちゃいますよ」
横美祢先生がしたためた。
「えっ!? 店長結婚してるんですか!」
紗枝は思わず声を上げた。
ランジェリー売り場の店員が、こちらを振り向いた。
紗枝は口を紡いだ。
「そんなに驚き?」
店長はきいた。
「そりゃもう」
紗枝はうなづいた。
「所帯じみてませんか?」
「ええ! そりゃ、もう!」
店長が渋い顔を見せた。
「ち、違います! 大丈夫ってことですよ」
紗枝は大慌てで、補足した。
そして紗枝は腕を組んだ。
―ううん。しかし、店長は結婚してもこんなに綺麗で……
それじゃあ世の妻は、「あれ」でいいのか?
紗枝は実家の母を思い出した。
テレビの前で寝転んで、煎餅をむさぼっている中年太りの母の姿が目に浮かんだ。
「紗枝さん、結婚したからって、女やめちゃダメですよ」
店長が、紗枝の思惑をくみとるようにしていった。
「いつまでたっても綺麗でありたいですものでしょう」
「はい、その通り」
紗枝はますます店長を尊敬した。
「はーい、紗枝さん。これなんかどうですか?」
横美祢先生が、紗枝に下着を一枚見せた。
淡いピンクの、紐パンティ。
「はきません!」
紗枝は真っ赤になって、それを捨てた。
三人は店員にしかられた。