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第七話『それって二股宣言?』

   第七話『それって二股宣言?』



「逃げないでいいのか?」

「なんで?」


 琴房の質問が疑問で返される。

 どう見てもこの場所にいるのは死亡フラグだ。今の絡み付いているツタでは銀鬼を抑えられないことは先ほど証明されてる。

 この間にも二本目のツタが引きちぎられた。


「なんでって、危ないだろ」

「あなたもでしょ、氣もほとんど使い果たして立ってるのがやっとじゃない?」


 わらっている膝を指差し、お嬢様が流し目で尋ねてくる。


「大当たりです」


 隠しようがない琴房はぶっきらぼうに答える。


「一つ聞いていい?」

「手短にお願いします」


 いつ銀鬼がツタから抜け出すかわからないのに悠長に会話などしていられない。


「琴房はどうして逃げないの?」

「逃げられなかったの!」


 初めは後ろから他の術者たちの援護に徹するつもりだったはずなのに。気がついたら琴房一人だけが追いかけられていた。

 今も走る力が残っていれば逃げたいと琴房は考えてる。


「追い詰められたから、腹くくって足掻いただけ」


 強がりなどする気はない、琴房は本音をぶちまける。


「アハハ、あなたやっぱり面白いわ」


 お腹を抱えて笑い出すお嬢様。琴房にはどこが笑いのツボだったのかまったくわからない。


「ねぇ琴房、数郷の秘宝を使ってみない」


 三本目のツタがちぎられた。


「それって蓮珠丸刻継のことか、いまさら取りに行く暇なんてないだろ――って、まさか!?」


 琴房の中でいくつものピースが繋がり一つの答えが導きだされた。

 ここにいるお嬢様はメッセになんと呼ばれていた。琴房の脳裏にお嬢様とメッセのやり取りが思い出す。


(刻継様!)

(刻継って呼ばないでっていってるでしょ)


「刻継、蓮珠丸刻継」

「あら、やっと気がついたの、案外鈍かったわね」


 悪戯が成功した子供みたいな笑み。出会って二日しかたっていないのに色々な種類の笑みを琴房に見せるお嬢様。これがどれほど珍しいことなのか今の琴房はまったく知らなかった。


「絹と同じ擬人刀なのか、まったくいい性格してるよ」

「ありがとう」


 四本目も引きちぎられる。もはや残った二本だけでは銀鬼を抑えることはできない。

 最後の五本目と六本目があと数秒ほどで破られそうだ。


「どう使ってみない?」


 巫女装束の襟を掴み少しだけ胸元を開いて見せる。お嬢様は着痩せするタイプだったようで現れた谷間はかりのボリュームがあった。

 琴房の手が吸い寄せられるようにお嬢様へと伸びるが、そこに待ったを掛ける存在が現れた。


「その必要はありません」


 ツタを破り琴房目掛け突進してくる銀鬼にさっそうと現れた黒い着物の少女が飛び蹴りを放つ。

 着物の下より見える白魚のような足から放たれた蹴りは、銀鬼の横っ面に見事にきまり銀色の巨体を吹き飛ばした。


「わ~お、絹ちゃんってだいたんね」


 お嬢様が手を叩き感嘆の声をあげる。

 銀鬼を蹴り飛ばした黒い着物少女絹衣は琴房の隣、お嬢様とは反対側に舞い降りた。


「琴様、遅くなりました」

「助かったよ絹」

「琴様これを」


 絹衣は受付に預けていた琴房のリュックを差し出す。


「ありがとう」


 琴房はお礼をいいリュックを背負う。いつもなら軽く背負えるリュックも今の状態では一苦労だた。力の入らない足がふらついてしまう。


「時間は私が稼ぎます。お早く」

「おう、頼んだぜ」


 琴房の返事を背中に受け絹衣は立ち上がった銀鬼へ、猫のような俊敏な動きで近づきかく乱する。


「立っているのがやっとなのに、そんなの背負って大丈夫なの?」

「まあ見てなって、オン」


 琴房が一言となえると、リュックの中に詰め込まれていた神樹の腐葉土に内包されていた氣が琴房の中に流れ込んでいく。


「そんなことにも使えるの」


 お嬢様の目にリュックから琴房に移動していく光がはっきりと見えていた。光は琴房の全身にいきわたり、枯渇していた氣を補充していく。


「木は土からエネルギーを吸収して成長するからな」


 攻撃力はなくてもその他の利便性は侮れない、それが木行使いの本領だ。


「どこが役立たずの欠陥なんだが、攻撃力さえ補えばさっきのバカ火行使いと比べ物にもならないじゃない」

「ありがとう、そんな風に言われたのは始めた」


 素直にお礼を言う琴房。


「体はもう平気」

「大丈夫、問題無い」

「なら何の問題もないわ、どう本気で使ってみない」

「蓮珠丸をか」

「もちろん」

「ダメです!」


 銀鬼と対峙して絹衣が反対の声をあげる。


「どうして?」

「琴様には私『玄三日月宗定(くろみかづきむねさだ)』があります。ほかの刀など必要ありません」

「今回一回だけだから大目にみてよ」


 バゴン!! と強大な音がした。


 絹衣が銀鬼の顎を蹴り上げたのだ。あおむけに倒れり銀鬼、琴房はこれで倒せるのじゃないかと一瞬考えてしまったが、銀鬼のタフさを考えればたいしたダメージもなくすぐに立ち上がりそうだ。


「琴様が使うのは私です」


 絹衣が琴房のもとに戻っていてお嬢様に抗議する。


「琴様の愛刀は私だけなんです!」

「なら琴房に選んでもらいましょう」


 一瞬の視線による鍔迫り合いの後。


「どっちなんですか?」

「どっちを選ぶ?」


 少女二人が琴房にむきなおりズズっと迫る。


 余りの迫力に後ろへ下がりそうになったが、両腕をつかまれ下がれない琴房。決断をしない限りこの場は打開できないだろう。なら――琴房は答えをだした。


「なら二人同時に使わせてもらう」


 琴房はどちらか一人ではなく、二人を使うと宣言した。今は戦闘中なのだ悩んでいる暇はない。

 お嬢様は驚き瞳をパチクリさせながら琴房を見る。


「……それって二股宣言?」

「ちがう!!」

「面白い提案だけど、あなたの細腕で二刀流なんてできるの」


 琴房の否定の声は完全にスルーするお嬢様。


「我が主をなめないでいただきたい、琴様がやると言えば必ずやり遂げます」


 あまり納得はしていなそうな絹衣だが、琴房の決定には逆らわない。


「俺の腕は二本だけじゃない」


 琴房はリュックのファスナーを開き、中の腐葉土に種を二つ植える。


怨・青・林・樹・腕オン・セイ・リン・ジュ・ワン 守護たる神よ 御神の木に宿りて 悪鬼羅刹を調伏せん 木行五節の言霊のもと 林立(りんりつ)せよ『護神二毛作(ごしんにもうさく)仁王剛腕(におうごうわん)』」


 琴房の描いた五芒星が青く輝き種を植えたリュックから芽が発芽、またたく間に成長し太い腕となり顕現した。

 木製の腕は琴房の腕の三倍近くの太さがあり、見た目通りの威力をはっきすれば二本の刀も余裕で使いこなせる。


「これなら二刀流もできるだろ」

「たしかに、やっぱり琴房は面白いわ」


 絹衣にたおされた銀鬼がゆっくりと起き上がる。予想通りたいしたダメージは通っていない。この銀鬼を倒すには生半可な攻撃ではだめだ。


「いっくぜ!」


 琴房の掛け声に少女二人が反応する。


「東夷の名のもと命ず、娘よ刃となれ儀神刀」


 少女たちは同時に呪文を唱える。


「我は金の加護を授けしもの我が名は『霊刀蓮珠丸刻継』」


「我は水の怨嗟を払いしもの我が名は『妖刀玄三日月宗定』」


 黄色と瑠璃色の光に包まれ二人の少女がそれぞれ刀に姿を変える。

 一刀は昨日浄化で使った黒い刀身を持つ玄三日月宗定、妖気を孕んだ妖艶な輝きを持つ妖刀。

 もう一刀は霊刀蓮珠丸。玄三日月の黒い刀身とは逆に、太陽の光を反射させ白銀に輝くそれは琴房が今まで見てきたどの刀よりも美しかった。


 その二振りの刀を仁王の腕が掴み上げ琴房自身の腕はいつでも術が放てるように刀印を作る。木行使いならではの裏ワザであった。


 銀鬼が鉤爪をふりあげ飛び上がる。

 会場に現れたとき、櫓を壊した一撃だ。おそらく銀鬼の最大の攻撃なのだろう。

 生身では絶対に防げない一撃を琴房は二刀を交差させて真正面から受け止めた。


 ガキン!!


 まるで金属どうしをぶつけ合ったような音。


 普通なら避けるしかない強靭な一撃を琴房は感覚で受け止められると判断した。

 二刀を持ったときに流れ込んできた強大な力は琴房を中心に混ざり合い、体を支配していた銀鬼に対する恐怖感を拭い去り、やけくそではない対抗できる気構えをくれたのだ。


 銀鬼もその力を感じ取ったのだろういままで一番の咆哮をあげた。

 大地まで震わし鼓膜に痛みさえも与える凄まじい雄叫び、取り巻きに見ていた術者たちを震え上がらせる。だが正面からうけた琴房には風が頬をなでた程度にしか思えなかった。


 二本の刀から発する氣は使い手を守るように包み込む、そして、使い手だけに聞こえる声で話しかけてきた。


『琴様、刃を交えてはっきりとしました。あの銀鬼は全身が鋼以上の強度です』

『ぜったい自然に生まれたモノじゃないわね』


 自然界に鋼以上の固さで動ける生物など存在しない。人為的に作られたとみて間違いないだろう。


『継承の儀を狙われるなんて、蓮珠丸(わたし)がどっかで恨みでもかったのかな?』

『守護霊刀が恨まれるんですか!?』


 妖刀であるがために人々からの怨念を受けてきた絹にとって、対称的な立場の守護の霊刀が恨まれているなんて話は信じられないものだった。


『数郷家もこの地のトップをもう数百年も続けてるからね、野心のある者たちからは嫌われていても無理ないんじゃない』


 トップで居続けられた一番の理由が蓮珠丸の存在。蓮珠丸さえなくなれば下剋上も可能となる。


「詮索よりも今は銀鬼に集中しよう」

『そうね』


 仁王の腕を動かし銀鬼の鉤爪を受け流す。


「全力で行くぞ、絹、(れん)!」


『はい!』

『蓮ってなに?』


 いきなり聞きなれない名前で呼ばれた蓮珠丸が疑問の声をあげる。


「あだなだよ、蓮珠丸っていうのも長いし、刻継って名前も嫌いなんだろ」


 蓮珠丸だから蓮。単純な発想であった。

 襲いくる鉤爪を琴房は、今度は避けることなく二刀を使い跳ね上げるように打ち返しす。


『蓮か、響きが気に入ったわ』

「そうか」

『きます!』


 絹衣の警告。

 仁王の腕の力を借り、二本の義人刀を自在に操る琴房。先ほどまで逃げることしかできなかった銀鬼にたして互角以上に渡り合い、会話する余裕までみせる。


「たりゃあああああーーーー!」


 大振りの鉤爪を受け流し、大きな隙ができたところに渾身の力で二刀を叩き込んだ。

 地面を削りながら吹き飛ぶ銀鬼。


「一気に決める」

『派手に行きましょ』

『御意!』

「銀鬼、魂の篭った二刀の一撃を受けてみろよ」


 琴房は銀鬼に向かって駆ける。


「即決技・仁王――」


 琴房と銀鬼が交差する。

 二つの閃光が十字に走り、動かなくなった銀鬼の身体が崩れ十文字に切り裂かれた。


「――二連閃光斬」

『…………なに、その仁王なんたらって』

「技名だよ、そくせきで考えた」

『そ、そうなんだ……』


 得意げにかたる琴房に蓮はコメントを控えた。

 刀娘たちは人の姿に戻り、琴房は術を解いて腕を消すとリュックを降ろした。


「ふ~」


 腹の中にあった空気を全て吐き出しその場に座り込む。義人刀を使った反動だろか全身の力が抜けていき肺が大量の酸素を求め出す。

 だが気持ちのいい疲労感でもあった。


「何とかなったな」

「あたりまえよ。天下の霊剣蓮珠丸を使ったのよ、鬼一匹簡単に倒してもらわないと」

「そうです。琴様はもう少し自分の力に自信をもってください」

「自分の力って、俺は二人の力を借りただけで個人の力なんてなにもないぞ」


「…………は~(×2)」


 二人の少女がそろってため息をついた。


「わかってないわね~」

「ええまったくです」


 いつのまにか仲良くなっている刀娘たちは大きなため息をついた。


「なんだよ」


 琴房が困惑していると、卯遁歩が手を叩きながらやってきた。


「見事、あの鋼鉄の身体をもつ鬼を一太刀で屠るとは、いや二刀流だから一太刀とはいわんか」

「卯遁歩、継承の儀はどうなるの?」

「延期するほかあるまい」


 銀鬼にメチャメチャにされた会場、バラバラに逃げ出した参加者たちの中にはもう屋敷の外まで逃げた連中も多いだろう。


「私はこのまま彼が主でもいい気がするけど」

「む」


 蓮の発言に絹衣が白い頬をぷくっと膨らませ、むっとした顔をする。


「わしもそれでもいいとは思うのじゃが、ここまでメチャクチャになってしまっては参加した多くの術者やその系列組織が納得しないだろ」


 逃げることしかできなかった術者たちに文句なんかいわれたくないというのが蓮の本音であろうが、人間関係や組織のつながりを考えるとちゃんとした形で継承の儀を終わらせないと数郷家の信用問題に発展するおそれがある。


 代表をつとめる蓮には説明されなくてもわかること、世間には疎い自覚がある琴房にも何となくだが理解できた。


「そうね」


 蓮の表情が一瞬だけ雲る。


「至急に次の吉日を探さねばならん、刻継様、わしの部屋にお越しください」

「ええ、すぐにいくは」

「東夷の術者、このたびの件、解決に尽力してくださったことに感謝する」


 卯遁歩は琴房に軽く会釈すると屋敷の中へ戻っていった。


「琴房」


 蓮が琴房に振り返る。その時には先ほどの悲しい顔が見間違えと思うほどの笑顔になっていた。


「私を使ってくれてありがとう」

「え? ああ」

「ここまで私を使いこなしてくれた人は始めてよ」

「そうなのか」

「ええ、いままでの使い手にろくな奴がいなかったからね……あなたが主になればよかった」


 蓮の後半の言葉は小さくて琴房には聞き取ることができなかった。だが、最後に見せた悲しそうな蓮の表情が琴房の心の深い場所に刻み付けられた。

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