第五話『儀式への介入者』
第五話『儀式への介入者』
集まる視線をものともせず櫓へと上がった卯遁歩は術者たちを見下ろす。
いよいよ継承の儀がはじまると術者たちに緊張が走り、いつしかざわめきがやんでいた。
「我が数郷家の秘宝『守護霊刀蓮珠丸』継承の儀に参加する者たちよ」
卯遁歩の声が腹に響くほどの大音量で術者たちに降りかかる。
「これから諸君たちを振るいにかけ、ただ一人の継承者を選ぶ。その者は連珠丸の担い手になると同時に五行大家の一行をになう数郷の末席として向かいいれることを約束しよう」
会場に集まった者たちが割れんばかりの歓声をあげる。
「やっぱり数郷は名門なんだ」
数郷家に入る。それだけで術者にとってかなりのステータスなのはこの反応だけでもよくわかる。それをしらなかった琴房の方が少数派なのだ。
「それでは継承の儀を開始する」
卯遁歩は赤い鞘に収まった一振りの刀を取り出す。
「これを見よ」
赤い鞘から刃を抜き放ち高々と持ち上げた。
太陽の光を反射させるその刃は神聖な白い光を放っていた。
刃の輝きに息をのむ術者たち。
「すごい力を感じる」
普段から強力な妖刀絹衣を持ち歩いている琴房も思わず見とれてしまった。
しかし、琴房には僅かな違和感がした。
「すごい、さすが『蓮珠丸刻継』ボクが持つにふさわしい歴史と品格を感じさせる。まさに秘宝だ」
いつのまにか復活していた虚屋がすでに刀を手に入れた気になっている。
虚屋の言うとおり刀の格はそうとうなモノだろう、だが普段から長い歴史を刻んだ絹衣と共にいる琴房には、卯遁歩の持つ刀からは積み重ねた歴史を感じることができなかった。
「この刀を欲しいものは手に取るがよい」
櫓の中央に刀を刺す。
「最初に抜いた者にくれてやる」
櫓から降りる卯遁歩とお嬢様。
そこには突き刺さった刀が一本残るのみ。
「…………」
一瞬の沈黙の後。
「うおおおぉぉぉぉぉぉーーー!」
会場が爆発した。
術者たちの体から発せられた氣が会場中を駆け巡る。
我先にと櫓を目指し術で互いに牽制しあい、突然の乱闘戦、バトルロワイヤルが始まった。
大地が割れ、蒸気が噴出し、炎が走る!
きのう浄化した清き広場は、たった一日で戦場へと姿をかえた。
爆発が起こり人が空を飛ぶ。
「なるほど、だからあんなに大きな救護テントが必要だったのか」
動けなくなった術者たちを数郷家の黒服たちが救護テントに運び込んでいくのを、乱闘開始直後に避難した琴房は冷静に観察していた。
「ははは、ボクの邪魔をするからこうなるうだ」
虚屋の手から炎が噴き出し――爆発! また人が空を飛ぶ、いや、飛ばされる。
「これは、死人が出るんじゃないか」
きりもみしながら地面に落ちてくる術者たち。
「これは反則っぽいから使いたくなかったけど」
琴房はすばやく刀印作り。
「怨・青・林・根・幹」
五つの言霊に合わせ青き五芒星を描く。
「新緑に根をはりしものよ絡み合い下木となれ 木行『緑の下木』」
地面に両手つき全力で氣を流し込む。
広場の芝が揺れ、編み重なるように倒れ即席の草のクッションを作った。落ちてくる術者その草のクッションに衝撃を吸収される。
「ふ~」
一息つく琴房はその場に座り込んだ。
「昨日の儀式で俺の氣を流し込んでなかったらとても間に合わなかったな」
昨日おこなった浄化作業で、この会場一体の植物には琴房の氣が練り込まれており簡単な術なら一瞬で発動することができる。
「これって反則だよな絶対」
琴房は儀式が始まる前から、自分の術がかかりやすいように仕込んでいたのと同じことだ。狙ってやったわけではないが、そうなってしまっている。
「これから使わなければ問題ないわ、それよりもずいぶん暇なことしているわね」
一休みしている琴房の元へお嬢様がやってきた。
「まあね」
隣まできて隣に腰をおろす巫女様。
「あら、いいすわり心地ね」
やわらかく弾力のある芝生はまるで高級牛革のソファーに座っているような弾力だった。
「木行使いの得意分野だしな」
「へ~、どこが役立たずなのかわからないわね」
「戦闘力が低いのは事実だ」
のんびりとした二人の会話。
天気のいいし、このまま昼寝をするのも悪くないだろう――目の前が戦場でなければ。
戦いはいつの間にか、虚屋VS術者全員に移行していた。
刀に近づく者に容赦なく炎を浴びせる虚屋。
虚屋が刀に近づこうとすると、術者たちが数を頼りに止めにかかる。
「あの火行使いって強かったのね」
「同じ街にいて本当にしらなかったのか」
「私、箱入り娘だから」
「そうですかい」
投げやりな返事しかできない琴房。
「それより、あなたは参加しないの?」
「一応参加してるつもりだけど」
「とてもそうは見えないけど、どこが参加してるのかな?」
お嬢様は試すような物言いをした。
「あの刀『蓮珠丸』じゃないよな、だから本物の場所がわかるまで待機してるの」
「よくわかったわね、本物そっくりなはずだけど」
「本物そっくりって、やっぱり別物じゃないか」
「そっか偽物じゃなくて別物か、そっか、そっか、私が見込んだ通り琴房は刀を見る目があるよ」
巫女様は楽しそうにクスクスと笑う。
「あれはまだ若い刀なんだろ、何百年も力をためたらすごそうだけどな」
「そこまで判るの?」
「普段から絹を持ってるから、なんとなく」
「なるほど。ちょっと、いえ、かなり絹ちゃんがうらやましいと思ったわ」
「なんで?」
「それは――」
巫女様が何かを言いかけた時、ガラスをひっかいたような甲高い音が会場に響き、二人の会話も広場の戦闘も強制的に中断させられた。
「屋敷の結界が作動してる」
巫女様は目をつぶると神経を集中させ――
「――オン!」
三百六十度、全方位に氣を放った。
琴房の目にははっきりと円状に広がっていく強大な氣が見えた。
「方角は北東、櫓の反対側の結界に強力な力がかかってる」
「わかるのか」
「私、金行を使えるから、屋敷のまわりに使われている結界具の反応を知ることができるの」
今まで術を行使する姿を見たことがなかったが、今の動作でお嬢様の内に秘められた大きな力を琴房は垣間見た。
遠くでかすかにガラスの割れるような音がする。
「やぶられた、何かがこっちにむかってくる」
その情報を信じるなら櫓のむこうから現れるはず。
「あれは!」
櫓の後ろに銀色の大きな物体が見えた。
ものすごいスピードで櫓に迫ってくる。
「銀色の鬼」
鋼のような光沢の肌を持つ銀色の鬼。
広場に入る直前で大地を蹴り跳躍し術者たちの上に大きな影を作り出す。
そこでやっと術者たちも鬼の存在に気がつく、飛んだ鬼は重力に引かれ、銀色の弾丸となり落下する。迫る銀色の恐怖に術者たちは目的を忘れて逃げ出した。
弾丸は争いの中心であった櫓に直撃、耐えられるわけもなく櫓は爆発するように壊された。
破片が飛び散り、砂塵が舞う。
破片と一緒に飛ばされた刀が虚屋の前に落ちた。
「おお、やはりボクを選んだのだね『蓮珠丸』」
虚屋はためらいなく刀を拾う。
「強大な力を秘めた呪具は、意思を宿すという。その意思がボクを選んだに間違いんなぁ~い」
連珠丸と思い込んでいる刀を高々と掲げた。
「自分で主を選べるなら苦労しないわよ」
虚屋の言葉にお嬢様が苦々しく言葉をこぼす。
そのこぼれた言葉を聴けたのは、隣にいた琴房だけ。そしてその言葉は琴房の中に深く寂しさを訴えるものだった。
「さしずめこの鬼を斬り、正統な後継者であることを示せとのことだろう」
「違う、それは違う!」
今度は呟きではなく叫ぶ巫女のお嬢様。
「その鬼は儀式に関係ない、その刀が別物と気が付くかどうかが儀式の問題なのよ!」
だがそれは虚屋には聞こえていない。
「銀色の鬼だから銀鬼か、連珠丸の切れ味をためしてみようか」
銀色の鬼に見たまんまの銀鬼と名づけポーズを決める。
「本当に人の話を聞かないヤツだな」
櫓を壊した鬼は二メートルは軽くこえる巨体。
虚屋はそれに臆することなく口上をあげる。
銀色の鬼、銀鬼はそんな虚屋を見つめ動こうとはしなかった。
「いくぞ醜き者よ、ボクの渾身の一太刀を食らうがいい!」
大上段に構えた刀を渾身の力で振りおろすが、鈍い金属音を鳴らし弾かれた。
「バ、バカな~~!」
驚愕に染まる虚屋。
「なぜだ、なぜ伝説とまで謳われた蓮珠丸がきかない」
「だから、それは別物っていってるでしょ」
そこでやっとお嬢様の声が虚屋に届いた。
「偽物なのか!? よくもこのボクにこんなモノを」
駄々をこね、刀を鬼へ投げつけた。
ガキ~~ンと、再び鈍い金属音がする。
その音が合図だったように、櫓を壊してからじっとしていた鬼が動きだす。爪先までまんべんなく銀色の腕が振り上げられた。
「なんだい、このボクと勝負しようっていうのかい」
虚屋の両手が赤く光ると炎が現れた。
「怨」
先ほどから他の術者に向けて放たれていた紅蓮の炎。
「赤・炎・輪・発・二乗の火焔よ鏃となり敵を穿て」
両手の炎が重なり一つの火の槍になる。
「五節火行の言霊により光臨せよ『二乗の火焔』」
二つの火走りが螺旋を描き絡み合い一つの槍となる。槍は一直線に飛び銀鬼の胸板に突き刺さり爆発した。