第5幕 魔法使い
「…へ?」
気の抜けた声が予想以上に大きく響き、ラルフはかあっと耳を朱に染めた。
「ラルフに嘘をついてもらったのは、下手に怪しまれることを防ぐため…本当は、あの城の地下の部屋で眠っていたんです。戦争があったあの日から、500年近く、ずっと」
「いったいどうやって?お前さん、不死身なのか?」
エルドランは金色の頭を緩く振った。
「まさか。僕もちゃんとした人間ですよ。ただ人よりも、たくさんの魔法が使えただけです」
魔法、という言葉を聞いて、ヒューイがわずかに目を見開いた。
「500年前…戦争…魔法使いの少年…君は、金色の王子か?」
「金色の王子って…お伽噺の、あれですか?」
「この坊主が、あの王子だって!?」
彼らの会話についていけないエルドランは、ひとつ瞬きをして首を傾げる。
「金色の王子とは、何ですか?」
「今から500年前、この国では戦争が起こったと言われているんだ。その戦争を終わらせたのが、魔法使いであるかつての王子。金色の王子というのは、命懸けで国を守り忽然と姿を消した『最果ての王子』という古いお伽噺に出てくるその王子のことだよ。」
冷静に説明をするヒューイ。
しかしガーランドは眉間に皺を寄せ苦い顔をする。
「だが、こいつが王族っていう証拠はないだろ?もし王族だとしても、金色の王子だとは限らないんじゃねぇか?」
その言葉にはっとしたエルドランは、紐で首から下げられて服の下に仕舞われていた何かを引っ張り出し、テーブルの上に置いた。
「金色の王子だという証明にはなりませんが…王族のひとりであるという証ならあります」
それは親指の爪の大きさほどのペンダントだった。
彼の瞳と同じエメラルド色の石に、この国の王族の象徴である藤の花を象った紋章が刻まれている。
「今でも続けられているかはわかりませんが、昔のウィステリアでは、生まれて一年たった王族の子供にこのペンダントを作っていたんです」
ラルフはへぇ、と声をあげ、ヒューイは顎に手をあてた。
「聞いたことがある。今でも王家の風習になっているよ。石は様々だが、すべてに魔法がかけられ、王族とそれを作った者にしか触れられない…そうだったね?」
「えぇ。それじゃあ…ラルフ、このペンダントに触れてみてくれるかい?」
「お、俺が!?やだよ!」
ついさっき、ヒューイはこのペンダントに魔法がかけられていると言った。
何が起きてもおかしくないものに、わざわざ首を突っ込む勇気はラルフにはない。
しかしヒューイとガーランドが更に追い打ちをかける。
「さぁ、やってみてくれるかい?」
「班長命令だからな!」
(理不尽だ!)
仕方がないので、ラルフは大きく息を吐くと、おそるおそるペンダントへと手を伸ばした。
すると。
───バリバリッッ!!!
耳をつんざくような鋭い音と共に青白い電撃が走り、ラルフの手は見えない障壁に弾かれた。
「どうやら本物のようだね」
「信じていただけましたか?」
(俺を犠牲にしたくせに!)
ラルフは内心悪態をつき、痺れた手をさすりながら尋ねた。
「…で、どうやって500年も生きてたんだ?」
「あぁ、それなら簡単だよ。僕の寝台の周りに魔法陣が描かれていたのを覚えているかい?」
「青い円のことか?」
「うん。あれは、肉体の時間を止めて半永久的に生き永らえるための魔法なんだ。そして、誰かが足を踏み入れれば魔法が解除されるようになっていたんだよ」
更に言葉を続けようとした彼らをガーランドが遮った。
「ちょっと待て。魔法陣って何のことだ?一から説明してもらえるか?」
少年たちは失念していたが、城の中であったことは彼らしか知らないのだ。
ラルフは時々エルドランに言葉を補ってもらいながら、昨日の出来事を説明した。
「───それで、その地下室でこいつを復活させちまったと?」
「そういうことになりますね」
話はごく数分で終わった。
ラルフがエルドランをお姫様抱っこして城を脱出したあたりでは、ガーランドが膝を叩いて爆笑していたが。
ヒューイが短く唸る。
「それにしても、古の王子がこれほどまでに力のある魔法使いだったとは…」
「え?こいつ、そんなに凄いんですか?」
「凄いなんてものじゃない。この国にも魔法使いは大勢いるけど、自分の身体の時間を止めて500年もいきながらえるなんて芸当、誰にもできないよ」
知らなかった。
そもそも魔法使いに会ったことすらなかったラルフには、魔法がどのようなものかを理解するのは難しいのだ。
「魔法使いはそれぞれ限られた魔力しか持っていません。魔力が多ければ多いほどより強力な魔法が使えますが、それでも魔力を酷使すると命を落とすことだってあるんです。僕が500年もの間眠っていたのは…あの日、自分の魔力のほとんどを使ってしまったから」
「あの日って?」
エルドランは悲しげに目を伏せた。
「僕が隣国の兵士たちを止めるために魔法を使ったあの日…戦争の業火がウィステリアを襲おうとしていた、穏やかな風の吹く日だったよ」
優しい午後の光が差し込み、窓の外では誰かが剣術の鍛練をする、高く澄んだ音が聞こえる。
エルドランは淡々と話を続けた。
「かつてのウィステリアは小さく、兵力の少ない国でした。だからこそ、隣国は侵略しやすいと目をつけたのでしょう。それでも王子である僕が魔法使いだということは知らなかったようです。何せ僕は、七年間あの城に幽閉されていた身ですから」
髪を揺らす暖かな風とは対象的に、少年の声音はどこか冷たく、遠くから響くようだった。