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第六話『銀鬼』

   第六話『銀鬼』



「どうだい、ボクの炎の味は」


 櫓の残骸に燃え移り、鬼のいた位置を中心に炎の山ができあがる。


「人の屋敷で思いっきりやってくれるわね」


 炎の山を見てお嬢様が愚痴る。

 鬼に襲われたから、しょうがないかもしれないが、燃やしている本人に一欠片も申し訳ないという罪悪感が無いのは問題だろう。


「刻継様ご無事ですか!?」


 銀鬼が炎に包まれ安堵感が広がると、広場の反対側からメッセが息を切らせながら走ってきた。


「刻継様!!」

「刻継って呼ばないでって言ってるでしょ」

「申し訳ありませんお嬢様。よかったご無事で――ウワッ!」


 近くまできたメッセが、琴房の術で柔らかくなっている地面に気付かず足をとらわれ顔面から芝生にダイブした。


「なにやってるのよメッセ」

「この術、案外トラップに使えるかもな」


 転ぶメッセを見て自分の術に別の使い方ができるのではないかとひらめく琴房。


「それいいかも、改良しれば落とし穴の擬装にも使えるんじゃない」


 お嬢様も琴房の考えに乗ってくる。


「おお、それもいいな」

「ぬぬぬ」


 メッセが肩を震わせ立ち上がる。


「この幼稚なトラップは貴様の仕業か!」

「トラップじゃなくて、ただの敷物の変わりの術なんだが」

「いいわけするな――」

「そんなことより、アレは一体どういうこと?」


 琴房に掴みかかろうとするメッセをお嬢様が遮り睨みつける。アレとは当然結界を破ってきた銀鬼のことだ、継承の義のため、今日は普段以上に警戒は厳重にされていたはず。


「申しわけありませんお嬢様」


 姿勢を正して謝罪。


「屋敷に張られた結界は正常に機能していましたが、薄紙のごとく突破され、そのまま一直線にこの広場へ」

「この広場は昨日浄化したばかり。異形の者が目的もなく飛び込んでくるなんて考えられないわ」


 浄化した場所は異形の者などにとって虫でたとえるなら殺虫剤を蒔かれた場所のようなもの、好き好んで入ってくるわけなど無い。


「明確な意思があるってことね」


 ゆっくりと小さくなっていく炎の山。


「メッセ」

「ハッ」


 軍隊の上官と部下のような受け答え、メッセは背筋を伸ばし直立不動。


「数郷の術者で取り囲み、殲滅しなさい」

「かしこまりました」

「殲滅って、あの火行の術威力はけっこうあったぞ」


 攻撃力のない木行使いの琴房からすれば羨ましいほどの破壊力。


「アレぐらいでカタがつく相手なら、ウチの結界は破れない」

「つまり、戦いはこれからだ、みたいな」

「そうなるわね」


 この場にいる術者のなかでお嬢様だけが銀鬼の実力を明確に測れたようだ。琴房はそのお嬢様の判断に従い炎の山へと歩き出す。


「どうしたの」


 その行動に疑問を感じたお嬢様が尋ねる。


「乗りかかった船だしサポートぐらいはできるからな、ちょっと手伝ってくるよ」

「メッセたちの邪魔はしないでよ」

「わかってる」




 櫓の破片を焼きつくし燃えるものがなくなっていくと、炎の山はどんどん小さくなっていく。このまま消える。そう思われた瞬間、残った炎が鬼の形をとり立ち上がった。


 いや、正確には炎をまとった銀鬼が立ち上がったのだ。


「ヴァワワワワーーーー!」


 咆哮一つでまとわり付いていた炎を消し飛す。


「そんなバカな!」


 驚愕の表情を浮かべるのは虚屋。


「ボクは最強で無敵の火行使いだぞ」


 目の前でおきた現象を信じられないと叫ぶ、確かに五行の中で火行がもっとも攻撃力は高いが決して無敵などではない。


「怨・赤・炎・輪・発 五節火行の言霊により光臨せよ『二乗の火焔』」


 虚屋から放たれた炎の槍を、銀鬼はその腕の一振りで弾く。

 炎の槍ははじけ火の粉となり取り囲んでいた数郷家の者に降り注ぐ。


「仕事増やすなよ」


 琴房はすばやく刀印で五芒星をきる。


「怨・青・林・根・壁 五節木行の言霊により変生せよ『蒼き垣根』」


 降りかかる火の粉の前に地面から伸びた極太で青白い根っこが即席の壁を作った。

 根っこの壁は火の粉をかぶり炎上するが、取り囲んでいた者たちが逃げる時間を稼ぐことはできた。


 だが一度動き出した銀鬼は止まらない。

 近くにいる者らに襲いかかる。

 腕が振るわれるたびに数郷や儀式に参加していた術者たちが吹き飛ばされる。


「怨・青・林・根・縛 ヘデラの子よ異形を縛す蔦となれ、五節木行の言霊のもと変生せよ『蒼き雪姫』」


 地面から噴出すように現れた数十本の白いツタが鬼に一斉にからみつく。


「今のうちに逃げろ」


 琴房がまわりにいる術者に呼びかけるが――


「貴様、この術は木行か、木行使いの分際でボクに指図するな!」


 逃げるどころか虚屋は琴房に絡んできた。火行使いとしてのプライドが弱い木行使いに助けられることに我慢ができないらしい。


「いいから逃げる!!」

「最弱の木行使いが偉そうに!!」

「あんたの言うとおり木行はすぐに破られるから、早く行ってくれ」


 話している間にも銀鬼にからみついているツタが次々に引きちぎられていく。


「くそ!」


 琴房は氣をさらに送りこみツタを再生させる。

 成長と再生は木行の得意分野であるが、再生速度よりも銀鬼がツタを引きちぎる速度の方が速い。


「ここは数郷が対策をとるまで時間を稼ぐしかない」

「その必要はない、今度こそボクの術で!!」


 虚屋が三度同じ火行の術の詠唱をはじめる。


「ちょっと待て!!」

「うるさい黙ってろ!」


 放たれる炎の槍。


「足止めに使ってるのは木行なんだぞ!!」


 琴房の叫び、木が炎に弱いのは誰だって知っている。

 炎の槍がツタにおおわれている銀鬼に直撃その炎でからまっていたツタが焼き切れる。

 ツタから解放された銀鬼が炎を放った虚屋を襲い鍵爪で吹き飛ばす。虚屋の身体バレーボールように飛び地面に叩き付けられた。


「ガハッ」


 苦痛の声をもらしうずくまる。その虚屋へ止めを刺すように追撃をかけようとする銀鬼。


「こなくそ!」


 琴房は刀印を地面に突き刺し、先ほどメッセがかってに転んだ『緑の下木』を無詠唱で発動させた。トラップになりそうだというアイディアを早速実践したのだ。

 狙いは成功、急にやわらかくなった地面にバランスを崩し顔面から地面にダイブする銀鬼。


「かかれ!」


 ここぞとばかりに、駆けつけてきたメッセの指示で数郷家のものたちが鎖を使い銀鬼をがんじがらめにしていく。


「手を緩めるな、ありったけの鎖を使うんだ!」


 鎖には捕縛ようの術が編み込まれているようで、緑色の呪光を纏っていた。それが幾重にも巻きつき鎖の繭を生成する。


「ふう」


 琴房は膝から力が抜けその場に座り込む。

 連続で術を使い、さらに無詠唱で無理をした反動がきていた。フルマラソンを走り終わったあとのように膝がわらっている。


「この術は本当にトラップに使えるな」


 メッセがころんだことで思いついた使用法。


「見た目は普通の地面と変らないのが凶悪です」


 男たちに指示を終えたメッセが琴房のもとにやってきた。


「不本意ですが助けられたことには礼をいいます」


 銀の鎖の繭、ツタと違い重く強そうで破られるイメージがわいてこない。


「さすが鉄の鎖、ツタとちがってちぎれない」

「当たり前です。でもその分重くて準備に時間をとってしまいました。あなたが時間を稼いでくれたおかげです」

「適材適所ってことで」


 素早い琴房が時間を稼ぎ、準備に時間のかかる捕縛道具をもったメッセたちが後から来る。即席の連携としては上手くいった。


「そうだ、虚屋は?」

「心配なく、彼は数郷作の最高級鎖帷子を着込んでいたようです」

「そうか、よかった」


 落ち着いたところでまわりに気を配る余裕がうまれ、吹き飛ばされた虚屋状態も聞けて一安心の琴房。そしてジャラジャラとなっていた鎖の音が完全に止まった。


「力尽きたようですね」


 確認のためメッセが鎖の繭へと近づこうとしたとき、琴房の感が警鐘を鳴らした。


「まだ終わってない!」


 緊張を解きかけていたメッセたちに叫ぶ。

 一度止まった鎖の繭が再び動き出したのだ。

 繭の中からバリバリと骨を砕くような音が聞こえ、繭がどんどんと小さくなっていく。


「まさか、鎖を食っているのか」


 薄なった繭の隙間から見える銀色の鋭い牙。

「いけない、下がるのです」


 メッセが取り囲んでいる者たちに指示をだす。


「間にあわない!」


 もはや銀鬼を縛ってした鎖のその役割を果たせないくらいボロボロだった。


「逃げろ!」


 残る鎖をそばのように飲み込んで自由を取り戻す銀鬼。

 琴房は刀印を地面に刺し、今一度『緑の下木』で足止めしようとしたが――簡単に飛び越えられてしまった。

 即席のトラップは二度目は通用しなかった。


「意外とあたまいいな」

「感心している場合ですか!」


 緊急事態でも琴房にツッコミをいれるメッセ。


「完全にこっちを睨んでるな」


 銀鬼は鋭い眼光を琴房だけに叩きつけていた。


「あの術は相当腹が立ちますから、恨まれるのは当然でしょう」


 銀鬼が怒りの形相で琴房めざし一直線に襲い掛かってきた。


「植物の多いの場所は!?」

「東だ!」


 琴房はメッセの指さした方向に全力で走り出す。

 銀鬼はほかの者には目もくれず琴房だけを追いかける。人間の足で人外の怪物に勝てるわけもなく差がみるみる縮まっていく。

 走る先には松の木が立ち並ぶ庭園。木行を使う琴房にとって植物が多い方が術の威力も大きくなくる。


「よし」


 刀印を作り松に木行の術をかけあやつろうとしたが――できなかった。


「――こなくそ」


 琴房は腰に力を入れ、全速力で走りながら体の向きを無理やりかえた。足を捻らなかったのは奇跡に近いかもしれない。

 なぜ方向を変えたのかそれは、走りこもうとした松の庭園には、継承の儀に参加した術者たちが多く逃げ込んでいたのだ、そこに術をかければ隠れている術者たちを巻き込んでしまう。


「どうして術者名乗る連中が隠れてるんだよ!」


 悪態をつきながら逃げる場所を探すが、方向を変えるために速度が落ちてしまい、追いつかれてしまった。

 銀鬼は琴房の影を踏み、真上から振り下ろされる鉤爪はクマとは比べ物のならないほど大きく鋭い。

 横っ飛びでギリギリ交わすが、それで足は完全に止まってしまった。


 琴房の息はあがり心臓がもう限界だと訴える。

 もう一度背中を見せて走り出せば今度こそ爪の餌食になってしまうだろう。もはや逃げ道はない。

 諦めるしかないかと琴房は自分に問いかける。だが答えは――


「否」

 諦める気はない。


「逃げ道がないから覚悟を決める。それだけだ」


 迫りくる銀色の脅威。


「追い詰められた木行使いをなめるなよ」


 琴房は右手を高々と掲げ太陽を指さす。


「どんなことがあろうと、木々は太陽を目指すことを諦めない!」


 振り下ろされる鈎爪。

 琴房は半歩横に動くだけの最小の動作で交わす。追い詰められたからこそ恐怖が通り越して冷静に対処できた。


「くらえ!!」


 銀鬼の横に回りこみ、学ランの袖から取り出したワリバシを銀鬼の目に付きたてた。


「どうだ」


 当然だが取り出したワリバシは木行の術でナイフ並の硬度と鋭さはもっていた。

 銀鬼は片目を抑え叫ぶ。


「モノは使いようってね」


 口では強がってみせるが、今のワリバシでの攻撃が情けないが琴房にとって唯一の攻撃方法であった。


「なけなしの力だ、怨――」


 五芒星を切り残った氣を全てこめて『蒼き雪姫』を使う地面から六本のツタが伸び銀鬼に絡みつく。


「つくづく木行は攻撃力ないな~」


 両ひざに手をつき倒れ込みそうになるのを必死でこらえる。


「残った武器がこれだけってのは、こころもとないよな」


 学ラン姿でワリバシを構える琴房はとても術者には見えない。

 だがそれでも彼はこの現場でもっとも勇敢に戦った術者であることには替りない、そんな術者に一人の女神が勝利を呼び込むためにやってきた。


「私が見込んだ通り琴房は最高だよ」


 緊迫した場面に似合わない弾んだ声。


「なにか面白いことでもあったか?」

「ええとっても」


 満面の笑みの巫女でありお嬢様な数郷刻継が神秘的な雰囲気を纏い現れた。

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