第二話『擬人刀』
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第二話『擬人刀』
「ここが数郷の屋敷よ」
雨に濡れた髪の毛が乾ききる前に目的地に到着した。巨大な木製に門とその奥に鎮座する武家屋敷であった。
「さぁ、いくわよ」
「あ、ちょっと」
止める間もなく、開かれている門を平然とくぐりスタスタと中に入っていく女王様。まるで道場破りに来たようだ。
「なにしているの早く」
いらだちをかもし出しながら琴房を促す。琴房の仕事の話を聞いてからイライラしている様子で、この屋敷に到着するまで一言も口をひらくことはなかった。
これ以上ご機嫌を損ねるのはまずいと背中のリュックを担ぎなおすし、急いであとに続く。
「すげ~な」
門をくぐった先は別世界、雨に濡れ鋼色の光沢を放つ瓦にそれを支える太い柱、手入れの行き届いた庭に枯山水。ここまで歩いてきたビルが立ち並ぶ街や琴房の田舎の村とも違う、京都のお寺のような隔離された和の世界が広がっていた。
「お嬢様、お帰りなさいませ、学園に行かれたのではなかったのですか?」
琴房が屋敷のすごさに足をとめていると、屋敷の中から金髪で割烹着姿の女性が出迎えにきた。
「急用ができたから引きかえしてきたの」
その急用こそがいらだちの原因なのだろう。だが琴房にはそれ以上に気になることができてしまった。
「あの、お嬢様って?」
「そういえば自己紹介していなかったわね」
長い栗色の髪をゆらし琴房に向き直る。
「私は数郷刻継、一応この屋敷の代表をしているわ、こっちは世話係の九谷井メッセ」
「代表!?」
驚くしかない。
この街にきて最初に会話人物が依頼先の代表だとは思いもしなかった。遅れながら姿勢をただし琴房は数郷刻継に一礼をする。
「こちらこそ申し遅れました。このたび会場浄化の依頼を受けた東夷琴房といいます。よろしくお願いします。数郷刻――」
「――刻継っていわないでね。けっこうその名前好きじゃないから」
言葉をさえぎりニッコリと笑う数郷のお嬢様。
「承知しました数郷様」
汗をかきながら琴房はうなずく。
「よろしい、とこれでメッセ」
「はい」
背筋を伸ばしアゴを引きメッセは一瞬で完璧な直立不動態勢。上官の命令には絶対厳守、鍛え抜かれた軍人のようだ。
メッセも帰ってきてからお嬢様が機嫌が悪いことに当然気がついている。
「外部の術者に浄化の依頼をしたなんて話、私は一切聞いていないのだけど」
お嬢様の口から術者という単語がこぼれた。
『数郷様は術者のことを知っていたようですね』
琴房は言葉ではなく頷くことで絹衣に返事をかえす。
「わたくしもはじめて聞く話です」
「メッセも知らないの」
この返答にはお嬢様は意外そうな顔をした。メッセなら総て知っていると思っていたようだ。
「じゃ、いったい誰が」
「ワシが外部に依頼しました」
屋敷から着物に袴の初老の男性が現れた。
白い髪と髭に着物の上からでもわかるガッシリとした体つきは、戦国の武将をほうふつとさせる。
「東夷の者、よくきてくださった。ワシは数郷家筆頭鍛冶師の羅河卯遁歩だ」
「東夷の琴房です」
あらためての自己紹介。貫禄ある人物に萎縮しないように琴房はがんばる。初めての大仕事絶対に失敗しないよう。
だが、目の前の武将よりも鋭い気配、背後から棘が突き刺すような怒気を孕んだ気配が湧き上がった。その発信源は確認するまでもないだろう。
「卯遁歩、説明してくれる・か・し・ら」
武将すらも呼び捨てにするお嬢様。
言葉の最後は一語ずつとても強く発音された。
「会場の浄化って、明日の儀式のことよね、儀式に関ることで私に隠しごとなんていい度胸してるじゃない!」
枯山水が波打つかと思うほどの怒気。
御家の問題のようで、外来の琴房は意味がまったくわからず完全に取り残されてしまった。
『琴様、がんばってくだい』
「お、おう、がんばる」
『それにしても、数郷様の怒りは相当ですね』
「それだけ明日の儀式が大事だってことだろ」
絹衣の声は術者であってもめったに聞かれることの無いので普通に琴房を励ます。だがメッセには絹衣の声が聞こえていないのだ。彼女の眼には刀に独り言を放す変な奴と写っただろう。
「なに独り言をいっている。これ以上お嬢様を刺激しないように大人しくしていろ」
がんばろうとした矢先、小声でメッセに叱られてしまった。
「そこ、うるさいわよ」
「申し訳ありません」
姿勢をただし謝るメッセ、視線だけはお前のせいだと琴房のことを睨んでいる。
「それで、外来に依頼したこと説明してくれるんでしょうね」
「もちろんです」
卯遁歩はお嬢様の怒気をうけても動じる様子はなく、飄々とした態度で説明をはじめた。
「最近街の空気がよどんでいるのを感じまして」
「私はなにも感じなかったけど」
「年寄りの感といいますか、気のせいならよいのですが、不足の事態に備える上でも当家には浄化の専門家はいないので外部に依頼したわけです」
「それだけ?」
「はい、それだけです」
「ちょっとまってください。卯遁歩様はそれだけの理由で外部の術者を呼んだんですか?」
いままで琴房の隣りで成り行きを見守っていたメッセが卯遁歩にくってかかった。お嬢様の前に割り込み卯遁歩にせまる。
「卯遁歩様とて、明日がお嬢様にとってどれだけ大事な儀式かおわかりのはず」
「ああ、しっているだから呼んだのだ」
メッセ、卯遁歩共に明日の儀式はとても大事にしているようだが、見解の相違があるようだ。
「お嬢様の気持ちも考えてあげてください、明日の継承の儀はお嬢様にとって一生を左右するほどのもの。それをどこの馬の骨ともわからない三流術者に頼むなんて!」
『馬の骨!!』
琴房を指さすメッセ。
その言葉に今度は琴房に握られている絹衣が怒った。刀袋の中から抜いてもいないのにカチカチと鍔鳴りの音がする。
「絹衣おさえてくれ、お前まででてきたら収拾がつかなくなる」
『…………』
黙ってはくれたが、長い付き合いの琴房には絹衣の怒りが収まっていないことは容易に想像ができてしまう。
琴房はこれ以上事態が悪い方向に向かないよう祈ることしかできなかった。
「ちょっとメッセ、あなたなにか勘違いしていない」
「勘違い、でうすか?」
「そう、私は別に琴房に会場の浄化をしてもらう分には一向にかまわないわ」
いきなりの呼び捨てではあるが、それはバカにした雰囲気は一切なく、どこか琴房を認めると言っているように聞こえる。
「え? そうなの」
祈りを捧げていた琴房が間抜けな声を出してしまった。てっきり外来である琴房に依頼したことがお嬢様の怒りの原因だと思っていたから。
「それならなぜ、お怒りに?」
卯遁歩は疑問を素直にたずねた。
卯遁歩も琴房同様お嬢様の怒りは、外部に浄化を依頼したのが原因と考えていたに違いない。
「さっきメッセもいっていたけど、明日は私の一生を左右するかもしれない儀式なの、どんな些細なことでも知らずにいるのが我慢できないのよ」
「そうでしたか、それは申し訳ないことをしました」
ふかぶかと頭をさげる卯遁歩。
「もう隠し事はないわね」
「はい」
「…………ならいいわ、彼を会場に案内して浄化をはじめましょうか」
どこかまだ怪しんでいる様子のお嬢様だが、それ以上の追及はしなかった。
「待ってください、わたくしは反対です。浄化ならわたくしどもだけで外部の三流に頼らずとも――」
「――ストップ」
お嬢様がメッセの暴言を止める。
「それ以上言ったら斬られるわよ。ごめんなさいメッセはちょっと視野が狭いだけで悪気はないのよ」
後半の謝罪は琴房ではなく、琴房の持つ刀袋へと向けられていた。
「琴房、あなたは三流などではなく一流なのでしょ」
確信をもった力強いお言葉。
「え!? いや、その」
「あなたは一流、私はそう確信したわ」
真正面から向けられる曇りなき賞賛の言葉に、いわれた琴房のほうが動転した。
「ねぇ、あなたもそう思うでしょ」
再び刀袋に語りかける。
「やはり、私の事を察していましたか」
「ええ」
「その様子では声も聞こえていたのですね」
刀袋の中より、絹衣の声がメッセたちにも聞こえる音となって響いた。ここでようやく琴房は先ほどの違和感に気がついた。お嬢様は絹衣の言葉にも反応して会話に参加していたのだ。あまりにも自然だったのでまったく気がつかなかった。
「琴様」
「ああ」
琴房は刀袋の紐をとき一本の刀を取り出す。刀は青く光り、その光りは次第に少女へと形を変え、黒い着物に赤い帯を纏った和風の美しい少女、絹衣が地面に降り立った。
「主、東夷琴房に仕える妖刀玄三日月にございます」
「まさか、義人刀なのか」
メッセは両目をむいて驚いた。
義人刀。強い力を持ち、意思に目覚め人の形へと変化できる刀や剣の名称。千年以上の剣作りの歴史をもつ日本においても義人刀は数本しか確認されていない希少な存在。ましてやその使い手などさらに少なくなる。
「擬人刀の使い手を前に三流なんていったら、擬人刀の使い手をだせない数郷家は三流以下ってことになるわよ」
「グッ」
悔しそうに奥歯を噛締めるメッセだが言い返すことができない。
「話はまとまったようだな。会場はこっちだ」
逆に卯遁歩は絹衣の姿を見ても動揺することなく袴をひるがえし歩きだした。
「卯遁歩は驚かないのね」
「これでも刀鍛冶師の端くれ、妖刀の使い手が誕生したという情報は仕入れておりました」
「それが浄化の依頼に琴房を選んだ理由」
「その通りです」