第一話『出会い』
~人剣一体~
魂をもった人と刀が一体になって一つのことを成し遂げること
~三位一体~
三者が心をあわせ一体になること、もし、魂も持つ剣が二本存在し心を通わせ二刀流をしたなら、それも三位一体といって過言ではない。
第一話『出会い』
ゴールデンウィーク中日の早朝。
曇り空の下、両手に広げられた地図で視界をふさぎながら歩く少年、東夷琴房。深緑の学ランをまとい背中に刀袋とパンパンにふくれたリュックを背負っていることから、この街にはじめて出てきた田舎の少年だということがわかる。
『琴様』
少年が地図を睨めつけていると、刀袋から透き通った絹をイメージさせるようなきれいな声が聞こえてきた。正確には袋の中の琴房の愛刀である『絹衣』から発せられたものだ。
「どうかしたのか絹」
『上空の水気が濃くなってきています、一雨くるかもしれません』
琴房は地図から視線を上にあげると、日差しはなく薄黒い雲が空をおおっていた。そして見上げていた顔にポツンと一粒の雫がおちてくる。
『訂正します。雨が降ってきました』
「そうだね」
顔にあたった最初の一粒から時間をおくことなく、大粒の雫が大量におちてきた。
「これが都会におきるというゲリラ豪雨か」
『山の雨と降り方が違うため予想を外してしまいました、申し訳ありません。どこか雨宿りができる木陰などに』
こころから申し訳なさそうに謝る声で避難所の場所を提案してくるが、道に面した街路樹の枝は雨がしのげるほど大きくなかった。
このままずぶ濡れになるわけにもいかないので、雨宿りだけを採用して路地の一本先にみえるコンビニへ向かうと、ちょうど入り口手前でバシャバシャと雨の中を走ってくる音が路地から聞こえてきた。
「もう、いきなりの雨なんてついてないわね!」
その足音に続き、紺色のブレザーを着た長い栗色髪の少女が路地から飛びだしてくる。
突然の交錯、互いに避けようと体をひねる琴房と少女だったが、琴房の膨らんだリュックに少女の肩がぶつかり。
「きゃ!」
濡れたアスファルトと濡れた靴の相乗効果で少女はバランスを崩す。
「あぶない!!」
倒れそうな少女を琴房が寸前で手をさし伸ばし助けることはできたが。
抱きかかえる形で助けたため、少女は琴房の腕の中へとおさまり二人の顔は急接近。雨の雫が少女の首を流れていくのが上から見下ろす形になった琴房にはよく見え、その雫がふくよかな胸の谷間に消えていくまでを明確に観察してしまった。
これは男のさがだろう。琴房の顔はさらに少女に吸い寄せられるように接近していた。もう一息いけば接触してしまうくらいに――
『琴様』
「うわッ!?」
突然刀袋から聞こえてきた怒気を含んだ声に、琴房は現実へと引き戻される。
「だ、大丈夫か?」
取り繕うように腕の中に納まっている少女へ声をかける。
「え、ええ」
少女も突然の出来事で固まっていて、大丈夫かの問いかけで再起動した。
「ありがとう」
助けられたことに気がついた少女はお礼をいうと、腕の中より丁寧に立ち上がる。
どこか気品のある振る舞いに、琴房は少女がどこかのお嬢様なのかなと感じた。
「いや、こっちこそ道をふさいじゃって……」
少女のブレザーは雨に濡れ透けている。琴房は雫が流れ込んだ場所に視線がいかないよう、手にもっている地図を必要もなく見ようとしたが……そこには紙の切れ端しかなかった。
雨の水を含んだ地図は破れどこかへと消えてしまっていたのだ。
あわてて周りを探すと、自分の足の下でボロボロになっている物体を見つけた。
「…………」
言葉がでない。
やぶれただけなら、なんとかなったであろうが、雨を大量に吸い込んだ紙は滲み琴房自身の靴で踏みつけられていた。これではもう二度と地図としての役目はまっとうできない。
「やべ、どうしよう」
とりあえず雨を避けるためにコンビニに入る琴房と少女、琴房は行き先が完全に分からなくなってしまったことに頭を抱える。
田舎育ちで携帯の操作が苦手な琴房は、目的を一切データ化をしていなかったのだ。
「都会にて初の大仕事の依頼だったのに」
『幸先がかなり悪くなってしまいました』
背負った刀袋と一緒に落ち込む、髪から滴りおちる雫が琴房の目に入り涙のようにこぼれて流れる。
「ごめん、私のせいだよね」
沈んだ顔をした少女が長い栗色の髪をゆらし頭をさげる。
「大丈夫だよ、先方に連絡をとればむかえに来てもらえると思うし」
少女のことを思い出した琴房は問題ないとアピールするが、安心させられる材料はなにも持ちあわせてはいなかった。
そしてさらに残酷な現状を知る。
『琴様、連絡先も地図に記入していませんでしたか?』
背中に担ぐ相棒の申し訳なさそうな状況説明であった。
「…………」
また言葉のでない琴房。
『目的地の名前は覚えています。店員にたずねてみては』
「そうだな」
もしコンビニの店員が知らなければ、知っている人が見つかるまで聞き込みをしなければならなくなる。人通りが少ない雨の中で目的の場所をしる人物がはたして見つかるかどうか、依頼の約束の時間まで、まだだいぶ余裕があるのがせめても救い。
「私この辺地元だから、名前さえ分かれば案内できるけど」
「え?」
救いの奇跡は意外なところからあらわれた。
「ほんとうに?」
「もうずっとこの街に住んでるから、だいたいわかると思うわ」
出会ったばかりなのに悪き気もする琴房だが。
『他に方法がありません。ここは彼女の厚意を素直に受けたほうがよりしいかと』
「決まりね、行き先を教えてくれる」
沈んでいた少女の顔が笑顔へと変わる。
「ありがとう、お言葉に甘えるよ」
「気にしない、気にしない、困ったときはお互いさま」
問題が解決して一息つけた琴房だが少女との会話に何か引っかかるモノを感じた、感じたのだが、その正体が何か分からない、会話は問題なくスムーズだ、いやスムーズすぎることに違和感があるのか。
「それで目的地ってどこなの」
違和感は気になるが、親切な相手をほったらかしにして考えに浸ることはできない。
「数郷家の屋敷なんだけど知ってるかな」
「かずさとって、数字の数に郷土の郷って書く?」
「ああ、それであってる」
「その名前の屋敷ならこの街には一つしかないわ」
目的の場所をしているようで、胸をなでおろす琴房、気が抜けていたため少女の雰囲気が少し固くなったことに気がつかなかった。
「ビニ傘買って、直ぐに行く?」
「待ち合わせがお昼なんだけど」
「……ずいぶん早いわね」
コンビニ店内にかけられた時計は、まだ早朝といえる時間をさしていた。
「はじめての大きな仕事だったから気合が入りすぎて……ハハハ」
照れ隠しに笑う。だが少女のほうは琴房の言葉を聞いて雰囲気がさらに固くなる。
「話したくないんならいいけど、数郷に何しにいくの?」
返答に困る。琴房の受けた依頼は一般の人にはいってはいけない類のものであったから。
「仕事の依頼を受けたんだ、内容はちょっと言えないけど」
にごした答えを返すことしかできなかった。
「仕事の依頼、いえない内容」
琴房の答えに少女は腕を組みアゴに親指をあて考えこんでしまった。
「今、仕事の依頼なんて、継承の儀に関係することしかないわよね、そんな話まったく聞いてないわよ」
ぶつぶつを小声でつぶやく少女。だんだんと機嫌が悪くなっていくのが初対面の琴房にもよくわかった。
「いいわ、すぐにいきましょう」
考えが纏まったようすで腕組みとき強い口調で宣言した。
「えっと、待ち合わせはお昼からなのですが」
強い口調におされ琴房の言葉が敬語に変化した。
「問題ないわ」
「どうして、問題ないのでしょうか?」
「私が問題ないって決めたからよ」
少女は、お嬢様から女王様にクラスチェンジしていた。