第6幕 500年前の真実
僕が物心ついた時から、父である国王は常に僕を避けているようでした。
賢者をも凌ぐ強大な力を持つと言われた息子を恐れたのでしょうね。
母はすでにこの世にはおらず、僕は十歳になると父が建てたあの辺境の城に送られ、そこで暮らすこととなりました。
とても寂しい場所ではありましたが、使用人たちはとても親切でしたし、好きなだけ魔法の勉強をすることができたので退屈はしませんでした。
何より、僕の側にはいつも、親友ともいえる大切な従者がいましたから。
彼は僕の乳母の息子で、ひとつ年下の16歳でした。
まだ僕が王都に住んでいた頃は、二人で悪戯をして、よく乳母に怒られたものです。
そしてあの日、最後まで僕の側にいてくれたのも彼でした。
僕は国を守るために使う魔法が僕の命を危険に晒すことを知っていた。
だから彼に頼んだのです。
「すべてが終わったら、僕を城の地下室に連れて行ってほしい。あの部屋にある魔法陣を使えば、時を越えてもう一度お前に逢えるから」と。
長い幽閉の日々で、僕は様々な魔法を学びました。
そのひとつが、例の魔法陣です。
僕が作り上げたあの魔法陣なら身体の時間を止め、長い年月はかかっても魔力を取り戻すことができる。
僕は死ぬわけにはいかなかったんです。
彼と再会の約束をしましたから。
今度は主従としてではなく、友として逢おう、とね。
そして僕は、僕が知る限り最も恐ろしく、最も美しい魔法を使いました。
───この国の東の地に広がる砂漠。
かつてはただの平野だったあの場所を砂漠に変えたのは、他でもない、僕なんです。
自然を変えることは、僕たち魔法使いにとって何よりの禁忌とされています。
とてつもない魔力を必要とし、術者の命を危険に晒すだけでなく、この世界の均衡を崩してしまうためです。
僕が死なずに済んだのは、普通の魔法使いにはありえない量の魔力を持っているから。
普通の魔法使いは、魔力が尽きると急激に衰弱し、数分で死に至ります。
けれども僕は、かろうじて命をとりとめました。
意識を失う寸前、僕が最後に見たのは、黄金に煌めく一面の砂漠と、誰のものかもわからない剣や盾がいくつも横たわっている景色でした。
僕は、名前も知らない隣国の兵士たちを砂に沈めたのです。
大勢の人を死に追いやった僕だけが、王子として国の行く末を見ることすらできなかった僕だけが、知らない世界で一人生き残ってしまった…
…これで僕の話は終わりです。
僕のことを恐ろしいとお思いでしょう?
お伽噺の王子がこんな人間で、がっかりしたでしょう?
風が、ふわりと過ぎ行く春の香りを運んでくる。
「…俺が、」
気づけばラルフは俯いたまま口を開いていた。
膝の上で握られた拳が、かすかに震えている。
「え?」
「俺が、お前の力になるよ」
エルドランはわずかに目を丸くした。
「たとえお前がどんなに遠くにいても、俺はお前の味方でいる。お前が孤独に耐えられないなら、すぐに駆けつけてやる。お前のためじゃない。俺がそうしたいんだ」
ラルフの言葉は全く唐突で、それでも、こちらを向いた彼の表情は真剣だった。
黒曜石のような瞳はエルドランの心をまっすぐに射抜く。
一瞬、ほんの一瞬だけ、その眼差しがどこか懐かしい誰かに重なった。
「生きてれば後悔することだってあるけど、止まったらいけないんだ。過去に戻ることなんてできないんだから。前を見ろよ!男だろ!」
「ラルフ…」
「せっかく今を生きているんだ。新しい世界で、人生をやりなおすと考えればいいんじゃないかな?」
ヒューイが柔らかく微笑んだ。
「人生を、やりなおす…」
「君は自分が大勢の人を死に追いやったと言ったね。でも、俺たちからすれば君は、この国を救ってくれた英雄なんだ。君がいなかったら、きっとこの国は滅びていた。俺たちは生まれてこなかったかもしれないんだよ」
だから、とヒューイは続ける。
「君は未来に命を繋いでくれた。それは紛れもない事実だ。感謝こそすれ、忌避していいはずがないんだよ」
「ラルフ、ヒューイさん…ありがとう…」
目元を赤く染めたエルドランは不器用ながらも綺麗に笑った。
そこへ気まずそうな咳払いの音が響く。
ガーランドだ。
「いい雰囲気になってるとこ申し訳ないんだけどな?エル坊。お前さん、これからどうするつもりだ?住む場所とか、金のこととかよ」
「あ…」
すっかり忘れていた。
王城にも寝泊まりできる部屋は多くあるが、いずれも外の国から外交に来た者のためのもの。住むことはできないのだ。
それに、エルドランの天使のごとき容姿では人目をひいてしまう。
おそらく彼に関する文献もあると思われる今、この城に長くいるのは賢明とは言えない。
だが、街に住む場所が見つかったところで、生活するには金がいる。
にもかかわらず、今のエルドランは一文無し。
「どうしよう…」
小さく呟きを漏らした、その時。
「俺の家に来るか…?」
部屋には驚きと困惑と、少しの喜びに満ちた空気が漂った。