第十二話『数郷の生み出した呪具』
第十二話『数郷の生み出した呪具』
時は少し巻き戻る。
琴房は右緒太の案内で校舎裏へくると。
「まちかねたぞ木行使い」
継承の儀であった虚屋辰朔が腕を組みとても偉そうに待っていた。脇には右緒太の妹の左奈江が控えている。
「右緒太、これはいったい?」
琴房は状況に思考が追い付かず隣りにいる右緒太に説明をもとめた。
「琴房、俺の名字おぼえてるか?」
「右緒太の名字は虚屋だろ……虚屋!!」
目の前にいる火行使いも虚屋。虚屋なんて珍しい名前がそうそういるわけがない。
「あんがい鈍かったな、坊ちゃんにお前を連れてこいって頼まれてね、運良くあえてよかったよ」
坊ちゃん? どのような関係なのだろうか。
琴房は虚屋辰朔のことをキレイさっぱり忘れていたので右緒太の名字にも特に気になったりはしていなかったのだ。
「もしかして、親戚かなにか?」
「ああ、俺たちは分家、辰朔坊ちゃまは本家の跡継ぎだ」
「右緒太、年上にむかって坊ちゃんやめろ」
辰朔が注意をする。確かに年下からお坊ちゃんなんて呼ばれたらさすがに恥ずかしい。
「その跡継ぎが俺に用事でも」
継承の儀に関して蓮を狙うライバルになるのだろうが、呼び出される理由にはならないと琴房は考える。
「用事か、用事は継承の儀でボクを助けたことだ」
「ああ、助けたことは別に気にしなくてもいいぞ」
偉そうではあるがお礼でも述べるために呼び出したのだろうか。
「辰朔坊ちゃま、『助けた』ではなく『よけいな手出し』です」
「そうだった、継承の儀でボクをよけいな手出ししたことだ」
左奈江に注意され言いなすが、文法がおかしい。
「ええっと、右緒太?」
意味がわからず琴房は右緒太に通訳をもとめる。
「簡単に説明するとだな、辰朔坊ちゃまは虚屋本家で木行使いに助けられたことを怒られてな、その八つ当たりにきたと」
「違うぞ!! その木行使いにボクの方が上だということを証明にきたんだ」
「つまり、ここで俺をボコって助けられた事実をなかったことにしたと」
「そんなところだな」
「違う、そうじゃない!!」
両手足をジタバタさせる辰朔。
「ボクは木行使いを倒して、実力を証明してみせる。右緒太、左奈江」
「しょうがないな」
「かしこまりました」
名前を呼ばれた二人が動く。
琴房を挟んだ位置に移動して、地面に金色の杭を打ち込んだ。
「隔離結界発動」
左奈江の言霊に杭が反応、琴房を中心に外界から隔離する結界を展開した。
「数郷製の結界具だ。これで術を行使しても外にばれる心配はない」
強度もそうとうなようで、並みの術では破ることができないだろう。攻撃力の弱い木行使いは閉じ込められたら自力での脱出はあきらめるしかないほどに。
「いきなりの急展開すぎて話についていけないんだが、結局どうするの」
おおよその予測はつくが、一応訪ねてみた。
「決まっている決闘だ」
無詠唱で火行を行使、火柱が琴房にのびる。
「うわ」
のけぞりギリギリのところで交わす。
火柱は鼻先をかすめ後方へ。
「あっちー!」
右緒太に命中、火だるまになった。
「兄さん遊んでないでしっかりしてください、焼きますよ」
燃え盛る兄を心配するでもなくキツイ言葉をなげかける。
「もう燃えとるわ!!」
炎の中から平然と右緒太が出てくる。制服に焦げ目はついているが右緒太自身は焼けた形跡はない。
「お前も術者だったのか」
「虚屋は火行使いの家柄なんだよ」
「いろいろ混じった東夷とは大違いだ」
「プライドもない一発芸の東夷と一緒にするな」
辰朔から火柱が放たれる。
「一発芸じゃなくて一芸の東夷な」
今度は予想できた攻撃だったの余裕をもって交わす。
「休ませるな、奴は背中から太い腕をはやすぞ」
「それがお前の一発芸か」
右緒太が期待にこめた視線をおくり、ついでとばかりに火柱を放つ。
「一芸だ!」
「うるさいです変態芸人」
左奈江も火柱を放ち、三方向からの攻撃となる。
一方向からなら避けてからの反撃も可能だが、三つともなると交わすのがやっと、詠唱をしている暇もない。もっとも『仁王金剛』は腐葉土の詰まったリュックがないと使えないので辰朔の警戒は無意味なのだ。
「こなくそ」
琴房にとって唯一の救いは地面が土で雑草がはえていること。この場所なら琴房にも詠唱を省いて術が発動できる。
「オン」
雑草の一本を引きぬき力を流し込むと、雑草の根が伸びて固まり細いナイフとなる。名前をつけるなら雑草小太刀。
しかし武器をもったところで火行使いと木行使いでは相性が悪い、勝負を決めに仕掛けた時、一瞬で決めなければ、丸焼きにされる。
だが琴房の攻撃力でこの三人を一瞬で倒すなど不可能、したがって残る選択手段は――
「燃えろ、木行使い!」
――他のすべてを無視して大将である辰朔をしとめる。
辰朔の有利であるがため驕り、そこに付け入るしかこの状況を突破する方法はない。
琴房は辰朔が放った火柱に自ら飛び込んだ。
「熱くねー!」
無詠唱で低威力の術、一発くらいなら根性でがまんできるとの判断。
学ランが焼け髪がこげるが耐え抜き火柱を突破、辰朔の懐にもぐり込み。
「セイヤ!!」
全力で雑草小太刀を辰朔の腹に打ち込む。刃は作ってないので切れることはないが、木刀並みの衝撃はある。人間一人倒すには十分な威力だ。
「ぐはー」
十分な威力のはずだった、だが辰朔は苦痛の声をだすだけだった。
辰朔が倒れることはなく、雑草小太刀の方がバラバラに砕けちった。琴房の手には固い金属を殴ったような手応えが残っている。
「残念でしたね、変態芸人」
琴房の横に左奈江が現れた瞬間、わき腹に蹴りを叩きこまれ結界のはじまで飛ばされる。
「おしかったな木行使い、ボクはいつも鎖帷子を着込んでいるのさ。それも数郷特性の軽量版、制服の下に着てもめだたないほど薄いのに頑丈なのがうりらしい」
「数郷の鎖帷子」
「数郷は道具作りがメイン、新作ができると虚屋が実践テストするのさ」
「実践テストは妖相手にしてくれよ」
痛む脇腹を押さえながら、琴房は気づかれないように少しずつ足で五亡星を描いていく。
「あんな物騒な妖刀を持っている君は半分妖ってことでいいじゃないか」
むちゃくちゃな理論。
「絹への暴言は取り消せ」
「取り消す理由が見当たらないな~」
「そこいらの妖刀なんかとオンナジにするな、彼女はセイソでリンとした姿はとってもきれいで、コンテイは優しい少女なんだ。バクハツ野郎にさげすまれる言われない」
「爆発野郎だと、木行使いの分際でボクをバカにするか」
怒りに震える辰朔は無詠唱をやめ詠唱をはじめる。だが――
「――遅い!!」
琴房はすでに詠唱が終わっていた。
「変生せよ『蒼き雪姫』」
地面に描いた五亡星に刀印を突き刺す。
「詠唱術だと!?」
白い蔦が結界内を覆い尽くす。
銀鬼の動きを止める時にも使った術。『怨・青・林・根・縛』の五文字の呪語と法陣である五亡星をもって発動する術。
辰朔たちが驚いている間に白い蔦は三人を絡め取った。
三人が驚くのも無理はないだろう。琴房は会話の中に術の詠唱を隠すという離れ技をやってのけたのだ。
動きは封じた。炎で雪姫が焼かれる前に意識を刈り取りこの場を逃げる。これが琴房のたてた作戦だった。しかし――
「左奈江」
「かしこまりました」
術も使っていないのに、左奈江に巻き付いていた雪姫が燃え上がった。
「ウソだろ」
無詠唱では考えられない火力を生み出したのは、左奈江が隠しもっていた武器であった。
左奈江の手には炎に照らされ赤く輝く刀が握られていた。
「どこにそんな刀を」
「服の下ですが、見せろなんて言わないでください変態芸人」
「言ってないからな」
刀一閃、辰朔と右緒太に絡みついていた蔦も刀から伸びた炎の一振りで切り裂かれた。
「よくやった左奈江」
「ありがとうございます」
辰朔お坊ちゃまの礼にお辞儀でかえす左奈江。
「この刀は数郷の筆頭鍛冶師卯遁歩老が鍛え上げた四神の朱雀を模した刀」
聞いてもいなのに説明をする辰朔。
「蓮珠丸にはかなわないが、火行の術を増幅する効果がある。火行使いには最高の刀だよ」
「なんで最強の刀を自分で使わないんだ」
もっともな疑問。辰朔の性格を知っている人物なら誰でもそう思うだろう。
「力が強すぎて坊ちゃまは使いこなせなかったんだ」
「右緒太は黙ってろ」
つまり辰朔より左奈江の方が実力が上。
「行け左奈江、この目障りな白蔦を焼き払え」
「かしこまりました」
左奈江の一振りで地面に炎の道ができる。道は縦横無尽に駆け回り、琴房が呼び出した残りの雪姫を焼き尽くしていく。
「こんなもの風呂の薪にしか使えんな」
「へ~お坊ちゃんの家ではまだ薪で風呂なんだ、田舎の俺の家と同じだ」
「ボクの屋敷は最新の風呂だ! 左奈江、全力で行け」
火の道が琴房に迫る。
結界をも揺らす強力な一撃。
僅かに残った雪姫はすべて防御にまわすが耐えるのがやっとだった。
雪姫はすべて灰となり琴房は膝をつく。
「炎が木を燃やす、単純な自然現象さ」
「坊ちゃま、まさか殺しまではしないよな」
やり過ぎな坊ちゃまと妹の行動に心配になた右緒太が確認をとる。
「まさか、継承に儀が終わるまで病院に宿泊してもらうだけだ」
「だってさ、よかったな見舞いの品は奮発するぜ」
今のやりとりは本家に逆らえない右緒太の精一杯の弁護だったのかもしれない。
だがしかし、今のやりとりで使った数秒が勝敗を逆転させた。
琴房の逆転の女神は上。
それは真上からやってきた。
結界を突き破り飛来する。
それは一振りの刀、黒い刀身をもつ刀。
刀は青く光ると、黒い着物をまとった少女へと姿を変える。
「琴様、ご無事ですね」
「なんとか」
主である琴房の危機に、屋上より絹衣が降臨した。
「噂の黒髪の転入生は琴房の刀だったのか」
デジタル新聞を読んでいた右緒太が驚き、左奈江が琴房目掛けて刀を振った。
迫る火の道を絹衣は黒き水を呼びだし消しさった。
ついでとばかりにまわりにくすぶる炎も消火する。
「バカな虚屋の炎がこうも簡単に」
「私は水行に属する刀、火行使いの天敵です」
「水が炎を消す、単純な自然現象だ」
琴房はさきほど言われたセリフをそのまま言い返した。
「我が主を傷つけてただで済むと思わないことです」
絹衣の静かなる怒り。
主を傷つけられた妖刀は、黒い着物の内に炎をも焼き殺さんばかりの怒りがたぎっていた。その証拠にいつもは抑えている妖気が視認できるレベルで溢れだしている。
「ここからは私がお相手します」
「待った絹」
進みでようとする絹衣を、守られた立場の琴房がとめる。
「無理やりとはいえ、これは俺の決闘だ。俺に最後までやらせくれ」
「……わかりました」
濃厚だった妖気が収まる。
「私はあなたの刀です。存分に我が力をお使いください」
「ああ、遠慮なく」
自分にやらせろといったが、琴房個人の力では三人に勝てるわけもなく絹衣の力は遠慮なく借りる。
「義人刀、玄三日月宗定」
黒い着物が舞い上がり、絹衣の白い肌が青く輝く。
「おお!!」
右緒太が歓声をあげるが――
「これで、だましたことはチャラにしてやる」
玄三日月を握った琴房が刀の峰でバカ顔で興奮している隙だらけの右緒太を叩き伏せた。
「ウゴッ」
鈍い悲鳴をあげ崩れ落ちる。
これで状況は二対二へと、互角までに持ち込めた。




