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第三話『結界と言えば四神でしょ』

   第三話『結界と言えば四神でしょ』



 案内された場所は、屋敷のうらにひろがる広大な庭であった。サッカーの試合ができるほどの広さがあり、一面に芝が敷きつめられている。

 その庭で数十人からなる黒服の男たちが明日の儀式で使うであろう(やぐら)を組み立てていた。

 こちらの存在に気がついた黒服たちは作業を中断させ、お嬢さまの前に整列する。


「ごくろうさま」


 ねぎらいの声をかけるお嬢さま、威厳のある卯遁歩を従え、黒服たちを整列させる様は術者集団というよりもジャパニーズマフィアなどを連想させられる。

 メッセが一歩前に進み出ると男たちに指示を飛ばす。


「これから外来の術者である東夷殿が、この場を浄化してくださるそうだ。作業中で悪が一時この場をあけてもらいたい」


 メッセが外来の部分を強調して黒服たちの注目を琴房に集めさせる。


「それでは東夷殿、よろしくお願いいたします」


 できるものならやってみろ、とメッセは間違いなく考えているだろう。つたない施術だったら黒服たちと一緒に琴房のことを笑いものにでもするのだろう。


「はい確かに承りました」


 琴房ではなく絹衣が返事をした。琴房がバカにされたことがそうとう頭にきているようす。琴房に目にもの見せてやってくださいと無言でプレッシャーをかけてくる。


「あ、ははは」


 乾いた笑いをしながら庭の中心へ。お嬢さまや卯遁歩、黒服たち庭にいるすべての者たちの意識が琴房に集中する。


「琴様」

「でも、やるしかないか」


 この街に到着してはじめてリュックサックを背中から下ろした。


「あ~ 体がかるくなった」


 腕をまわして首をほぐす。


「さあ、はじめるか」


 遣り辛かろうが、仕事で呼ばれた以上全力をつくすが術者としての琴房のモットー。集まる視線を意識の外へ、やるべきことへと集中していく。

 置いたリュックの口を開くとなかには大量の土が詰まっていた。絹衣はその土を一にぎり、庭の東西南北、四隅に小さな砂山をこさえ琴房が置かれた砂土に植物の種を植えていく。


「すごい力が内包された土ね」

「おそらく神樹の腐葉土でしょう。霊気の強い神樹からとれる腐葉土はそれだけで強力な呪具になります。あの膨れあがったリュックの中は全て土だったようですね」


 置かれる砂が普通じゃないと感じるお嬢様の疑問にメッセが答える。二人の会話は集中している琴房の耳には届いていなかった。四隅に総て種を植え終えると中央へもどり学ランの襟をただす。


「気合いれていくぞ!」

「はい」


 神経を最大集中。


 見守っているお嬢様たちも口を閉じる。

 風が揺らす芝の音だけがかすかに聞こえる。


 琴房は拳をにぎり、そこから人差し指と中指を合わせて伸ばし刀印(とういん)を作る。刀印とは術者が術を唱えるときなど、空中に即席の陣を描くときにもちいる手の形である。


(オン)(セイ)(ビャク)(セキ)(ゲン)

 琴房は刀印を動かす。指の先から青い光を放ち、五つの言葉にあわせ青い五芒星を自分の前に描いた。

 絹衣も刀印を作り。


「トン」


 東側の土を指さす。


「東を駆ける青龍」


 絹衣が指さす方角に琴房の呪言が後をおいかける。すると東の土が青く光りだした。


「ナン」

「南に舞う朱雀」


 南の土も東の土に続き、今度は赤く光りだした。


「シャア」

「西で吼える白虎」


 西の土も白く光りだし。


「ペイ」

「北に住いし玄武」


 北の土は黒い光をはなった。


「今この時この場所の理を入れ替えこの地を浄化する。四神を模した土くれよ、この時だけは、汝は龍にして虎、翼と甲羅をもつ四方を司る神なり、汝は四神、この場所においては最強の四神、我が念、我が言葉に従い、世界の理を入れ変えよ」


 四色の光りは琴房の呪言葉に反応、その光りをまぶしい輝きにかえ、土くれより緑の芽をだし天に向かって伸びる四本の木へと変化した。


「四神結界発動、この地の穢れよ一点に集え」


 庭の草がゆれ中心にいる琴房に吸い寄せられるようになびく、地面からうっすらとした黒い蒸気が立ちのぼり、琴房のかかげる刀印の先へと集まっていく。


 その光景を庭の隅で見ていたお嬢さまは、隣りにいるメッセに説明を求めた。


「あれはなにをしているの?」

「四神結界です。一般にも風水などで有名な青龍、白虎、朱雀、玄武の四神を擬似的に作りだしこの場を清めているのかと」

「すごいの?」

「四神結界じたいは、習得も難しくなく使える者も多いのですが、ここまで広範囲にひける四神結界はわたくしもはじめてです」


 術者に四方で囲む有名な結界は何かと聞けば十人が十人とも四神結界とこたえるだろうほどポピュラーなもの、だが、だからこそ四神結界は術者の実力を測るうえで明確な目安にもできる。

 少なからず術者たちを見てきたメッセが悔しそうに四神結界は琴房が一番だと認め唇をかみしめた。


「さすがわ一芸の東夷といったところか」


 熟練の卯遁歩までが感心する。


「一芸の東夷?」

「一つの分野に特化した汎用性のない術者集団『東夷』のことです」


 メッセが皮肉交じりの説明をしている間に、浄化作業は大詰めを迎えた。

 結界により集められた穢れがサッカーボールくらいの黒い塊にまで縮められる。


「絹衣」


 琴房が絹衣に手を差しだす。


「御意」


 絹衣の赤い帯がほどけ漆黒の着物が舞い上がる。

 黒真珠のような光沢のある髪が揺れ、白く美しいうなじをのぞかせた。


「我は水の怨嗟を払いしもの『玄三日月宗定(くろみかづきむねさだ)』」


 舞い上がる着物隙間から見えるのは絹衣の白い身体。琴房はためらうことなく着物の中に自身の腕を差し込む。


「あぁ」


 絹衣は頬を赤く染め甘い言葉が漏れる。

 着物の中より青い光があふれだし、琴房は光の中より黒い刀身をもつ日本刀を引き抜いた。


 鞘に収まっていない抜き身の刀。


 黒い刀身は庭から発した穢れなどとは比べものにならない妖気を放っている。脇に控えていた黒服たちの間にどよめきがおきた。

 鳥肌がたち、全身から汗が噴き出す。

 刀身を見ているだけで魂が吸い取られるような恐怖が襲う。


「あれは、紛れもなく妖刀宗定、あそこまで禍々しい氣を発するとは、人間に使いこなせるものじゃない」


 刀鍛冶筆頭である卯遁歩が声を上げた。美しくも禍々しい刀身を食い入るように見つめている。


 その人間に使えるはずのない妖刀を琴房は平然と上段に構える。


「小さき翳れよ、大いなる玄に飲み込まれよ」


 妖刀を振り下ろし集まっていた穢れを切り伏せる。

 斬られた穢れはちりじりになり溶けるように消滅していった。


「刀身浄化」


 禍々しい気を放つ刀身に指をあて埃を払うように走らせると、いままで怖いほど発していた妖刀の気が消えさり、庭に清浄な気配満ち溢れる。

 まるでこの庭が最上級に神殿に匹敵するほどの清らかさで包まれた。


「浄化作業終了しました」

「…………」


 誰からも返事が返ってこない。


「あの、浄化終わりましたけど」

「……ご、ごくろうだった」


 浄化完了の報告をする琴房。依頼主である卯遁歩が取ってつけたような労いの言葉をかけた。


「すごかったわ、やっぱり私の見込み通り一流の術者だったじゃない」


 お嬢様も気を取り戻し自分のことのようにメッセに自慢をする。


「そうですね」


 メッセの今の術にケチを付けるほど目は曇っていなかった。


「どうですお嬢様あれほどの妖刀を使う者、明日の儀式に参加させてみては」

「初めからそれが狙いだったわね」

「なんのことですかな」

「まあ、今回はいいっか」


 妖刀の事を最初から知っていた卯遁歩のとぼけた態度も、提案された内容には惹かれるモノがあったようで咎めることなくスルーした。


「正気ですか卯遁歩様、彼は一発芸の東夷。結界術が一流なのは認めますが、しょせんは木行使いです。つまり木行以外はからっきしダメなはず。術者退魔士として一番重要な戦闘力が皆無という欠陥術者ですよ」


 ちなみに一発芸ではなく一芸の東夷である。


「メッセ、セリフが説明くさいわよ」

「説明してますから」

「琴様は欠陥などではありません!!」


 いまにもメッセに掴みかかかろうとする絹衣を琴房が羽交い絞めに抑える。さすがに罵声を浴びせられたとしても依頼主側を攻撃するわけにはいかない。

 さきほどの禍々しい妖気を放っていた絹衣の怒りに周囲にいた黒服たちがわずかにおびえているように見えた。だがそんなことは絹衣にとっては関係無い、主ある琴房が優秀であることを証明するのがなによりも大事なのだ。


「でしたら、明日の継承の儀式に参加して一流だと証明してはどうです」

「望むところです」


 卯遁歩の提案に側頭する絹衣。

 目にもの見せてあげてくださいと、期待のこもった絹衣の眼差しに琴房は断るという選択肢を選ぶことはできなかった。

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