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第八話『転入は誤解から始まる』

   第八話『転入は誤解からはじまる』



 継承の儀が執り行われた晩。

琴房は昨日と同じように実家に電話をかけようとしていた。


「…………」


 電話をかけようとしていたのだが、なかなかかけることができず携帯を取り出してからすでに三十分が過ぎていた。


「琴様」

「あ、いや、なんでもなぞ」


 あわてて携帯を後ろに隠すが、取り出したところから絹衣は見てきたので何の意味もない。


「琴様、自分の信じた通りにしてください」


 絹衣には琴房がなにを迷っているのか明確に理解しているようだ。


「いいのか?」

「正直いい気はしませんが。琴様は蓮さんを助けたいと思っているのでしょ」

「助けたいなんておこがましいかな」

「思った通りに行動なさいませ、私は全力でご助力します」


 口では否定的なことをいっていたが、絹衣はとてもやさしい表情をしていた。これから琴房の取る行動に全幅の信頼と期待を抱いている。そんな感じだ。


「ありがとう」


 琴房は気持ちを切り替え決心が付いたと携帯をかけた。


「――あ、姉さん、ちょっと無茶なお願いがあるんだけど――――」




 継承の儀が行われた翌日の日曜。

 ゴールデンウィーク最終日。蓮は自分の通っている学園に絹衣とともに訪れた。

 目的は琴房の転入手続きのためである。昨日の晩、琴房は姉に電話をかけ蓮と同じ学園に転校したい願出たのだ。


 絹衣は琴房の代理。

 本来なら転入する当人の琴房がこなければならないのだが、朝目覚めた琴房は指一本動かすにも悲鳴をあげるほどの全身筋肉痛になっていた。その原因が義人刀二刀流であることは疑うまでもない。

 泣く泣く転入手続きを絹衣に頼み、琴房は屋敷でおとなしく養生している。回復は得意な木行使い、明日には動く程度には回復できているだろう。


 二人は学園の門をくぐると職員室へ、休日なので生徒は少ないが部活をやっている生徒が登校しているのでまったくの無人ではない。

 すれ違う生徒たちは並んであるく二人の美少女に振り向かずにはいられなかった。


「よく簡単に転校の話がまとまりましたね」


 琴房が転入したいと言い出したのは昨日の夜、それを蓮はたった一晩でにでだいたいの話しはまとめてしまっていた。あとは直接出向いて必要書類を貰うだけ。だから代役の絹衣でも済んでしまうのだ。


「ああ、この学園は数郷家が理事しているから」

「それで刀であるあなたも通学されているのですね」

「そう、社会勉強って名目の暇つぶしに」

「暇つぶしですか?」

「私はもう百年近く使い手がいないのよ、学校くらい通ったっていいじゃない時間だけは大量にあるんだから」

「はあ」


 暇つぶしで学校に通うなど絹衣には想像もできないようだ。


「もしかしたら、運命の相手(私の使い手)に巡り合えるかもって淡い期待もあったしね。絹ちゃんも転入もしようと思えばできるのよ」

「いえ、私は琴様の刀なので」

「それがどう関係するの?」

「学園で学ぶものなどありません」

「そっか」

「やっぱり(とき)ちゃんだ!」


 廊下の先から活発で小柄な少女が茶色く短い髪を揺らしながら走ってくる。


睦子(むつこ)

「やっほ~ 刻ちゃん」


 睦子と呼ばれた少女が蓮の前で急ブレーキをかけてとまる。勢いがつきすぎ学園指定の上履きの裏のゴムが焼け、廊下に黒い筋を二本こさえた。


「男子たちが刻ちゃんが学園に来てるって噂してたから見にきました!!」

「暇なことしてるわね」

「暇じゃないよ、れっきとした取材だから!」


 腰に手をあて小さな胸を突き出す睦子。


「絹ちゃん紹介するは、彼女は新聞部の四岳(しいたけ)睦子。この学園の噂の八割はこの子が発信源だといわれてるわ」


 蓮が絹衣に睦子を紹介する。


「紹介にあずかりました睦子で~す。それと刻ちゃん、新聞部じゃなくてデジタル情報部だってば」


 蓮に文句をいいながらも絹衣に笑顔で手を差し出す。噂について否定も肯定もしなかった。

 差し出された手を絹は恐る恐る握り返した。


「絹衣です。三条の絹衣と申します」

「よろしくね、我がデジタル情報部は学園情報をはじめ街の最新情報を配信しているから」

「それでこんなところで油売っていていいの」

「だから取材できたんだってば」

「なんの?」


 蓮にはただ駄弁っているようにしか見えなかった。


「刻ちゃんだよ、学園一の美少女が謎の美少女と二人で休日登校なんて聞けばスクープの匂いがプンプンだよ!!」


 鼻息があらくかなり興奮している。


「それで刻ちゃんは学園に何しにきたの?」

「ウィーク明けから知り合いが転入するからね、その手続きの付き添い」

「転入生」


 蓮は睦子の視線には気がついているが、あえて主語をはぶいて目的をつたえた。


「なるほど、休み明けから転入生か」


 睦子はすばやくメモを取り、ちらりと絹衣に視線を送ると――。


「それじゃ、私は部活があるから!」


 土煙を上げそうな勢いで走り去った。


「元気な人ですね」

「まあね、彼女がいるから学園生活もけっこう楽しめるのよ」

「刻ちゃんとは」

「あだ名よ、人の状態だと数郷刻継ってことになってるから」


 刻継ってよばれるよりはまだましと付け足す。


「絹ちゃんはちゃんと蓮って呼んでよ」




 ウィーク明けの月曜日。

 筋肉痛から動けるまでに回復した琴房は、満員電車に巻き込まれるのを避け朝一番で学園に向かった。転校初日で失敗しないように職員室へ挨拶にいくが早くきすぎたため担任の教師はまだきていないとのことだった。

 職員室の端に設けられている応接スペースでホームルームが始まるまで待たされる。


『黙ってきて蓮さん怒っているかもしれませんよ』

「朝が早すぎたから逆に迷惑かと思ったけど」


 刀状態の絹衣と話しながら時間を潰す。


「なあ絹、気のせいかもしれないが俺を見る教師たちの反応がおかしくないか」

『いわれてみれば、琴様をみて落胆する男性教員もいましたね』


 また一人、携帯の画面をみながら琴房の様子を見にきた若い男性教師が落胆のため息をつきながら自分の席へと戻っていく。


「何なんだいったい」


 三十分ほどして担任の若い男性教師が呼びにきた。


「それじゃ教室にいこうか」

「よろしくお願いします」


 担任の背中に続き教室へ。

 道中、担任が琴房のことを見て小さく溜息をついた。


「もらった書類の名前と性別から、男だとわかっていたが、デジ部の情報を少しでも信じた僕がバカだった」


 なにかブツブツとつぶやく担任、琴房にはなんのことだかさっぱりわからなかった。


「それじゃ、名前を呼んだら入ってきてくれ、先に言っておくが皆は悪気があるわけではない、ただ噂に惑わされただけだ」


 意味不明な言葉を受け廊下でしばし待たされる。


「どういう意味だ?」

『さぁ?』


 担任が教室に入ると男子たちの歓声が聞こえてくる。まるでアイドルのイベント会場のような歓喜の歓声。


『あの担任はかなりの人気ものなのですね』


 絹衣は関心しているが、琴房は直感で違うと感じた。それと同時に正体不明の悪寒にも襲われる。


「あ~静にしろ。お前達がなにを期待しているか検討がつくが、その期待は捨てたほうがいいぞ」


 歓声がざわめきにかわる。


「理由はすぐにわかる。入ってきてくれ」

「はい」


 呼ばれた琴房が教室に一歩踏み入れると――


「男ッ!!」

「なんでッ!?」

「ウソだろーー!!」


 歓声、ざわめきに続いて野太い男どもの悲鳴が教室中に響きわたった。


「なんで男なんだ!!」


 クラスの男子がブーイング。


「黒髪の美少女はどこにいったーー!!」


 飛び交う言葉の中で何度か黒髪の美少女いう単語が琴房に聞こえてきた。


「もしかして絹のことか?」


 自分の知るなかで黒髪の美少女に該当する絹衣の名前をつぶやくと――


「テメェが美少女を誘拐したのか!!」

「なんでそうなるんだよ!」


 つぶやきを聞いた男子から言い掛かりをつけられた。

 さらに騒がしくなる教室内。

 もっとも騒いでいるのは男子だけで女子は大人しく静観していた。その中で一人の女子が机に頬杖をつき騒ぎの中心を見つめている。


「いい気味ね」


 淡い栗色の長い髪、頬杖をついていても崩れない整った顔立ち持つお嬢様。今そのお嬢様は誰が見ても不機嫌ですオーラが背中からあふれ出していた。


「刻ちゃんなんかご機嫌斜めだね」


 お嬢様の隣に座る睦子が刺激しないように静かにたずねた。


「別に」

「別にって感じじゃないよ」

「なんでもないわよ。まったくあいつは同じ屋敷に住んでるっていうのに私を置いて先に行くなんて」


 蓮が独り言をぶつぶつと文句を垂れる。


「え! 彼、刻ちゃんと同じ家に住んでるの!!」


 睦子は蓮の小さな文句を耳ざとく拾いあげた。


「なんだとッーーー!!」


 もはや爆発といってもいい男子の叫びで窓ガラスが振動、黒板においてあるチャークまでもカタカタとゆれた。


「おい、お前らの気持ちもわかるがいい加減静にしろ!」


 見かねた担任が止めにはいる。


「東夷は危ないから、一番後ろに座ってくれ」

「危ないからってなんですか?」

「前に座ると後ろから何かが飛んでくるかもしれないぞ」


 いじめの次元を超えている、まるで暗殺のターゲットにされたような扱いであった。

 琴房はしょうがなく担任の指示通りに廊下側の一番後ろに座る。


「初日からたいへんだな~」


 席に座ると前の男子が琴房に話かけてきた。


「いったいなんなんだ」

「今日は朝から間違った噂が飛びかっててな、お前はその被害者なのかな、別の噂が広がればすぐにおさまるさ、それまでの辛抱だ」

「噂って?」

「あんまり気にするな、俺は虚屋右緒太(うろやうおた)よろしく」

「東夷琴房だ」


 右緒太に名乗ってから、琴房はクラスに転校の挨拶も自己紹介もしていないことに気がついた。


「転校生って初めに自己紹介とかするよな、ふつう」

「いきなり注目人物になったから大丈夫だろ、東夷くん」


 琴房の疑問はあっさり右緒太に切り捨てられたのであった。


「琴房でいいよ」

「そうかそれじゃ俺も右緒太でいいぜ、いろいろとたいへんだろうけどがんばれ転入生」

「いろいろ?」


 琴房の知り得ぬ所で嫉妬という醜い感情を糧に大量の敵が量産されているのであった。

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