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弟が魔王なのですが  作者: 井上イルカ
プロローグ
2/11

弟が魔王なのですが

 かなり悲惨なことになりました。苦手な方、裸足でもお逃げくださいませ。

 不良2、3、4、5がコンクリートの地面に倒れこんでいる。

 俺は鯉みたいに口をパクパクさせて座り込んでしまっている不良1を見ていた。その茶色い光彩に俺の姿が映っている。

『え~と、つまり暴力はだめだってことだよ。な、刀!』

 俺は弟にぐいっと真上に立てた親指を突き出した。困ったときは刀に頼ろう的な思考はあまり兄らしくてなくてよろしくないと母親に言われている。

 しかし、こういうときに刀は頼もしいのだ。

 刀は不良1の前にしゃがんだ。にっこりと微笑む。ああ、目が全然笑っていない。

『今のことは他言無用でいいですよね、先輩』

『う・・・、あ・・・』

『いいですよね、先輩』

 あのグワァって眼力に、壊れた首振り人形のように不良1の首ががくがくと縦に揺れる。可愛そうに、こりゃトラウマだ。

 のんびりと校舎へ帰っていると、ふと刀が俺の手を取った。

『・・・ちょっと待っていろよ』

 それだけ言ってどこかに消えたかと思うと、持ってきた濡れたハンカチを俺の拳に押し付ける。

『しばらく冷やしてろ』

 俺の右の拳は熱を持って腫れていた。久しぶりに使ったからち加減を忘れていたのだ。

 ・・・つい省略してしまったが、いつかバレと思うので潔く白状しておこう。コンクリートに沈んでいるあの不良2、3、4、5をまったくの情けもなくボコボコに殴ったのは俺である。

 どうして平凡極まりない俺がこんなことをしたのかといえば、説明が長いのでしたくない。

 だが、ここで俺の説明をしないと何故俺が刀を魔王呼ばわりするのか説明できないから説明しておこう。

 俺たちの親父はもう死んでいる。・・・なんかちょっとだけ某マンガのお前はもう・・・的にならなかったか? いや、独り言です。

 自慢じゃないが俺はかなりのファザコンだ。男がファザコンだと公言するのは気持ち悪いかもしれないが、残念ながら俺はファザコンだった。

 だって、親父が小五のときに亡くなってんだよ。おまけにめちゃめちゃ優しかった親父が。

 そして、優しい親父は同時に最悪な父親でもあった。

 人間欠点の一つや二つ、ときには何十とあるものだ。その点、うちの親父の欠点は唯一にして最大のものだった。

 俺は服を人前で脱ぐと大概驚かれる。何せ背中に後ろから刀ですぱっと切ったような刀傷が残っているのだ。

 これをつけたのが父親だった。日頃は優しくてよく一緒に遊んでくれてイケメンで仕事のできる親父は、酒癖だけは最悪だった。

 父親が酒の飲むのは金曜の夜と決まっている。サラリーマンの開酒日。だから、俺は金曜日が嫌いだった。

 父親の酔い方は変わっていた。家の外ではアルコールを摂取しても顔が真っ赤になるくらいだ。だから同僚も親父の悪癖を知らなくて、嫌がる親父に飲ませてしまうことがあったようだ。

 しかし、家に帰りついた途端、それは豹変する。

 まさに天国から地獄の変わりようだった。ここを詳しく説明すると色々と規制に引っかかりそうだからやっぱり省略しよう。

 とにかく豹変した父親のおかげで、俺の背中には見事な刀傷が残った。

 普通ならここで父親は恐れるか見捨てるかすべきだったのかもしれないが、俺は馬鹿だから違う方向に行った。

 割れた皿や散乱する本、壊れた椅子と並んで酔いの醒めた親父はさめざめと泣いている。あちこち痣ができたり血のでていたりする俺や母親を抱きしめて、その人は何度も何度も俺たちに謝っていた。

 ここで確実にわかるのが、俺は母さんの血も濃かったということだ。泣いている親父が可愛そうで、あれだけ酷いことをされた直後にも関わらず馬鹿な母子は親父を許してしまった。

 そういうことが幾度か繰り返されて、優しくて最悪な父親は俺たちが小五のときに交通事故で旅立った。俺は、きっと可愛そうな親父を神様が不憫に思って呼んでくださったのだと考えることにした。

 しかし、親父がいなくなっても俺には負の遺産が残っていたようだ。

 俺は自分に何をされても滅多に沸点を越えることはない。下地となる性格がのんびりしているせいかもしれない。

 しかし、弟の刀に危害が加えられたときは別だった。おそらく俺と母さんの推測では、泥酔した父親が帰宅したときに弟だけは被害を免れさせようと押入れに隠させたせいかもしれないとなっている。

 何故俺も一緒に隠れなかったかって?そりゃあ、俺まで隠れたら父親の暴力が母さんだけに向くからだ。母さんと俺で父親の関心を二分しないと、母さんはもたなかっただろうから。

 とにかく何とか守り抜いたはずの刀に危害が加えられそうになると、俺は父親の生き写しになってしまった。

 世の中うまくいかないようだ。

『ありがとな』

 俺は腫れた拳を冷やしてくれている弟に微笑んだ。

 刀は顔を顰めた。

『これくらいで手当てできたと思うなよ。後でもっとしっかりと冷やしておけ』

 俺は首を振って濡れたハンカチを示した。

『ちがう、これもあるけど俺を止めてくれてありがとなって意味』

 俺を止めることができるのは刀だけだ。壊れた俺の心に良心など残っていない。

 よく覚えていないのだが、理性と対極にあるときの俺には快感がある。どこか陶酔としている。周りなんてまったく気にしない。全部忘れ去って、ただ白い靄の中で己の求めるままに行動してしまう。

 そんなとき雷に打たれたように頭上の降ってくるのだ。

『やめろ』という俺を止めてくれる言葉が。

 俺は弟を魔王と呼ぶ。俺という悪魔を飼い慣らせるのは弟だけなのだから。


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