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谷くんと王様

放課後の夕焼けに染まった廊下を私は走っていた

リノリウムの床にゴムの上履きが摩擦して高い音を立てる

その音が聞こえてしまわないか、辺りを気にしながら目当ての場所へそっと滑り込む

いつも鍵の開いている美術準備室は有名で、扉を開けた先に人影を見つけた私は逆光で影になり顔の見えない先客の顔を見ようと目を細めた


「扉、閉めないと見つかる」

「谷くん」


彼の言葉に後ろ手で扉を閉める

窓に寄せた机の上に腰掛けて夕焼けのグラウンドに目を落としている谷くんに足音を忍ばせて近づいた


「どのくらい捕まってる?」

「どうだろう…半分はいないと思うけど」


グラウンドの端。体育倉庫の近くに何人か固まっている生徒は私たちのクラスメイトたちだ

放課後のドロケイ大会真っ最中の私たちは、現在警察役のクラスメイトから逃走中の泥棒役

私はここから警察の陣地と設定した体育倉庫の様子を探る為にここに来た

もしかしたら、谷くんは最初からずっとここでこうして見ていたのだろうか?

夕日に染まる彼の横顔を盗み見る。いつもと同じ感情の見えない横顔からは、やっぱり気持ちを推し量ることはできそうにない

同じクラスの友人たちにほぼ無理矢理に参加させられている谷くんは、こういう遊びは好きじゃないのかもしれない

終わるまで参加せずにいようとしているのなら、何だか申し訳ない気がする


「…谷くん。こういうのつまらない?」

「どうして?」


グラウンドに注がれていた彼の目線がこちらへと向いた

夕焼けのせいだろうか。谷くんの目が、赤茶色に見える


「こういうの、あんまり好きじゃないのかなって。ここにいるって事は積極的に参加したくないって事なのかと」


やだった?と窓枠に寄りかかりながら聞いてみれば、首を軽く横に振って応える


「実は、ドロケイのルールがよく分からない」


ここで観察してルールを理解しようと思って見てた、と。そう言った谷くんに私が驚いている所へ

警察役のクラスメイトが現れて私たちは敢え無く御用となってしまった

あの時は単純に、ドロケイ知らないなんて珍しいなと思っていたけど

誰もが知ってるはずの遊びのルールなんて、彼はほとんど知らなかったんじゃないだろうか

だって谷くんは、異世界の人なんだし



異世界?



ガチリと私の中で思考がハマったような感覚に、意識が覚醒する

力の抜けた体が目覚めて今の自分の状況を体の感覚が理解した

揺れている、足が浮いている。意識的じゃなく、物理的に


「ゆれてる?」


何で


「起きた?」


すぐ近くで、今さっき聞いていた声が聞こえて反射的にそちらに振り返った

目と鼻の先に見知った感情の薄い瞳がある


「谷くん!」


未体験の距離の近さに驚いて、距離をおこうと体に力をこめた瞬間


「ストップ」


犬のように谷くんに声をかけられて思わず硬直する


「暴れると危ない」


そうして彼が少し前かがみに私を背負いなおす。その反動に慌てて谷くんの肩を掴んだ

そう。私は谷くんに背負われていたらしい

な、なんで?何でおんぶされてるんだ私

肩においた手に力をこめて、とりあえずもたれていた上半身を起こす

谷くんの髪が鼻先をかすめて何かやけにドキドキした

そんな私の混乱に気づいているのか気づいてないのか、谷くんはひたすらにどこかへ歩いていく

とにかく状況が理解できない私は、谷くんの肩をつかむ手に少し力をこめて渦巻く疑問を口に出す


「ねえ、私なんでこうなってるの?」

「お、大丈夫か異邦人!」


すぐ近くの谷くんしか見えてなかった私は、声をかけられて初めてそこに私たち以外の人がいることに気がついた

谷くんの斜め前で後ろを振り返り笑う褐色の肌の金髪男性

そう、そうだ。そうだった!!

思わず前のめりになり目の前に立つ男性を思い切り指差して叫んだ


「イケメン!」


じゃなかった


「い、異世界トリップ…?」


仕切りなおす頃には勢いを失って、男性を指差していた指からも力がぬけてへなへなと谷くんの肩に着地する

金色の髪の向こう側にある、見知らぬ異国の風景に脳みその処理が追いつかない

いつの間にかさっき見た白い石畳をぬけて人の住む場所にまでたどり着いていたらしい

そこは白い家の立ち並ぶ居住区のようだった

屋根の色は様々でも、建物の色は全て白で統一されている。あまり高い建物はないようで

並んだ家々の向こうに見えたぬけるような青空と、白い色のコントラストが美しくて息を呑んだ

黒い石の敷き詰められた舗装された道が右曲がりに続いている

口をあけたままキョロキョロと辺りを見渡す私を見て、谷くんの前を歩く男性は機嫌よく喉を鳴らして笑う


「驚くのはこの先だ。そこが一番美しいぞ!」


朗々と歌うように右手を挙げる彼

その右手に付けられた連なる金のブレスレットが鈴のような音をたてる

物語の世界に迷い込んだような気持ちで、そんな様子をぼんやりと見ているとすぐ近くでため息が聞こえた


「我が王、何はしゃいでるんですか」

「何だぁユージンは楽しくないのか?私はとても楽しい!何せ友の帰還と異邦人の招待だ。楽しくて仕方がないぞ!」


そう言って両手を広げて笑うオーバーリアクションな彼に、はぁと生返事を返す谷くん

何だか異色な組み合わせなのか一周回っていい組み合わせなのか分からない二人だけど

色々と発言の中に見逃せないものがあった


「あの、『我が王』って?どういう意味での呼び名なの?」


谷くんの背中におぶさりながら、そう質問する

あだ名とか?谷くんを雇ってる人だから便宜上そう呼んでるとか?まさか本物の王様って事は…ないだろう、し

私の質問に金髪の彼はこちらを振り向いてコテリと首を傾げた

谷くんは特にアクションがないままに私を背負ってるのに危なげない足取りて歩きながら質問に答えてくれる


「そのまま。王様って意味だよ。そこの人はこの国の王様」

「お、王サマ…?」


馴染みの無い単語に、傍にいる人とその言葉が結びつかない

この国の王様だと紹介されたその人は、正直外人のとっぽいお兄ちゃんにしか見えない

王様的なオーラを感じ取れないのは私の方に問題があるんだろうか


「なんだ?ユージン俺の説明もせずに連れてきたのか」

「連れてきた訳じゃなく事故で引っ張り込んだんです。説明なんか一つもしてないですよ」

「……なんだ。この異邦人は何も知らないのか!」

「そう言ってます」

「そうかそうか!」


王サマは何が楽しいのか、カラカラと笑っている

谷くんがいるから全く実感が沸いてこないけど、そういえばここは異世界?で、巻き込まれて私は帰れないんだっけ

色々と他人事のような心地しかしない

ひとつひとつ、疑問をつぶしていこうとまた質問する為に口をひらく


「ね、『ユージン』って谷くんの名前?谷くんは王サマと友達なの?」

「あ

「その通り!ユージンは俺の無二の友。友の失態は我が失態!と、言うか。ユージンに渡りの仕事をさせたのは俺だ。今回のことは俺に責があるな」


何か言おうとした谷くんの言葉を遮って、王サマが喋る

谷くんの背に乗ったままの私と同じ目線で王サマの翠の瞳が私を射抜く

笑顔のきえたその顔は、幼さがぬけていてさっきまで同年代だと思っていたのが嘘のように大人びてみえた


「非を詫びる。異邦人」


静かにそう告げて、金の睫毛を伏せた王サマ

いつの間にか谷くんも足を止めていて目を伏せたままの王サマを見つめて何と返事をしたものか迷う

張り詰めた空気の中、縋るように谷くんの肩ぐちを握りしめて、まとまらないまま胸のうちを言葉にする


「…謝罪を、受け入れます。礼を尽くしてくれてありがとうございます王サマ」

「……感謝を」

「…ありがとう、宮元さん」


静かに目を開く王サマと一緒に谷くんにまでお礼を言われてしまった

一国の王様に謝罪なんかされて、そこでまだごねられる程神経太くないだけなんです

ぶっちゃけこれから私どうなるんだろうって不安だらけなんです


「お前の処遇は我々がきちんと責任をとる。詫びて終わりにしようとは思っておらんからな」

「あ、ありがとうございます」


王サマの言葉に少しだけ安心して力をいれっぱなしだった手からようやく力がぬける

かなり強く握っていたらしい谷くんの服が皺になっていて、あわててそこを伸ばして皺を目立たなくさせる

ゆっくりと歩き出した谷くんに、もう降ろしてくれて大丈夫と伝えそびれたまま

王サマが先導した先の民家の曲がり角を抜けた先、唐突に広がる大きな広場に出た


広場の中心には大きな噴水があり、その噴水の吹き上げる水の高さにまず驚いた

民家の屋根程もありそうな水の塔は細く長く、それでも強弱をつけて時折目線の高さまで下がってくる

中心の水の塔を囲むようにいくつもの水柱が同じように強弱をつけながらその身を躍らせていて

弾ける水滴が光を反射し、光を撒いているようだ

そして、何よりもその噴水を越えた先に鎮座する大きな宮殿のインパクトに息を忘れる

まるで水に浮かぶ宮殿のよう

水の張られた堀の向こう側にあるその宮殿は、白い壁に光る青で装飾を施された美しい建物で

まるで宮殿自体が美術品のように見える

遠目から見ると本当に絵本の世界のようで、ただ息をとめて見惚れてしまった


「…宮元さん、大丈夫?」

「うん…綺麗で、びっくりして」


ぼんやりとしたまま、谷くんの背から降ろしてもらう

心配そうに振り返った彼はいつも教室で見ていた学ラン姿に象牙色のローブをはおった何だか不思議な格好で

そんな谷くんと、こんな場所にいるのが不思議で少し笑えてしまった


「そうだ。異邦人」

「…王サマ、私にも一応名前があってですね」


腕組みをして自分の国の景色に満足げにしていた王サマが声をかけてくる

いつまでも異邦人、異邦人と呼ばれるのも座りが悪い

名前を名乗る予定だった私の声は、名乗る前に王サマの発言に掻き消された


「お前、何なら後宮に来るか」


後宮、王サマとかその奥さんとか、奥さんじゃない愛人さんとかが住んでる場所

奥さんとか、愛人さんが住んでる場所


「…は?」


女子高生には馴染まない言葉に、半笑いしか出てこない

対する王サマは物凄くフラットな表情で返事待ちの様子

治まっていた眩暈がぶり返してきそうだ


谷くん、谷くん、唐突過ぎる展開に頭がついていけません

もしかして私ってそこしか身の置き場がないんでしょうか

谷くん、いち女子高生に王サマの後宮入りって厳しいです

読んで下さってありがとうございました

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