谷くんと衝撃
最初に感じたのは水の冷たさだった
パシャリと、水溜りほど薄さに張られた水面に尻餅をついて着ている制服のスカートに浸み込む水の冷たさに驚いて打ち付けたお尻の痛みに少し身悶える
「っ…いった~…なに?」
痛みに涙を堪えながら次に感じたのは眩しさだった
目を開ければ、緑色の光が辺りを照らしていてその眩しさに目を細める
水を張られた足元が発光しているらしく眩しさにうっすらとしか開けない目でなんとか床を確認すると水面の底に描かれた文字のようなもの発光元だった
指でその文字をなぞってみると仄かに熱を帯びている。光を放つその文字が読み取れないかと目を凝らしている私の視界に黒のローファーが現れた
水に塗れた黒のローファーと、水の中を歩いて濡れたらしい黒いズボンの裾
校章の描かれた金のボタンのついた学ランに、見慣れた彼の見慣れない驚いた顔
「………宮元さん…?」
「…谷くん」
見慣れた学ラン姿の谷くんが驚いた顔で尻餅をついたままの私を見下ろしている
驚いて開いていた口元を左手で隠すように覆って、彼の視線が私から横へ流れていく。何かを考えるような少しの沈黙のあと
クラスメイトの谷くんは小さくため息を吐いて座り込んだままの私へ手を差し出した
「…ごめん。まきこんだらしい」
「まきこんだ…?」
のろのろと差し出された手に捕まろうとしてあげた手は谷くんに素通りされて、彼は上げた腕を掴み脇の下に手を差し込んで抱き上げるように私を立ち上がらせた
私と身長がそう変わらない谷くんの予想外の力強さに少し驚く
立ち上がってみると、足元の水は本当に薄くてローファーを履いていれば靴下にも浸み込んでこない程度の水位だった
辺りを見回すと、ここはかなり広い空間のようで天井もとても高い。明かりは用意されていないらしく足元の文字が発光しているだけだから天井の暗くて実際はどのくらいの高さなのか検討もつかない
水が張られているからか、明かりもない暗い場所だからかここはとても冷えていて、結構な時間その場で座り込んでいた私のスカートと足元はびしょ濡れで少し寒い
腕をさすりながら足元を確認すると光を放つ文字はまるく円を描くように書かれていて、アニメや漫画にある魔方陣に似ていた……ははは…まほうじんて…あはは
パシャパシャと水を蹴って歩く谷くんが、少し離れた場所で何かを拾い上げてから私の方へ振り向いて声をかけてくる
「宮元さん、移動しよう」
「…うん」
言われるまま、前を歩く谷くんの後ろを追いかけた
水を蹴りながら進む彼の歩みに迷いはないようで、見知った場所を進んでいるような足取りに困惑してしまう
それでも見慣れた学ランの背中は谷くんで、どうにも状況が全く飲み込めない
私と谷くん2人ぶんの水を蹴る足音だけが鼓膜を揺らしている。静か過ぎる状況の中で冷静になろうとする頭がどんどんこんがらがっていくようだ
谷くん!何か説明して下さい谷くん!!
「ねえ、谷くん」
混乱が限界にきて思わず声をかけた私に、谷くんはいつも通りの感情の見えない無表情で振り向いた
「説明は少しだけ待って」
こっちを向いたまま谷くんが前方に手を翳すと、壁から重い音が響いて彼の目の前にあったらしい扉が開いて外からの光が暗いこの場所に射し込んだ
この場の暗さになれた目にささる刺激に強く目を閉じると、誰かに手を握られる
誰かといってもここには谷くんしかいないんだから谷くんなんだろう
手を引いてくれるのかなと、アクションが返ってくるまで目を閉じたまま立ち尽くしていたけど何か一向にリアクションがない
「……谷くん?」
「タニクン?」
谷くんじゃない声に、ぎょっとして目を開いた
やっぱり眩しさに射されて何度もまばたきを繰り返し、何とか回復した視界で目の前にいる人を確認すれば私の手を握っているのは谷くんじゃなかった!
陽に焼けた褐色の肌に、色素の薄い金色の髪と外国の海のようなエメラルドグリーンの瞳
年齢は私や谷くんと同じか少し上くらいだろうか。随分整った顔の外人さんは上機嫌に笑っていて、その様子は少し幼く見えた。もしかしたらもっと年上なのかもしれない
誰だか知らないその人が睫毛の本数を数えられそうな程の距離で私の手を握ったままにこにこと笑っている
「……え…?なに、だれ」
「おお!話したぞユージン!」
見ず知らずの外人さんに近距離スキンシップを取られているかと思えば、いきなり話したぞとか珍獣扱いうけてる。意味がわからない
あと誰だ何だユージンて。名前なの?もしかして名詞なの?
私が硬直していると、キラキラの外人さんは後ろから引っ張られるようにして私から距離をとってくれた
「邪魔です我が王。宮元さん出て来て」
「あ、う、うん」
いつの間にか建物の外に出ていたらしい谷くんが、キラキラ外人さんをどけてくれたらしい
谷くんに服を掴まれたままなのに相変わらずにこにこと笑っている外人さんの退いたその場へ、水の張られた場所から外へ一歩踏み出す
知らない匂いがした
今まで寒かったのが嘘のように気温があがり、まるで夏のような暑さと日差しを感じる
目の前には真っ白な石で出来た道が長く長く続いていて、その道の両脇には一歩分ほどの幅の水路が並列して出来ていた
流れる水が強い日差しを反射して輝いている
そして、白い石畳に黄土色の砂が積もり散っているのに気がついた
見たことはあるけど触れたことのないその砂に、強い日差しと暑い気温に繋がるものがある
「………砂漠…?」
「うん、この辺りは砂漠地帯なんだ」
谷くんが次の授業は英語だよ、というようないつも通りの声でそう告げた
いつの間にか学ランの上に白いローブのようなものを羽織った彼と、そんな谷くんの隣に立っている金髪の外人さん
谷くんより頭一つ分は大きい外人さんは、風通しの良さそうな服を着ていてまさに砂漠の国の人、といった風体だ
彼は握りこんだ拳で自らの胸をトントンと二度叩く。流れるようなその動作は慣れきった様子で、それが彼の挨拶なのだと知る
「ようこそ異邦人。俺の、水と砂漠の国へ」
そうしてニコリと微笑む彼に、つられてヘラリと笑みのようなものを返すのは日本人のサガだと思う
「ごめん宮元さん。僕の帰還に巻き込んだみたいだ」
「谷くん」
肩に谷くんが着ているものと同じようなローブをかけられる
いまいち状況が理解できないまま、呆然と谷くんを見つめるとコクリと頷いて言葉をかえす彼
「たぶん、還せない。ごめんね」
いつも通りの宮元さんノートの提出今日までだよ、というような声でそう告げる彼に眩暈が起こる
強い日差しが白い石畳に反射して眩しい。何か地面が揺れているような気がする
谷くん、谷くん、もしかして私って異世界トリップしてしまったんでしょうか
それって結構、衝撃です
読んでくださってありがとうございました