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作戦は突然に

《ツィルギさん、お願いがあるんです》

 そうディックが切り出したのは、午後のお茶を楽しんでいる最中だった。コルネーリアは出掛けているので、食堂には俺とディックだけだ。

 マリアお手製のスコーンにたっぷりとすももの甘酸っぱいジャムやふわふわのクリームを塗って食べていた俺は、口の端にクリームを汚したままディックを見つめた。

 この世界の言葉をまだ完全には理解できていないが、少しずつ覚えてきてはいる。《お願い》も最近覚えたばかりの言葉だ。

「《お願い》?」

《はい。トムの目を盗んで行きたい場所があるのです》

 俺はこの年下の保護者の《お願い》に弱い。

 ちなみに、トムというのはコルネーリアによってつけられたディックの臨時の秘書だ。

 いつもはコルネーリアの補佐をやっている青年で、赤と金の混じったぼさぼさの髪をなんとか撫で付け、青い瞳をいつも眠そうにしぱしぱさせている。遠方の町に領主名代として外出しなければならないコルネーリアに代わり、臨時でディックの側にいる青年だ。

 俺は唸った。

 簡単そうに見えて、これがなかなか難しい《お願い》なのである。余程、上司であるコルネーリアに脅されたのか、まるでひっつき虫のようにトムはディックに張り付いて離れない。

 ディックの行きたい場所に向かって帰ってくるまで、ディックの足のことも考えて、最低一時間くらいだろうか。それほどの時間を確保するとなると・・・

「・・・あの手でいくか」

 俺は下準備をするため、いつもより早めにお茶の時間を切り上げた。




****************************************




「というわけですので、今日はディックのために休ませてください、先輩」

《ワン》

 上司である牧羊犬のアンリの了承をもらって、俺はこの屋敷で働く黒髪のメイドを探した。

 廊下にモップをかけていた彼女は俺の存在に気がついて手を休めた。

《ツィルギ様、どうなさいました》

「リリーさん、これ」

 リリーという名前のこの真面目そうな女性は、俺がハイネル家職場体験のときにお世話になったメイドだ。

 俺は事前にディックに頼んで用意してもらったものを差し出した。

《これは・・・》

 渡したのは、若草色の封筒である。表に彼女の名前が宛名として書かれている。

 リリーがしっかりと受け取ったのを確認し、次の場所へ向かう。

 書斎では、若い領主が午後の仕事に取り掛かっているところだった。

 この屋敷の書斎は先代からそのまま受け継いでいるらしく、まだ若いディックには過ぎるくらい重厚なデザインをした書斎だった。おそらく、通常なら次代の領主がそれなりに年をとってから引き継ぐところを、予想外な早さでディックが領主の座に納まっているせいだろう。

(あの棚にぎっしりと詰まった辞書クラスの分厚さがある本って誰が読むのだろうな。俺には押し花製造機にしか見えないぞ)

 書斎の重厚な本棚を眺めながら俺はトムに桜色の封筒を渡した。

 トムは差出人を確かめて、いつもは眠そうな青い瞳を大きく見開く。

 まるでタイミングを計ったかのようにディックが大きな欠伸をする。

《ふわぁ。トム、誰からだったの?》

《え。いえ、あの、これは私宛の個人的な手紙でして・・・》

《そう。それより昨日はあまり寝れてなくて少し眠いんだ。仕事は一段落したところだし、僕は一時間ほど仮眠をとることにするよ》

《か、かしこまりました》

 俺は心の中でにやりと笑った。両手で車椅子を押す仕草をつくるってディックに示した。

 予定通りの展開に、ディックは小さく頷く。口を開く。

《部屋にはツィルギさんに連れて行ってもらうよ。一時間ほどしたら、起こしに来てくれないかな》

 その瞬間、トムの眠そうな顔がぱっと輝いたのを俺もディックももちろん見逃さなかった。

《はい!!》

 やたら元気のいい返事を聞きながら、俺たちは書斎を後にする。

 きっと部屋に残ったトムは俺たちが完全に去るのを今か今かと待っているはずだ。一秒でも早くリリーとの待ち合わせの場所に行くために。

 リリーに渡した若草色の封筒には、差出人としてトムの名前が書かれている。トムに渡した桜色の封筒にはその逆だ。中の手紙には簡潔に「会って話したいことがある」という内容が書かれている。後はお互いに何とかしてくれるだろう。どうにか一時間は稼ぎたい。

 もしかしたら色々と盛り上がって一時間どころでは済まないかもしれないが。

《どうしてトムとリリーが想い合っていると気付いたのですか?》

 やはりディックは自分の手で車椅子を動かしたがった。俺にできるのは彼と歩調を合わせて歩くことだけだ。

「トムとリリーが好き? あ、ちがうな。どうして俺が二人のことに気が付いたのかってことだろうな。ディック、あの二人を見ていればお互いを気になっているのなんてすぐにわかるよ」

 この世界に来る前、俺の友人に彼女ができたことを思い出していた。

 わざと知らないふりしているだろうと突っ込みたくなるほど実にじれったい二人で、俺を含め周囲な何度もやきもきさせられたものだ。本当にいい迷惑だ。

 だが、こういう形で役に立つのならあの積年の恨みも忘れてやろう。

《なるほど》

 俺が例の黒板と覚えたての単語を駆使しながらどうにかこうにか説明すると、ディックは幼い顔に笑みを浮かべた。

《すごいな、ツィルギさんは。それであの作戦を考えてしまうなんて》

 俺としてはディックの演技力もなかなかだと思う。

 ディックに案内されたのは、屋敷の北側の棟だ。ここには俺も立ち入ったことがない。

 北側の棟は、人のいる明るい南側の棟に比べて、重苦しい空気を漂わせていた。

 数ある扉が並ぶ中で、やたら厳重に施錠された扉の前にディックは止まった。

 錠はダイヤルを回して数を合わせる仕組みらしく、ディックはカタリカタリと一つずつ数字を並べていく。

《ここは亡くなった父の研究室だったんです。父は先代の領主でしたが、生物学者でもありました》

 また難しい単語が出てきた。

 俺の顔を見るとすぐにディックが言い直してくれた。

《父は動物が好きで、それについてたくさん調べていたのです》

 ああ、なるほど。どうやらディックのお父さんは動物愛好家だったようだ。

 ガチャリ、と音を立てて重そうな錠が外れた。

 部屋の中を覗いた俺は、一目でディックの言葉を解釈し間違えたと気付いた。

 動物愛好家の部屋に大量の剥製はないだろう。


いつもお世話になっております。

第七話「異世界生活は突然に」が途中までしかアップされていないことに気付きましたので、改めて投稿してあります。

お手間をお掛けしますが、よろしくお願いいたします。

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