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第二十二話『蓮の解放』

   第二十二話『蓮の解放』



「右緒太、左奈江、木行使いを斬り刻めよ!!」


 大地を蹴り襲いくる兄妹。

 真っ向から迎え撃つ琴房。

 リュックがなくなり身軽になった琴房は自分からも斬撃を繰り出した。


 交差する五つの剣閃、響く金属音。

 妖気で身体強化した相手に琴房は己が剣技のみで対抗する。そこに術はなく、長い時間を共に過ごした絹衣との信頼から生まれる連携だけが存在した。


 木行しか使えない半端者。

 半端者だからこそ鍛えた剣の腕。

 絹衣を使いこなすと約束したから磨いた剣技。

 そして互いを思い合う信頼。

 背後から迫る見えない斬撃も絹衣が感知して弾く。


 刃を目とし体を刀に預ける。頼るのではなく互いに支え合う。まさに剣人一体(けんじんいったい)どんな達人でもできないことを琴房はやってのけた。

 絹衣の黒い剣閃が四神刀を圧倒する。


「何をもたもたしている」


 しびれを切らした辰朔も加わり一対三に。

 刀の数ならば一対五の差はある。だが、それでも優劣はかわらない。

 琴房の操る黒き刀は、五本の刀を翻弄した。


「バカな多勢に無勢でなぜ勝てない」

「魂の数では俺たちが勝っている。こっちは二つ、そっちは一つ」


 魂の数。琴房と絹衣に対して虚屋サイドは抜け殻のような仲間しかいない、意思をもって動いているのは辰朔一人、ゆえに一つ。


「単純な算数だ」

「こっちにも義人刀がある!!」

オン(・・)なじにするなよ、お前は蓮と心を通わしてはいない、セイ(・・)いをもって接していない」

「道具に誠意など必要ない」

リン(・・)とした蓮にはシン(・・)の通っていない虚屋はまったく釣り合いがとれていないカン(・・)じだな、だから俺に勝てないんだよ」


 オン・セイ・リン・シン・カン。術に必要な五文字が揃う。五芒星は絹衣を使い斬撃で地面に描いていた。


「言わせておけば!!」


 以前の決闘でも同じ方法を使ったのだが、逆上した辰朔が兄妹と共に向かってくる。気づかれた気配は全くない。琴房からの挑発は虚屋にとって相当な屈辱を感じるようだ。

 単純にまっすぐ琴房にむかって。


「変生せよ『緑の下木』」


 地面を柔軟な根が覆いクッションのように柔らかくする。本来の用途はレジャーシートなどの変わりだが、メッセが転び、銀鬼との戦いで罠にも使えると実証された術。

 辰朔はもちろん、判断能力を失っている兄妹も三人はまとめて見事に転んでくれた。

 辰朔などは顔面から埋まるように地面に突っ込んだ。本当なら浄化の術を発動させたかった琴房だが、さすがに三人も相手にしは簡単な術しか仕込めなかった。

 それでもやりようはある。


「四神結界だけが浄化じゃない」


 琴房は絹衣を八相に構える。


「絹衣」

『妖気を放出します』


 絹衣が内包されている妖気を最大限にまで高め刀身に集めた。


「行くぞ!!」


 琴房が横一文字に玄三日月を振るう。狙いは辰朔の後ろにいる兄妹、黒い刀が青い軌跡を描き二人の体のなかに巣食っていた妖気だけを斬る。


「巨大な妖気もって小の妖気を斬る。名づけて『邪妖気斬り(じゃようきぎり)』」


 毒を持って毒を制するのと同じ原理だ。

 絹依の妖気の前では兄妹が汚染されていた妖気など窓のついた結露の雫ように簡単にぬぐい去ることができる。琴房と絹依のコンビだからこそできる裏技だ。

 妖気から解放された二人はその場に崩れ落ちた。下がクッションになっているのでケガの心配もない。


「モクギョウッ!!」


 がなり声で叫びながら起き上がった辰朔が琴房の首を狙って斬りかかる。

 剣筋も雑で絹依を持つ琴房なら簡単に弾くことのできる斬撃であった。

 しかし――。


『琴様!!』


 絹依が悲鳴をあげた。

 あろうことか琴房は迫る刃を受けるでも弾くでもなく、首を傾けどうぞ斬ってくださいと言わんばかりに差し出したのだ。


「もらった!!」


 辰朔は躊躇なく蓮珠丸を琴房の首目掛けて振り下ろす。だが――。


「無駄だよ」


 蓮珠丸の刃は琴房の首、薄皮一枚のところで停止した。


「何故だ!?」


 斬撃を繰り出した辰朔が信じられないと驚愕の表情になっていた。いくら力を込めようとも、刃がこれ以上先に進まないのだ。


「簡単なことだ、蓮は人を傷つけない。守護霊刀だぞ」


 人々を守るために作られた守護の刀が人を傷つけられるわけがない、メッセも言っていた蓮が必死で抵抗していると。


『買い被りすぎよ琴房、何人かは傷つけてしまったわ』


 小さくだがはっきりと聞こえた蓮の声。

 この数日、ずっとそばで聞いていた声なのに、琴房はとても懐かしく感じてしまった。


「待たさせかな」

『そんなことない、信じてくれてありがとう』

「当たり前だろ」

「動け蓮珠丸、お前はボクの物なんだぞ!!」


 辰朔は蓮を上段に振りかぶり全力で斬撃を繰り出そうとしたが。


「ゴフッ」

「お前に蓮を持つ資格はない」


 それよりも先に、琴房の拳が辰朔の顔面に叩き込まれた、にぶい悲鳴をあげた辰朔は蓮を放して後方へ吹き飛ぶ。

 持ち手がいなくなった蓮は重力に従い地面に刺さった。


「遅くなってごめんな蓮」


 琴房は蓮珠丸の姿の蓮に手を伸ばす。しかし柄をつかもうとした瞬間、稲妻が走り弾かれた。

 継承者の契約の力が琴房が触ることに反発したのだ。


 だが刀身の曇りや予想よりも弱い反発に、琴房は蓮と辰朔の契約が不完全なモノだと確信した。理由はわからないが絹衣との契約とは違い、蓮と辰朔のつながりがひどく歪に感じられる。


 もう一度手を伸ばす。また稲妻がほとばしり琴房の手を焼くが今度は引くことはなかった。


「なめるな、こんな不純契約に負けるかッ!」


 不純契約など蓮にとっては呪いに等しい、そして呪いの浄化は木行使いのもっとも得意とする分野だ。


「オオオオラッー!!」


 気合と根性で琴房の右腕は稲妻の守りを突き破り、傷だらけになりながらも、しっかりと蓮珠丸の柄を握りしめた。


「オン!!」


 自身の持てる限り氣を蓮珠丸に流し込む。

 曇った刀身は輝きを取り戻し、辰作の契約(のろい)を浄化した。


「蓮、これで自由の身だ」


 琴房は地面より蓮珠丸を引き抜く。輝きを取り戻した蓮珠丸は金色の光を放ち巫女装束の少女へと姿を変えた。

 栗色の髪をなびかせ琴房の前に舞い降りる。


「琴房、久しぶり」

「昨日一緒に出掛けたばかりだろ」

「そうだったかしら」


 疲れた表情ではあるものの蓮の顔は笑顔であった。


「よくがんばったな」

「どうぜんよ」

「くっそくそくそくそ、くそ木行ッ!!」


 殴られた顔を抑えながら立ちあがる辰朔が火行の術の詠唱をはじめた。

 二人の世界を作っていた琴房と蓮には不意打ちの形となったのだが、以前に攫われた経験を持つ絹依は辰朔への警戒を緩めてはいなかった。


「二度も不意打ちはくらいません」


 人の姿に戻った絹衣が辰朔の後ろに回り込み、首に手刀をあて意識を刈り取った。


「琴様」

「わかった」


 絹衣が何を要求しているのか理解した琴房は、蔦を操る術を使い辰朔たち三人を動けないように縛り付けた。その間に絹衣は念の為に四本の四神刀を拾い集める。

 抜き身のままだと危ないので、そちらも琴房が木の根を操り即席の鞘を作り、持ち運びできるように蔦で一括りにした。


「ふ~、後は屋敷の火をどうにかすれば終わりだな」


 今の今まで屋敷が燃えていることを意識していなかった琴房。蓮を助けること以外は考えていなかったのだ。目的を達して辺りを意識してみれば結構な勢いで屋敷が燃えている。

 屋敷は結界で外と完全に隔離されているので消防車が駆けつけてくれることはない。


「絹衣」

「了解しました」


 木行使いの琴房にとって消火活動は苦手な分野だが、玄三日月である絹依は水行を使うことができる。妖気混じりであるが、それは後から琴房が浄化すればすむ問題だ。数郷の屋敷が焼け野原になるよりはずっとましだろう。


「屋敷の中には人はいるのか」

「まがりなりにも術者の屋敷よ、そのあたりは心配ないわ、皆うまく逃げたと思う。メッセも頑張って誘導してくれてたし」

「メッセなら門で合った、怪我はしていたが命に関わるものじゃなかったよ」

「よかった。それなら問題ないわ、あの子が人を残して外に出るわけないから」


 蓮至上主義であるメッセが蓮の悲しむことをするわずがない、屋敷の火災で人が巻き込まれるのは守護霊刀である蓮がもっとも嫌うところ、おそらく足におっていた火傷は誰かを助けた時に負ったものだろう。


「琴房、絹ちゃんよろしくね」


 屋敷の燃え方を確認して、まずは一番激しい鍛冶場から消火を始めることにした。

 刀に戻った絹依を振りかぶる。


「水を召喚するぞ」

「せっかくいいところで、窯に火を弱めないでもらいたい」


 誰もいないと思われた鍛冶場から威厳のある男性の声が聞こえてきた。


「卯遁歩!?」


 燃えさかる鍛冶場から現れたのは琴房も知る人物、数郷家筆頭鍛冶師の羅河卯遁歩であった。白い鍛冶装束がすすで黒く染まっていたが卯遁歩本人には火災によるケガは見受けられない。


「逃げなかったのか?」

「鍛冶師が打ちかけの刀を放り出して逃げられるわけがあるまい」


 すごいプロ根性にも思えるが、燃えさかり崩れかけた場所で作業するのは異常としか言えない。


「それに、もうすぐ史上最強の刀が打ちあがるのだ」

「最強の刀」


 琴房が以前に聞いた卯遁歩の夢。

 義人刀をも超える最強の刀を作り出すこと。


「あと少し、あと少しなのだ」


 卯遁歩が鍛冶場へと引きかえす。


「待ちなさい卯遁歩!!」


 蓮が止めようとするが、それは銀色の影によって阻まれた。


「蓮さがれ」

「銀鬼!?」


 琴房が蓮を抱きかかえ後ろへ飛ぶ。

 見間違うはずもなく、そこには銀鬼がいた。

 それも一匹だけではない、屋敷の塀を乗りこえ次々に現れる。

 鍛冶場の炎の勢いも強くなり、支柱が折れて崩れ落ちてしまった。


「卯遁歩!!」


 中にはまだ卯遁歩がいたはず、銀鬼に阻まれて琴房たちは助けに行くことができない。状況から助かる可能性は絶望的であった。

 銀鬼たちはジリジリと琴房たちを囲むように動く。数はさらに増え十を超えたあたりで数える余裕もなくなった。


「琴房お願いがあるんだけど」


 一瞬でも隙を見せれば襲われる。

 それがかわった上でのお願い。


「なんだ」

「私と契約を交わして」

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