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第4幕 正体

ラルフは夢を見ていた。


霞みのようなその夢の中で、ラルフは固い大地の上に立って頬に風を受けていた。


歌が聴こえる。

水の中にいるかのようにぼんやりとしか聞こえないのだが、もの寂しげな旋律はラルフの胸をいやにざわめかせた。


(ここはどこだ…?)


少しずつ前へ歩を進めてゆくと、徐々に周りの景色があらわになってくる。


やがて五歩ほど離れただろうか、人影らしきものを見つけ、ラルフはぴたりと足を止めた。


金色の柔らかな髪を風になびかせた、華奢な背中の誰か。

すっと伸びた背筋はどこか大人びていて、

ふと、その人がこちらを振り返った気がした。


すると。


その人の足元から、瞬く間にチョコレート色の固い地面が黄金に輝く砂漠の砂へと変わっていった。

逃げることすら叶わず、ラルフの立つ地面も砂漠に変わる。


「…っ!?」


何の前触れもなくがくんと身体が揺らいで、ラルフは音も立てずに黄金の砂に沈み始めた。

抜け出そうと試みるも、もがけばもがくほど身体の自由は失われる。


「…おいっ!助けてくれ!」


ラルフは必死に手を伸ばし、見知らぬ誰かに助けを求めた。


しかしその声が届くことはなく。


ラルフは金色の闇に呑み込まれていった───。








「ーーフ。ールフ!」


遠い意識の彼方で誰かの声がする。

何度も何度も繰り返すそれは、誰かの名前を呼んでいるようだ。


誰だろう…?


「───ラルフ!」


大声で自分の名を呼ばれ、ラルフは慌てて飛び起きた。


いや、正確には、飛び起きようとした。


目の前にあった何かに勢い良く額をぶつけ、頭を押さえながら寝台の上で悶絶する。


「痛ってー…」


まだ目の奥で星が散っている。


潤んだ瞳で室内を見回すと、どうやらここはウィステリアの王城にある一室のようだ。

開け放たれた窓から差し込む光が昼近いことを告げている。


(そういえば、帰ってる最中に寝ちまったんだっけ…恥ずかしいことしたなぁ…)


そして自分の横になっていた寝台の傍らに、一人の少年が蹲っていた。


「…ど、どうした?」


躊躇いがちに声をかけると、「痛いよ…」と呟きながらその人が額を赤くして顔を上げる。


ラルフが起き上がった瞬間にぶつかったのは、どうやらこの少年らしい。


ラルフは彼を見て僅かに首を傾げた。


緩く波打つ金色の髪と涙の膜が張られた翡翠の瞳。

見覚えのある端整な顔立ち。


「お前…エルドランか?」


少年はぱぁっと笑顔を浮かべて頷くと、軽やかにこちらへ歩み寄って寝台の側に置いてあった椅子に腰掛けた。


「僕もつい一時間ほど前に目を覚ましてね。城の人が着替えを用意してくれて、髪も切ってくれたんだ。そしたら、君もこの城にいると聞いて…」


見れば髪が短くなっているだけではなく、服装もウィステリアの国民がよく着るシンプルなシャツにカーキ色のズボンと焦げ茶のブーツに変わっていた。


「もう動けるのか?昨日は動けそうになかっただろ?」


「大丈夫。まだ長時間は動けないけれど…少しずつ回復しているから、すぐに元通りになるはずだよ」


そう言うとエルドランは一度言葉を切り、ひとつ深呼吸をしてまた口を開いた。


「…きっと君はいろいろと聞きたいことがあるんだろう?今からその話をしようと思う。一人の少年の、信じられない昔話を。聞いてくれるかい?」


「…あぁ」


どこか不安そうな視線をラルフがしっかりと受け止めて頷いた、その時。


小さなノックの音と共に、ヒューイが部屋に入ってきた。


「その話、俺も聞いていいかな?」


「ヒューイさん!」


驚く二人の少年に、ヒューイは優しく微笑んで扉を閉める。


「実のところ、俺も君の正体が気になるんだよ。ラルフが昨日言ったことは嘘だろう?…謝る必要はないさ。何か事情があるみたいだからね。もちろん他言しないと誓うよ」


「構いませんよ。ラルフの信頼する方のようですから」


ヒューイは穏やかに目を細めた。


「それは嬉しいな。あぁ、あと、この人も仲間に入りたいみたいだね」


閉めた扉をもう一度開けると、そこにはガーランドがばつの悪そうな顔をして立っていた。


「いや、その、あれだ…俺たちガーランド班が救助したからには、ちゃんと面倒見ないといけねぇだろ…?だから、二、三事情を聞こうとだな…」


とかなんとかもごもごと言っているが、実際はこの男も興味津々なだけだろう。


そんなガーランドにエルドランはくすりと笑い、快く中へ引き入れた。


「大丈夫です。あなたが信用できる人であるのはラルフの態度を見ていればよくわかりますから」


「俺、そんなにわかりやすいか?」


自分の単純さを指摘され首を傾げるラルフと、同時に頷くガーランド、エルドラン、ヒューイの三人。


「わかりやすいな」


「顔に出やすいよね」


「まぁ、素直なのは良いことだよ」


三者三様の答えにがっくりと頭を落とす。

ヒューイのフォローもラルフには響かなかった。









ラルフが兵服に着替え四人掛けのテーブルについた頃、エルドランはおもむろに口を開いた。


「話を始める前にひとつお聞きしたいことがあります。…ウィステリアが建国してから、何年が経ちましたか?」


なんともおかしな質問ではあるが、ヒューイは顔色ひとつ変えずに答える。


「確か600年ほど前だと言われているよ。それがどうかしたのかい?」


「600年前…」


エルドランはそれを聞いて悲しげに目を伏せた。


「エル?」


名を呼ばれ金色の少年ははっと顔を上げる。


もう一度こちらを向いた少年を見て、ラルフはどきっとした。


まるでこの世のものではないような憂いを孕んだエメラルドの眼。

まるで底知れぬ闇を抱えたような、哀しみや負の感情がない混ぜになった目だった。


その目を彩る金色の睫毛が、ふるりと震える。


「僕の本当の名前は、エルドラン・ルイド・ウィステリア…500年前の、ウィステリアの王子です」

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