第十一話『二刀差しの話し合い』
第十一話『二刀差しの話し合い』
デジタル情報部の部室に逃げ込む。
琴房が学園の中で唯一知る安全地帯。
「やっほ~~東夷くん。おいしい情報ありがとうね」
睦子が陽気に出迎えた。
「またやってくれたな」
「今回のは間違った情報は一つもないよ、ちゃんと裏もとってから記事にしたし」
「睦子には何をいっても無駄よ」
「蓮もいたのか」
棚の陰で見えなかったが、部室の奥で蓮が雑誌を読んでいた。
「今回の記事は私にも被害がきたからね。徹夜あけで失敗したわ」
「徹夜明けって、一晩中二人で何をしてたの?」
目はキラキラ、よだれダラダラ。好物を目の前にした犬のようだ。
「二人じゃないわよ、私の一族で大きな催しがあってね、琴房は同業のよしみで手伝いにきたの」
「もよおし?」
「数郷は古家だからね、いろいろとあるのよ」
これ以上の話はないと蓮は雑誌の続きを読みはじめた。
睦子もその空気を読み取り話題を切り替える。この理解ある行動をぜひとも自分にも使って欲しいと願わずにはいられない琴房、無理だろうが。
「刻ちゃんに一つお願いがあるんだけど」
「お願い?」
「号外が大人気で、追加も発行したいのよ」
「あんたね」
文句を言いにきた人物にさらにお願いをする睦子、蓮の綺麗な眉毛が吊り上ったが。
「今朝流した号外は文字だけであじけなかったから写真もほしいの」
「睦子、あんまり調子に乗りすぎると――」
「――東夷くんの腕のなかで寝てもらえる」
だが、続く言葉で吊り下がった。
「……その写真はもらえるの」
「もちろん、協力者には可能な限り要望には答えるよ」
数郷刻継という強大な城壁にできたわずかな亀裂を見逃さず、的確に亀裂を広げていくハンター睦子。
「写真のサイズも希望があれば全て答える準備があります」
蓮から完全に怒りのオーラが消え去った。
「しかたがないわね」
雑誌をとじた蓮が立ちあがる。
「蓮?」
「琴房、朝の続きをしましょうか」
細く白い指が制服の胸元を緩めながら琴房に迫る。
「な」
『な、何を考えてるんですか!?』
琴房だけでなく絹衣も声をあげてしまった。それも空気を振動させ一般の人にも聞こえる音として。それは小さい音だったのだが――
「あれ、いま何か聞こえたような」
睦子にも聞かれてしまった。
「かわいそうに睦子、ついに妄想と現実の声の区別がつかなくなったのね」
「刻ちゃんひどい」
開いた胸元を戻しながら睦子をからかう蓮、絹衣をかばうために注意をひきつける。
「あれ、写真は?」
「冗談に決まってるでしょ」
『半分以上は本気にみえましたけど』
『かばってあげたんだから、チャラにしてよ』
念話で言い合う刀娘たち、琴房以外にこの会話を聞けるものはいない。蓮は琴房から絹衣を借りうけ叫んだ時にゆるんでしまった刀袋のひもを結わきなおす。
『う~~』
『すねないでよ、数郷家自慢の砥石あげるから』
普通の女子ならもらっても絶対に喜ばないものでご機嫌をとる。
『今回だけですよ』
機嫌をなおす絹衣、刀娘にとって砥石は美容グッツなのかもしれない。
「ふざけてたら、ノドがかわいちゃった」
「そうだな、俺が買ってくるよ」
「いいの?」
蓮が心配そうに聞いてくる。
「まかせろ」
蓮との掛け合いで真っ赤になった顔を覚ますために部室をあとにする。蓮の大胆な行動ですっかり忘れていた。蓮がいったいなにに心配したのかを、琴房は現在進行形で追いかけられている現状を忘れていた。
忘れていたことをすぐに後悔することになる。
飲み物を買うために校舎に戻った琴房は。
「いたぞーー!! 東夷琴房だッ!!」
ようやく追われている身だったことを思い出した。
「くっそーなんで忘れてたんだ!!」
校舎の中をひたすら走る。
「こっちだ琴房」
「右緒太」
右緒太に手招きされ階段の影に身をひそめた。
「どこへ行った」
「くっそ、また見失ったぞ!」
隠れていることには気付かず、追っ手の男子たちはそのまま通過していってくれた。
「助かった」
「昼休みの間は姿を見せないと思っていたが、なんでほいほい出てきたんだ?」
「蓮の飲み物を買いに」
「もう尻にひかれてるのか」
「ちがう」
即否定するが説得力にかける。
「男どもに見つからず、安心して飲み物を買える場所はあるか?」
「変わった質問だな、まあいいや、ついてこいよ」
「助かる」
慎重に進みながら、右緒太の案内で校舎裏までやってくる。雑草がはえ薄暗い場所、普段は誰も寄り付きそうもない場所、ここに自販機があったなら確かに見つかることなく買えたかもしれない、だが。
「待ちかねたぞ木行使い」
琴房を待っていたのは自販機ではなく、継承の儀で出会った火行使いの虚屋辰朔に出迎えられた。
部室に残った蓮と絹衣。
『置いていかれてしまいました』
絹衣が蓮の腕のなかで悲しむ。
『飲み物かってくるだけだから、すぐに戻ってくるって』
『そうですね』
理解はしているが納得していない感じだ。絹衣はみるからに元気をなくしている。
『ちょうどいい機会だし、琴房抜きでお話しない』
『わたしとですか?』
『同じ義人刀同士、しゃべれる刀となんてめったに遭遇しないしね』
蓮は絹衣を抱え部室をでる。
「あれ、刻ちゃんもどっかいくの?」
「熱くなったから、琴房が戻ってくるまで屋上の風にあたってるは」
屋上を吹き抜ける風が蓮の栗色の髪と絹衣の刀袋の紐をゆらす。
『お話とはなんですか?』
「私たちの共通の話題は少ないわよ」
端まで歩くと、校庭に背中をむけ柵によりかかった。
『琴様のことですか』
「……やっぱりわかちゃう」
『共通の話題が他に思いつきません』
刀袋の紐をとき、太陽に光を反射させる玄三日月のツバを視線の高さまでもちあげた。
同じ高さで交差する視線。
刀に目などついていないが、同じ義人刀である蓮には絹衣の視線がはっきりと感じられる。
「…………絹ちゃん。わたしは、琴房を使い手にしたいわ」
――震える声
――揺れる瞳
普段の蓮にはあり得ないたいど、お嬢様オーラはなりを潜め、不安におびえる少女がそこにいた。
「琴房はわたしのことなにか、言ってた?」
『それを私に聞くのですか』
絹衣は蓮からすればライバル的なポジションにいる。絹衣が琴房に蓮に対する悪い話を吹き込めば琴房は蓮の使い手になりたいとは思わなかっただろう。
「琴房なら二刀流でも余裕そうだから」
『短い付き合いで、我が主のことをよく理解していますね』
絹衣は刀の状態でため息をつくという器用な技をやってのけた。
「……絹ちゃん」
『琴様はすでにあなたの使い手になる覚悟を決めました』
「ホントに!?」
蓮にとってこれ以上ない最高の答え。
それが一番琴房のそばにいる絹衣から聞けた。蓮の表情に春がおとずれる。
『本当です。ですから焦って琴様を誘惑するのだけはやめてください』
浮かれかけたところにキツイ一撃。
「絹ちゃんには私が焦っているように――」
『はい見えました』
「はじめて琴房と会ったとき、面白い奴だと思った。妖刀と談笑する術者なんて聞いたこともなかったし」
『私にとっても琴様は特別な使い手です』
膨大な妖気を孕む絹衣は蓮以上に使い手を探すのは大変だった。
『過去に私を利用しようとした人たちはみな、私の負の呪力にあてられましたから、それを浄化しながら私を鞘から引き抜いたのは琴様がはじめてです』
「それじゃ、琴房が最初の使い手なんだ」
『そうなりますね』
大変どころか、使い手になれたのは琴房しかいない、それは確かに特別な存在である。
「はじめての使い手が琴房か、それは羨ましいって言っていいかな? 私の今まで使い手はろくなのがいなかったハズレばっか、刀の状態のまま、会話もしないのが当たり前だった」
『守護霊刀にもいろいろあるのですね』
「コネを使って無理やり使い手になるヤツもいたわね、そいつには一度も鞘からでてやらなかったけど」
そのため蓮は数十年も蔵に閉じ込められたこともある。
「でも、琴房は違った。はじめて私から使い手になってほしいと思った」
『蓮珠丸、あなたの選んだ人は本物です』
「ありが――」
ありがとう。蓮がお礼の五文字を言い切る前に目に見えない衝撃が屋上へ伝わってきた。
『これは!?』
呪力が籠った衝撃。
誰かが校舎の近くが術を行使した。
蓮は校庭側柵から離れ呪力の発信源と思われる校舎裏側柵へと走る。
柵の下には結界がはられていた。外部に情報をもらさない遮断結界、先ほどの呪力がこの結界の中から発生したものなら、結界内で相当強力な術を使ったことを意味する。
「あの結界、数郷でつくった商品じゃない」
数郷家は呪具を精製するのにたけた組織、他の術者たちに呪具を売る。その売った呪具の中に結界を張ることができる結界具も含まれていた。
『琴様!!』
「結界の中に琴房がいるの」
契約を結んでいる絹衣は主の居場所を正確に把握した。琴房は間違えなく結界の中にいる。
『今行きます!!』
「ちょっと絹ちゃん!!」
刀袋を突き破り、抜き身となった玄三日月は結界へと突貫し突き破る。
破れた結界の中は、赤い炎で覆われていた。
膝をつく琴房と炎をまき散らす虚屋辰朔。
「虚屋!? 学校でなにを考えてるのよ」
絹衣と同じように蓮は刀となり飛び降りようと柵に手をかけたのだが――
「刻ちゃん、一人で叫んでどうしたの?」
蓮の叫びを聞き、部室から睦子が出てきてしまった。手にはいつものデジカメが握られている。情報の発信源である睦子に術者が校舎周辺を焼き払って生徒を襲っている現場など見せられるわけがない。
「ああ、もう!」
膝をつく琴房の姿に後ろ髪を引かれながらも、睦子に見えないよう素早く刀印をきり。
「オン」
強引に結界の破れ目をふさいだ。数郷の呪具だからできた強引な力技。
「おん?」
睦子が柵を乗りだし校舎裏を覗き込むが、そこにはいつもと変わらないただの静かな校舎裏が見えるだけであった。




