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第1幕 砂漠の城へ

「暑い…」


少年はもう何度目になるかわからないため息をつき、汗で額に張り付いた黒髪をかきあげた。


かれこれ一時間半も、ぎらぎらと照りつける太陽の下を馬に揺られている。

足元には金色に輝く砂漠が広がるばかりで、自分と栗毛の馬のほかに生き物の気配はまったくない。


来た道を振り返れば、蜃気楼の向こうに、王都を囲む壁から城の尖塔が玩具のように空へと突き出ているのが見える。


「なんで俺がこんな目に…だいたい、『幽霊の出る城』って、何なんだよ?」


彼の質問に答える者はおらず、さらさらと砂の歌う音が聞こえるだけ。


季節は春。

快適とは言い難い、物語のはじまりである。











話は数時間前に遡る。


少年の名はラルフ。

この春に18歳になり、念願のウィステリア王国兵士の職に就いた(本人曰く)夢と希望に溢れる若者だ。


しかし見習い兵士がすぐに仕事をもらえるはずもなく。

雑用や剣術の稽古に忙しい日々を送ることはや二ヶ月、ようやく兵士らしい仕事を与えられたのだ。


「なぁラルフ。お前さんもそろそろ、ちゃんとした仕事が欲しいよな?」


ラルフの所属する班のリーダー、ガーランドがそう声をかけてきたのは今朝のこと。


城で働く兵士たちは基本十数名で班をつくり、交替で城内の警備や街の巡回を行う。


そして今日のガーランド班は、緊急時に備えるための待機組、つまりほとんど仕事のない状態となる。

というのも、それぞれの班をまとめる班長たちは実力者ぞろい。めったなことでは緊急事態など起こらないのだ。


ある者は剣を磨き、ある者は本を読み、またある者は鍛錬をする。

その過ごしは様々である。


待ちに待った申し出に、ラルフは喜び勇んでうなずいた。


「もちろんです!何でもやりますよ!」


するとガーランドはニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。


(しまった…)


そう思った時にはもう遅く、肩をがっちりと掴まれていた。


「じゃあ、やってくれるよな!…何でもするって言ったもんな?」


あーあ、という誰かのため息が聞こえたのは、きっと空耳ではないだろう。











「絶対ハメられた…こんな所に人が来るわけないよなぁ…」


孤独感に耐えきれないのか、独り言はなかなか止まらない。


ガーランドは新米兵士の教育と称して、よくラルフにとんでもない悪戯を仕掛けてくる。


落とし穴に落とされたり、死ぬほど驚かされたことは数えきれない。


今回もその類なのだろうか。


───この国の東側には「幽霊の出る城」があってな。最近その近くを通った商人から目撃情報が出たんだ。…え?何がいたかって?そりゃ、わかるだろ?幽霊だよ、ゆ、う、れ、い!お前さん、行って確認してきてくれるか?馬鹿な奴が出入りしてるかもしれないしな!


いかにも怪しい話ではあるが、しかし。


「わざわざこんな所まで来させる意味ってあるのか?」


ひゅうっと風が吹き抜け、金色の砂をさらっていく。


このウィステリアという国ができたのは600年も前。その頃、国の東の大地は固い地面で覆われていたと言われている。

それが突然砂漠に変わってしまった。


いつ、どうして変わったのかは未だにはっきりしていない。

ただ、砂漠は直径100キロメートルほどの綺麗な円を描いていて、その境から先はまるで何事もなかったかのように元の大地が続いている。


と、以前聞いたことがある。


(突然土地が砂漠に変わるなんてことあるか、普通?魔法でも使わない限り不可能な話だよな…って言っても、魔法なんて見たこともないけどな)


そんなとりとめもないことを考えていると、ようやく城が見えてきた。


(うわ…)


目の前に現れたのは、城というよりも廃墟だった。

外壁は崩れかけ、蔦が幾重にも絡まりついている。

昔は大きな扉があったであろう入り口もぽっかりとした穴が開いているだけで、まるで口を開けて獲物を待つ獣のようだ。


(誰の城だろう?)


王都から離れたこんな場所に城を建てるなど、余程の物好きに違いない。


中から吹いてくるひんやりとした風がラルフの頬を撫でる。

何が起こるかはわからない不気味な城だが、このまま外に突っ立っているよりは入った方が良いだろう。

第一、この暑さには勝てそうにもなかった。


「…よし!」


怖気づきそうになる自分を叱咤し馬から降りると、ラルフは城の中へと足を踏み入れた───。











コツン、と、静まり返った回廊に自分の足音だけが響く。

まるで彼の周り以外は時が止まったのではないかと思うほどの無音の空間。


上を見上げると天井は既に崩れ落ちており、切り取られた青空がそこだけ"今"の色を持っていた。


もう一度城の中に目を向けると、壁や床に模様らしきものがところどころあることがわかる。

昔はさぞ美しい広間だったのだろう。


そして何よりラルフの目を引いたのは、広間の奥、十段ほどの階段を上った先に飾られた一枚の絵だった。


朽ちかけた段を慎重に上がり、例の絵に近づいて砂埃を払ってみれば、色はもう褪せているものの、人物画であることがかろうじてわかった。


「この城の主の絵とか?まさかな…」


絵の中の人物は、ラルフと同じくらいか、少し年下の少年だったのだ。


緩く波打つ髪。

知的そうに澄んだ、優しげな瞳。


(この顔、どこかで…?)


拭えない既視感に眉根を寄せながら階段を降り、もう一度"誰か"の肖像画を振り返って眺めていると突然、肩を何者かに掴まれた。


「うわああぁぁぁっっ!?」


思わず飛び上がって振り返ると、腹を抱えて大笑いするガーランドの姿が。


「ガ、ガーランドさん!?」


熊のような彼の班長は、涙を拭いながら口を開いた。


「お前さん、本っ当に最高だな!」


「笑わないでくださいよ!死ぬほど驚いたんですからね!しかも幽霊なんていないじゃないですか!」


顔を真っ赤にして抗議の声をあげるラルフに、ガーランドは優しく肩を叩く。


「まぁそう怒るなって。これはいわば、新米兵士の能力テストみたいなモンなんだよ」


「能力テスト?」


「あぁ。砂漠の暑さに耐えられる忍耐力と、訳のわからねぇ城に入れるだけの度胸があるかどうか確かめるためのな。で、お前さんは見事合格!晴れてガーランド班の一員としてちゃんとした仕事がもらえるぜ」


至極嬉しそうなガーランドの言葉に、ラルフは訝しげな視線を送る。


「今度は本当にちゃんとした仕事ですよね…?」


「当たり前だろ!さ、帰ろうぜ。『見習い』卒業の祝いの準備ができてるはずだからな」


ようこそ、ガーランド班へ───。


そう言ったガーランドの眼差しは、何よりも優しかった。


ラルフはくすぐったくなるような気持ちで一歩、足を踏み出した。

この一歩は、憧れの兵士へ近づく第一歩。

そう思った瞬間───。


「…え?」


足元の床が崩れ落ち、ラルフの身体は闇へと吸い込まれていった。

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