弟と俺と不良たち
初めてのお方、初めまして!そして、いつもご覧くださっているお方、お世話になっております!
きっと亀の歩みになりそうですが、最後まで付き合っていただけるとうれしいです。
昔から一つ違いの弟と比べられていた。だが、それは仕方のないことだ。
アイツは超がつくほど優秀なのだから。
俺と弟が並んでいたとする。そこに道に迷った人が歩いてきたとする。さて、その人は俺と弟、どちらに声を掛けるか。
もちろん俺だ。
何故か?理由は簡単だ。あの弟の磨いた刀身のように鋭い視線に射すくめられると、大抵の人間は生きててごめんなさい、となるからだ。
もっとも弟は目付きが悪いのではない。とにかくその眼力がすごいのだ。グワァ!みたいな。
だから、顔は意外にも童顔で、肌は女の子みたいに滑らかで、髪の毛なんて柔らかく絹糸みないにさらさらな美少年でも、大抵の人間は弟に声を掛けない。
それでも声を掛けるのは、私を奴隷にしてください!という特殊な趣味の方々か余程鈍感な人間だけなのである。
今、俺は電柱の影から弟に声を掛けている人間がそのどちらなのか見極めようとしていた。
弟より二十センチ、俺より十五センチは背の高そうな男は、何やら熱心に弟に話し掛けている。
顔を中々の男前である。形のよい額に、通った鼻筋、目は大きくて薄い色素から一目で海外の血が入っているとわかった。
「何を話しているんだ・・・?」
そもそも弟は道で声を掛けられたら相手を無視する。とはいえ、さすがに荷物を持ったふらふらのお年寄りか、今にも生まれそうだと叫ぶ妊婦か、怪我をした人か具合の悪そうな人みたいな優先席に座れそう人間なら足を止めるかもしれないが(あくまでしれないである)、目の前の男はそのどちらでもない。
だからこそ、俺は下校途中に弟を発見して声も掛けずに不審者よろしく電柱の影を甘んじているというわけだ。
弟と男は十分ほど道端で話し込むと、男は何故か咽び泣きながら引き気味の弟に構わずぎゅっとその手を握り締めた後、未練がましく振り返り振り返り立ち去って行った。
怪しすぎる。
だが、そんな弟よりも俺のほうが何倍も何倍も怪しかったようだ。
男が立ち去った後、くるんと弟がこちらに向いたかと思うと、真っ直ぐ俺のもとまでやってきた。
両目に星が散った。
「あたっ!」
拳を握ったまま、美少年と呼べる部類の顔に怖い笑顔を作って弟が言った。
「どこのストーカーだ。不審者過ぎるわアホ」
「あ、バレてた?」
「あれで隠れていたつもりなら、幼稚園児のかくれんぼは忍者レベルだぞ」
俺は、弟とあまり似てない平凡そのものの顔を顰めた。
「うん、それはひどいね」
名乗っておくと、俺の名前は草薙剣という。あの三種の神器に数えられる草薙の剣ではない。地元の高校に通うごく普通の高校生だ。
容姿を説明すると、世の中で中の下といわれる部類で、唯一身体的に優れているところがあるとすれば、平均よりほんの少し背が高いことである。
目の前の美少年は正真正銘俺と血のつながった弟で、名前は草薙刀。可愛らしいから精悍に代わりつつあるお年頃で、背は俺より低いがまだまだ絶賛成長期、日々俺との身長差を脅かしてくれている。
俺は弟に気になることを聞いてみた。
「それで、今の人だれ? 下僕?」
「お前の頭の中で俺はどういう存在になっているんだ」
呆れたように刀は言ったが、これは決して誇張ではない。
俺と刀は一歳差、必然的に俺が中学二年のときに刀はぴかぴかの新入生として入学してきた。
そのころ、俺の中学には不良グループがいた。田舎の学校特有のあの痛い感じのする不良だ。
なんであんなに眉を剃るんだ? せめて剃るならまずは理容室でプロに頼めよ!とツッコミたいのはおいといて、俺の中学はその不良グループが牛耳っていた。
いや、牛耳っていたと表現するのは可笑しいだろう。真面目な中学生な皆さんは、あー不良かー面倒くせえなーとりあえずへこへこしていくかーそうすれば危害を加えられないだろうしー平和が一番ーくらいの気持ちで過ごしていたからだ。
しかし、世の中には運の悪い奴もいるのである。率直に言うと俺だ。
一年の後期から不良グループに目を付けられた俺は、見事な不良のパシリになっていた。
だが、あんまり悲愴的に考えないでもらいたい。購買のパンは買い走らされても、校外のコンビニまでは走らされなかった。
二年に進級すると当たり前だが弟が入学してきた。俺の中学は大規校で、いくつもの小学校から少しずつ生徒が入学してくる。
小学校から弟を知っている生徒も多かったが、中学で初めて弟を知った生徒も多かった。
刀は目立った。
容姿もそうだが、とりあえず刀にはいつも大量の取り巻きがいる。
刀は友達だって言い張っているが、俺は意地でも取り巻きだって説明したい。
だって、同じ年齢の男子同士が「山田」「刀さん」って呼び合うのは可笑しいだろう?何故、弟だけさん付け?
不良、に限ったことではないが、目立つ新入生といえば何故か潰そうとどこかが動くものである。
俺をパシっていた不良グループもその習性に違わなかったようだ。ああ、たまには革命的なことをしてみろよと説教したくなる。俺はただのパシリだが。
そして、ある日の放課後、不良グループは刀を体育館の裏に呼び出した。ああ、場所までなんてベタな。
『てめぇ、ちょっと顔がいいからって調子にこいてんじゃねえぞ』
と世の中の不良が何万回も引用したであろう陳腐な台詞を不良1は吐く。
ちなみに「てめぇ」とは、「手前」つまりは自分のことだ。だから、今のを直訳すると〈私は少し顔がいいから調子に乗っているのだよ〉とか何だかすごいことになる。うん、すごい。
しかし、不良1渾身の脅しも刀の耳には届いていなかった。
ああ、視線が痛い。俺に釘付けなその刀の目には(お前はそこで何している)と見事な疑問が書かれていた。
まあ、誰だってそう思うだろう。不良グループにあきらか締められる目的で体育館裏に呼び出されたと思ったら、その不良グループの背後に実の兄がいるわけなのだから。
仕方がないので俺はジェスチャーで事の次第を説明しようとした。
しかし、俺の頭ではこの複雑な状況を説明してくれるジェスチャーが思いつかない。
俺がジェスチャーと格闘して体をぐねぐねさせていると、刀の視線から不審な動きをする俺に気が付いた不良2が、下手糞なパンチを俺の頬に決めた。
『草薙ー、おめぇは不良1を馬鹿にしてんなんのかぁ?』
・・・ごめんなさい、俺はいつも不良たちを1とか2とか適当に呼び分けていたから名前を覚えていないのだ。不良2はきちんと不良1の名前を呼んでいたと思うよ、うん。
ああぁん?とマンガなら怒りマークが付きそうな顔で不良が俺の襟首を掴む。
俺はといえば、あ、今の「おめぇ」は使い方合っているなーと暢気なことを考えていた。
不良2が俺の腹に蹴りを一発決める。うん、けっこう痛い。
もう一発の蹴りが俺の腹部にお見舞いされそうになったとき、割って入る者がいた。
『やめてください』
刀だ。
刀は基本的に礼儀作法を重んじる。腹の中では何を考えているかはわからないが、とりあえず目上の者にはきちんと敬語で話すのだ。
すると不良2がにたりと笑った。まあ、眉毛がない上にこいつはいつも口元が緩いからいつ笑っているのかわかり辛い。しかし、見事に人を不快にさせるには充分な笑い方である。
『何だよ、正義の味方気取りかよ』
不良2がそう言うと、それに合わせて不良1、3、4、5もにたにたと笑う。ちょうど猫が食べるためではなく、嬲るために獲物を見付けたときみたいな笑い方だ。
『じゃあ、お前が代わりに謝れよ』
不良2の言葉に続く謝れコールが巻き起こる。小学生か!とツッコミたくなるが、それはこんな奴らと一緒にされる小学生に失礼だから突っ込まないでおこう。
同じことを考えたらしい刀は相手にするのも馬鹿らしくなったのか、俺の手を掴んでさっさとその場から立ち去ろうとした。
『おっと』
不良4が刀の腕を掴む。
『逃がさ・・・』
ないぜ、とは言えなかった。
俺は不良4の人生終わったなと思った。
感想などいただけると筆が乗る派でございます。