第九話『デジ部』
第九話『デジ部』
初日から分からのわからないことの連続。
琴房の転入にはお世辞にも成功とはいえないだろう。
休み時間に入るたびに見物人が押し寄せ、繰り返すごとにその人数が増えていく。だが期待をこめて訪れた男子たちは揃って落胆、蓮との同棲の噂も加わり琴房は敵意をもった視線を二桁以上向けられた。
お昼休みに入る頃には琴房の存在は学園中にひろまっており、飢えた男子たちがこぞって琴房に敵意をむける。
昼休みを告げるチャイムと同時に居心地の悪さを感じた琴房は刀状態の絹を掴むと教室から飛び出し人気のない場所を探した。
しかし、転校初日の学園では簡単には見つからない。校内構造が全く分からない、どこにいっても落ち着けない。
「静かな場所を教えてあげようか」
「え?」
そんな琴房に声をかけたのは、デジタル情報部の腕章をした睦子だった。
「いや~ 今回のことは私にも少し責任があるからね、匿ってあげるよ」
腕にもつカメラを振りながら笑いかけてきた。
他に選択肢のない琴房は睦子のいい回しに若干の違和感を覚えたが。
『彼女は蓮さんの友人です。クラスの同じでしたよ』
この絹衣の情報が決め手になり、素直に頼ることにした。
睦子は生徒の少ない廊下を選び校舎の上へ上へと登っていく。
そして着いた場所は校舎の屋上。
ドアノブには一般生徒立ち入り禁止の札が下がっていたが、睦子は気にすることなく取り出した鍵を使い屋上に出る。
「いいのか?」
「いいのいいの、私は一般じゃない生徒だから、こっちだよ」
屋上にはプレハブ小屋が一つたっており睦子はそこに琴房を連れて行く。
「ここならめったに人はこないよ」
プレハブ小屋の入り口にはデジタル情報部という名札がついていた。
「ここが部室なのか?」
「そうだよ、ここから全校生徒に最新の情報を配信するデジタル情報部だよ。東夷くんも携帯で登録してくれたら情報を送信するからね」
プレハブ小屋の中は畳み六畳ほど、中央に長机が置かれ壁にはパソコンラックとスチール棚が並んでいた。
「適当に座って」
その前に立てかけてあったパイプ椅子を出し琴房は腰をおろした。
「ちらかっててごめんね。私は作業するから適当にくつろいでいて」
持っていたカメラをパソコンに接続すると中のデータ写しだす。部室というよりも睦子専用の作業場のように見えた。
「もしかして部員って一人」
「そうだよ、たまに刻ちゃんが暇つぶしで雑誌を読みに来るぐらい」
スチール棚には学園行事に関するものほかに街の人気スポットなどのファイルや雑誌がこれでもかと押し込まれていた。
「すごい数だな」
「部費で全部買ってるのよ、デジタル新聞の顧客は生徒だけじゃなく先生たちも何人かいるしね」
だから部員が一人でも成り立っている。いや黙認されているが正しい。
それでも一人で活動しているのはすごいなと琴房は素直に思った。
「でもたいへんだろ」
「そうたいへんなの!」
睦子はパソコンにむかって作業していたことを止め、琴房に振り返ると――
「だから協力して!!」
椅子ごと琴房につめ寄る。
「きょうりょく?」
「別に難しいことないから! 私の質問に答えてくれるだけでいいから!!」
どんどん上がっていく睦子のボルテージに琴房はついていけない。
「俺の話なんか聞いて面白いか?」
「とうぜん、それじゃまずは」
睦子の手にはいつのまにか小型のマイクが握られていた。
「刻ちゃんの家に住んでるってホント?」
「刻ちゃんてだれ?」
「とぼけない、私は本人から聞いたんだから、刻ちゃんといったら数郷刻継しかいないでしょ」
一部の人間だけで通じる名前を呼ばれても琴房は対処に困ることしかできない、睦子にしても今だ自己紹介がなく絹衣の補足情報がなければ、琴房は睦子が同じクラスであることも知らなかっただろう。
「チャッチャと答えようか」
「急な転校で、住むところがなくて」
「それで刻ちゃんの家なの、どうして、なんで?」
術者の説明無しでは睦子の中ではそれでどうして蓮の家になるのか結びつかなかい。
「家が同じ職業繋がりだから?」
ぼかした回答ではあるが、琴房自身が術者で数郷家も術者の家系なので間違ってはいない。
「なんで疑問系なの」
「あはは、なんでだろうね」
「あやしい」
睦子のメガネがキラリと光り、そのレンズの向こうには得物に狙いをさだめた猫のような瞳が光る。
「なにか隠してるよね」
「隠してなんかいないぞ」
「そう、あくまで隠すんだ。せっかく匿ってあげたのに」
「さっき、責任がどうこういってなかったか?」
「…………ああ、そういえば」
ポンと手を打ち、雰囲気がもとに戻った。
「ごめんね、東夷くんがまわりから騒がれるのってもしかしたら私が転校生を美少女って情報を流したからかも」
あはは、と笑ってごまかす睦子。
「かも、じゃなくて間違いなく睦子のせいでしょ」
琴房が聞き返すより先に部室の入り口から凛とした声が割り込んできた。
「刻ちゃん来たんだ」
「あなたがまたデマを流さないように注意しに来たのよ」
「デマじゃないよ、ちょっとお茶目な勘違いだよ」
「さっきからなんの話だ?」
二人の会話についていけない琴房が疑問の声をあげる。
「これよこれ」
蓮が棚の一つからファイルを取りだす。
「刻ちゃんもいい加減スマフォ買ったら、その辺のデータはすべてスマフォで閲覧できるよ」
「そのうちね」
スマフォの話はスルーして蓮はファイルを琴房に見せる。
「なんだこれ!?」
そこには大きく『転校生は黒髪の美少女』とタイトルがつけられ、下には絹衣の写真が掲載された新聞がおさめられていた。
「この写真のせいで琴房が男子から恨みを買ったのよ、期待した美少女が男に代わったてね」
「これは完全にあなたのせいじゃないか」
琴房の恨みの篭った視線が睦子におくる。
「えへへへ、ごめんね」
舌をぺロリとだして謝る睦子。
「ごめんってな」
「お詫びにデジタル新聞会員登録私がしといてあげるからチャラってことで、よろしくね」
文句をいう前に睦子が勢いで話を打ち切った。
「まったく、それにしても絹の写真なんていつ撮ったんだ?」
「転入手続きの時よ」
「ああ」
納得する琴房。筋肉痛で動けない琴房に変わり絹が転入手続きにきた。
「やっぱり知り合いなの、どんな関係?」
「まあパートナーみたいなものかな」
使い手と刀、大きく部類すればパートナーともいえる。
「刻ちゃんがいるのに、もう一人にも手を出してるの?」
「なんだよそれは?」
「だって刻ちゃんと同棲してるんでしょ」
「ただの居候だ」
「それホント刻ちゃん」
琴房から質問の矛先を蓮に切り替える。
蓮は琴房をチラリと見るとニヤリと笑った。
琴房はいやな予感が全身を駆け抜け、寒いわけでもないのに鳥肌がたった――
「琴房から堂々と二股宣言受けたわ」
「ちがーーう!! あれはそういうじゃなくて」
「二股宣言!? なにそれ、メチャクチャ美味しいじゃん!!」
睦子の口元にジュルリとよだれが垂れる。
「東夷くんそんな美味しいネタ独り占めしないでよ」
せまる睦子に、琴房は壁際まで追い詰められた。背中がぶつかりもうこれ以上後ろへはいけない。
銀鬼と戦ったときとは別の身の危険を感じる。
睦子は琴房に逃げられないように、入り口と琴房の間に自分の体をおいている。もはや逃げ道がないと悟った瞬間、睦子の携帯に着信を告げる曲が流れた。
「はい、情報はみんなの共有財産がモットーのデジタル情報編集部です」
体に染みついた条件反射なのだろう。流れるようなうたい文句で睦子は携帯にでている。
「ああ君か、いつも情報ありがとう、今忙しいからまた今度かけなおしてもらえないかな」
これが逃げ出す最後のチャンスと、琴房はいままで培ってきた術者の技術を使い気配をころして入り口を目指す。
「今、それどころじゃないの、エッ!? 鬼の目撃者を見つけた!!」
鬼という単語に逃げる足が止まった。
「すぐに行くからそこで待ってて!!」
入り口付近なで移動していた琴房を押しのけ睦子は部室からロケットのように飛び出していった。呼び止めようと琴房が手を伸ばした先には、もう睦子の存在は消え失せていた。
「あいかわらず睦子も落ち着きがないわね」
「ひどいぞ蓮、二股なんていったら彼女がああなるってわかっていたろ」
「ひどいのはそっちよ、同じ屋敷にいるのに私を置いてさっさと学園に行くなんて」
腕を組み、フンといいながら顔をそらす。
「…………もしかして、拗ねてるの?」
「拗ねえないわよ、少し機嫌が悪いだけよ」
そらしている蓮の顔がわずかに赤くななっている。
「それを拗ねてるって言うんじゃ」
「うるさいわよ」
『あの、お話中申し訳ありませんが』
「どうした絹」
刀から半透明の絹が浮かびあがる。
擬人化ではなく、術者だけに見える仮初の姿だ。この方がコミュニケーションは取りやすい。
『さきほど睦子さんがいっていた鬼が気になるのですが』
「ああ、睦子のとこにくる情報だからデマの可能性もあるけど」
蓮はさきほどまで睦子が作業していたパソコンの前に座り、なれた手付きで中のフォルダをあさっていく。
「勝手にいじっていいのか?」
「だてに入り浸ってないわよ、たまにデジタル新聞の編集だって手伝ってるんだから」
なんとも近代的な刀娘だ、スマフォを持たないからてっきり機械音痴だと勘違いしていた。
『パソコンも使えるなんて私と大違い、さすがは都会の刀』
変なところで関心ずる絹衣、琴房はパソコンが使えるのに携帯をもたない蓮に疑問をもつが個人の好みだろうとさして気にしなかった。
「あった、たぶんこれね」
蓮がみつけたフォルダには『都会の怪談、鬼』とひねりの無いネーミングがつけられていた。
「怪談話にはまだ次期が早い気がするけど」
その中で一枚だけ写真があったので開く、すると。
「これって」
そこには遠くピンボケしているが、銀色の巨漢が写っていた。その姿は数郷の屋敷を襲った銀鬼に酷似していた。
「睦子、いったいどこでこの写真を」
「写真の撮られた場所ってわかるか」
「ちょっと待って」
写真の近くにあるデータを片っ端から開いていく。
「どうやら投稿された写真みたいね、撮影時間は三日前の深夜」
「継承の儀の前の晩か」
「場所は五岬駅近くの公園みたいね」
五岬駅といえば、琴房が数郷家にむかうために降りた駅だ。
「屋敷のすぐそばだよな」
「ええ」
駅から屋敷まで徒歩で数分の距離だ、ということは、この写真の鬼は琴房が二刀流で倒したあの銀鬼の可能性が高い。
「解決済みの事件か」
もしも継承の儀でたたかった銀鬼と同一の存在なら、もう琴房たちが退治している。
ほっとするが、なぜか蓮は緊張した面持ちで開いたデータを読み進めていく。
「どうかしたか?」
疑問に感じた琴房が声をかけた。
「まだ解決済みじゃないわね」
蓮は体を横にずらしパソコン画面を琴房に見せる。
「見て、この投稿情報」
鬼を目撃したという情報がまとめられている。写真は最初の一枚以外は見やらたないが、鬼を見たという情報が大量にメールよせられていた。
「すごい数だな」
「日付を見て」
蓮にいわれるままに日付を確認すると――
「このメール、届いたのが昨日の夜っていうか、今日の朝じゃん!」
銀鬼を倒したのは二日前、だがそれ以降にも目撃情報が数多く寄せられていた。
「そう、それに二日前よりも昨日、今日と、目撃件数が増えてるのよ」
日付別に目撃情報をまとめてみると、明らかに増えているのがわかる。三日前に比べ昨日の目撃件数は倍近い。
「まだ他にも銀鬼がいるってことか」
あの銀鬼は人が使役しているのは間違いない、それは琴房も蓮も共通の認識だ。人が作ったものなら数体いてもおかしくない、だが目的がわからない。
「鬼を使っていったい何をしようとしているんだ?」
琴房の疑問に答えられるものはいない。
「わからないけど、人畜無害ではすまないでしょうね」
新しくメール受信したとメッセージが表示され、そのメールの内容は街の中心部で熊のような猛獣に襲われ男性が病院に運び込まれたというものだった。
とうぜんながらこの街の中心に熊などは生息していない。
導き出される答えは一つ、パソコンの電源を落とし琴房たちは部室をあとにする。
その時の琴房たちの顔は一般の学生からプロの退魔士の面構えへと切り替わっていた。