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第十話 セルライトの、ほぐし方

 紗枝はどきどきしながら、施術室に通された。

 この前の体験インドマッサージでは、緊張のあまり半分パニックになっていたので、なかなか部屋の隅々まで見ることができなかった。

 今日は落ち着いて施術室を見ることができる。紗枝はこの部屋にあるものすべてを、興味をもって見回した。

 その前に、エステサロン『ビューティー』の構成を説明しよう。

 このエステサロンは、十二個の施術室があり、一部屋が大体三畳ほどの個室である。

 各部屋で、マッサージや美顔、カウンセリングが行われている。

 そのため、目的に応じて、部屋に備え付けてある設備が違う。

 紗枝が通された部屋は、真ん中に大きなモスグリーンのベッドが備え付けられていた。

 ベッドは表面がナイロンで包まれていて、汗をかいても、それ以上しみこまないようにしてある。

 壁には、効果的にやせるダイエットのノウハウが書かれたポスターが貼ってあった。

 その隣には、人間の経絡を全身図で説明したポスターがあった。

 扉から向かって左脇に、小さな戸棚があった。アロマオイルと、ストップウォッチがおいてある。

 横美祢先生が、扉を閉めていった。

「はい、ではタオルいたただきますね」

「はい」

 紗枝は、するりとタオルを身体からほどき、紙ナプキン一枚で立ち尽くした。

 そのまま、ベッドに仰向けになるよう、すすめられた。

 ゆっくりと、折った膝をベッドの上で伸ばしながら、紗枝は赤面した。


―こうやって、誰かの前に裸同然で寝ころぶなんて恥ずかしいなぁ。


 紗枝はまだ、エステに対して戸惑いをぬぐいきれていないようだった。

 何せ紗枝は、体育会系だ。ダイエットと考えると、まずトレーニングする事を思いつく。

 自分の身体は、自分で動かす。そしてエネルギーを消耗する。

 ダイエットといえば、常に動くこと、能動的であり、そこに食事制限が入るのだと彼女は決めてかかっていた。

 しかし、「誰かに触られる。自分が受身になる」という、このエステというダイエット方法。

 それはまるで、紗枝には甘えのように感じるのだった。

「ええと、今日は何をするんでしょうか?」

 紗枝は尋ねた。

「そうですね、今日は、『スペシャル』で、太ももをほぐしましょうか」

 横美祢先生がいった。

―出た、スペシャル。

「スペシャルは二人でやりますからね」

「え?」

 そのとき中島先生が施術室に入ってきた。

「あ、中島先生」

 紗枝は顔を上げて先生を見た。

「お待たせしました紗枝さん。今日は私が一緒に入らせてもらいますね」

 白い歯をきらりとさせて、中島先生は笑った。

「こんにちは、紗枝さん。隣で私も、聞いてますから」

 中島先生のうしろから、店長がひょっこりと顔を出した。

「あ、店長!」

「がんばってね、紗枝さん」

 店長は微笑んで、扉の前から姿を消した。

「ではでは。紗枝さん、うつ伏せになってもらえますか」

 中島先生はいい、戸棚からボトルを出して、オイルを手に塗り始めた。

 横美祢先生もオイルをとり、紗枝の両足に塗り始めた。

―わあ。なんだかいい香り。

 そうか、今から二人で両足マッサージかな?

 紗枝はベッドにおでこを押しつけて、手は横に伸ばした。

 そしてどきどきしながら、マッサージされるのを待った。

 が、次の瞬間、激しい音が部屋に響いた。

「べちべちべちべちべちべちべちべち!」

―な、なにこれー!? いっ、痛いよー!!

 エステでは聞こえるはずも無いような音が、紗枝の両太ももから響いた。

 二人のエステシャンが、紗枝の太ももを、両手で思いっきり叩き始めたのだ。

 それはまるで、民族楽器の太鼓を叩く、原住民の宴のようだった。

―うそー!

 紗枝は思わず歯を食いしばった。

 こぶしを強く握る。

 二人は激しく、紗枝の脚をはたく。

 そして今度は、手をチョップの形にし、ずがずがずがずがと、またも彼女の太ももを叩き出した。

―あいたー!

 紗枝は涙ぐみそうになったが、ベッドにかじりついて我慢した。

「こうやって……、ね。固まった筋肉をほぐしていくんですよ」

 息を切らせながら、中島先生は、なおも紗枝の太ももをひっぱたく。

 そしてようやく叩くのが終わると、今度は紗枝の太ももを、繃帯でぐるぐる包み始めた。

「ええ、これは何ですか?」

 紗枝はぎょっとしていった。

「この特別なテープで、ほぐした脚を、綺麗な形に整えるんです。そしてこれから三十分、サウナタイムになりますね」

 横美祢はそういい、ベッドの脇のボタンを押した。

 そして、ベッドの下から大きくて厚いサウナシートを取り出して、紗枝の体全体を包み始めた。

―きゃああー、これじゃあミイラじゃない!

 紗枝は、シートに体を固定される自分の姿を、とても恥ずかしく思った。

 そのうちに、ベッドがじわじわと熱を帯びてきた。

「それじゃあ、紗枝さん。また見に来ますからね」

 二人のエステティシャンは、手をふって部屋から出て行った。

 紗枝は一人部屋に取り残され、急にぽつんとなった。

 沈黙すること、十五分。

「うう……めっちゃ暑い〜。三十分なんてもたないよ!」

 紗枝はうめき声を上げ始めた。しかし、時間まで紗枝は耐えた。

 

 横美祢先生が様子を見に来た時、彼女はぐったりとなっていた。それでも紗枝はがんばった。彼女の根性は強かった。

 そして、ミイラの恰好から脱した彼女は、なんと施術後、一・二キロもやせていた。

体脂肪も〇・四パーセント減っている。

「すごいです紗枝さん!」

 横美祢先生は大喜びで、カルテに体重を記した。

「は、はあ。やりました」

 体重計を降りて、紗枝はふらふらなまま笑顔を作った。

―しかし……

 

 ここって、ほんとにエステなの?

 

 そして紗枝は、突然にやーっと笑った。

 なぜだか笑いたくなったのだ。

 横美祢先生が、びくりとして紗枝に尋ねた。

「どうしました。気分でも?」

「いえ、大丈夫です」

 すると今度は、紗枝は落胆するように笑って、ついには、背を反らせて、高らかと笑った。

 それにつられて、横美祢先生も笑い出した。なぜだかおかしくなって笑った。

 涙目になりながら、紗枝は思った。

 今後、エステティックサロンのイメージは、セルライトと共に砕かれていくのだろうと、思った。




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